第十話 鎖との対峙、英雄の誕生
「おい、メラン」
そう自らの名前を呼ぶ声に反応して条件反射的に