第十一話 砂に負けない移動法、或いは受付嬢ノエルの受難(前編)
「先輩、もうダウンっすか?」
「僕の様子を見てそれ言う?この悪戯タフネスお化けがっ」
「私はまだまだ行けまっす!」
「タフという言葉はマリーのためにあるのかもしれない…」
「大丈夫っす。街まであと少しの筈っす!」
二人は経費節約のために徒歩で現場まで向かう羽目になった。トワナム周辺の草原地帯はほぼ同じペースで踏破したものの、砂漠地帯に入ると顕著に体力の差が浮上してきた。今やメランはダウン寸前である。意識を保つためにも雑談を試みる。
「ずっと気になっているのだが、その口調本当に合っているのか?」
「っすのことっすか?問題ないっす!っすは尊敬の念さえ籠もっていればどこで挟んでも良い魔法の言葉だと父上が言ってたっす!」
「マリーが良いなら僕はいいが、別に無理しなくても良いんだよ?」
「まだ軽口を叩く余裕はあるみたいっすね!ペースを上げましょう!」
「いや、本当に勘弁してくれぇっ。どうして!そう!平気なんだよ!? 何か砂漠を歩くコツがあるのか?」
「ありまっすよ」
「そうだよな、そんな都合の良い方法あるわけ…ってあるのかい! マリー師匠どうかその方法を教えてくださいな」
もはや二人の関係は先輩後輩というよりただの友人である…男女間に友情は存在しうるのかという永遠の命題に目をつぶればだが。
「教えたい気持ちは山々っすが、そう簡単に身につく物では無いんすよ」
「だよなあ、もう少し進んだら休憩させてくれ」
「何と、足が地面に付く時間を極力短くすれば良いのです!」
「いや、案外簡単っ! 試してみよう」
言われたとおり、極力浅く早く歩いてみるメラン。…特に変化は無い。やはりマリーが異常なだけのようだ。しかし、この考えは使えるかもしれない。メランは地図と現在地を照らし合わせて、アクトンの方角を確認。道を想像し、未知を創造する。今のメランは即席の補助魔法すら容易に発動可能である。
「ファトアルス」
すると、黒い帯がアクトンの方角へ延びた。試しに踏んでみるが足が沈む様子は無い。メランは悠々と舗装された道を進む。
「いやいや、何すか今の魔法!?」
「足場を作る魔法…かな。試しにやってみたら上手く行ったよ」
「私魔法には詳しくないっすけど、それでもこのレベルの魔法をすんなり発動する先輩が異常であることは肌で理解できるっす。」
「いやいや、そこまですごいことではないよ。カーペットの要領で魔力を敷いただけだよ。」
「訳が分からないっすが、それでこそ先輩っす! この調子で龍も倒しちゃいましょう!」
「はは、そう上手く行けば良いのだが」
そういうメランの顔は暗い。
「どうしました? 何か懸念事項が?」
「僕が火龍を倒すことが出来たのは本当に運が良かっただけなんだよ。今回も上手く行くという保証は無い。でも安心して、君を死なせはしないから。死んでも守るから」
「重いっすよ先輩っ! 何があったんすか?」
「火龍任務の時、仲間が命を落とす寸前だった。あんな思いはもう二度とごめんだ」
「大丈夫っすよ。私強いんで。先輩の重荷にはなりません」
メランはしばらく無言だったが、やがて微笑んで言った。
「なんか気を遣わせてごめんな。少し気が楽になったよ」
ということで二人は舗装された道を通り楽に砂漠を横断した。アクトンの宿にチェックインし(もちろん別部屋である)、次の日に備えた買い出しを行う。水分、食料、目薬、回復薬等を予算で買い込む。準備はバッチリである。このようなシチュエーションでは酒場で暴漢に襲われるのがどこかの世界では一種の様式美となっているようだが、生憎二人はまだ王国の規則上、お酒を飲むことは出来ない。親の許可無しでの就職や飲酒などが可能となるのは十八歳以上である。二人は日が暮れる前に宿に戻りラウンジで作戦会議を行った。龍の巣周辺には砂嵐が吹き荒れているらしい。マリーがやる気十分であるため、とりあえずメランが水属性の魔法で環境を整え、マリーが攻撃に集中するという作戦を立てた。マリーの力が及ばない場合、マリーは速やかに退避するという条件を付けて。ブレアが火龍との戦いにメランとアンジェを連れて行こうとしなかった気持ちが今ならよく分かる。ただ、メランは取り残される側の気分もよく分かるため、マリーを拒絶することは出来なかった。
(先輩失格だな)
そう心の中で呟きながらも、いざという時はマリーを守り通すという決意を固めるメラン。翌日、二人の冒険者は砂龍討伐戦へ赴く。
「絶対勝つっすよ、先輩!」
「ああ、僕も全力を尽くすよ、共に頑張ろう」
「じゃあ、魔力を節約するためにファトアルスは無しっすね!」
「え?」「え?」
出発は予定より5分ほど遅れたようだ。激しい言い争いの末に宿から出てきた少年には、どこか哀愁が漂っていたという。
―ここはトワナムの冒険者ギルド。受付嬢ノエルは所属団員の報告書をまとめていた。
(ブレアちゃん、ここ数ヶ月で更に力を増しているみたいね。誰かさんのお陰かしら)
報告書から団員たちの情報を読み解くこの時間がノエルは好きだった。そんな至福の時間を乱す声が一つ。
「ノエルちゃーん。少し前に良い店見つけたんだけど、今日の夜空いてる?」
内心うんざりしつつも、良くノエルに絡んでくるDランク冒険者へにこやかに応対する。
「あら、私が暇に見えて? お生憎様、メラン君は今頃砂龍と戦っている頃だろうし、私が休んでいる場合では無い。私は忙しいのよ」
そう軽くあしらうと、男は小声で
「ちっ、あの小僧いてもいなくても邪魔しかしないな」
と愚痴るが、それを聞き逃すノエルではない。
「な に か?」
笑顔で凄むノエルを見て、地雷を踏んだことに気付いたのだろう、男はすごすごと退散した。再び至福の時間が始まった。ノエルは他人に見せられない顔で書類を読む。
「あら、アンジェちゃんも最近頑張ってるじゃない。もうすぐCランクに昇格かなー」
しかし、その時間は無情にも崩れ去る。
「美しい受付嬢さん。少し話でもどう?」
再びの訪問者。ノエルは暴れたい気分を抑えつつ応対する。
「今忙しいので後にして…どうしてあなたがここに?」
顔を上げたノエルは言葉を失う。目の前にいた男はなんと、メランの元父親、すなわちアズル・エリュトロンであった。
「あなたと話すことなど何もありませんよ? 出口はあちらですよ」
「少しくらい、いいじゃないか、美しいお嬢さん」
嫌悪感を隠そうともせずにアズルをあしらうノエルだが、アズルはあくまでも居座る気のようだ。ノエルはもう一段階拒絶を深くする。
「あなたは不法侵入者です。これ以上何かするなら出るところに出ますよ」
国家権力をちらつかせるもののアズルはそれでも退かない。
「やっぱりメランにはもったいないほどの美人さんだな。俺の所で働かないか?」
メランの元父親と言うことで少し多めに見ていたが限界である。ノエルは強い口調で最後通告を言い渡そうとした。
「これが最後です。早くここを去らなければ衛兵を呼びm」
「その美貌で俺の息子を誑かしたのかよ、淫魔?」
ガタッ。
ノエルは思わず立ち上がっていた。用意していた言葉を最後まで言うことすらできない。
一見これまでの妄言と変わらないような男の発言。しかし他ならぬノエルの過剰な反応が「何かある」ことを物語っている。
「い、いきなり何を?」
必死で平静を装うノエルだが、明らかに声が震えている。
「これから俺が言う独り言はあくまで独り言だ。別に誰かに聞かせるために言うわけではない。別に出るところに出るつもりもない。じゃあまずは、分かりやすいように13年前の話からするか。魔王が討伐される少し前にお前たちの計画は始まった」
この男は何を言っている?
なぜ、ここまで正確に「計画」について知っている?
そもそもこの男は何者だ?
ノエルの脳内にはいくつもの質問が現れては消えていく。
ノエルの受難はまだ始まったばかりである。
犬は新入りと散歩に出かける。その時臆病な元飼い主は女神に懐疑的な視線を向けていた。
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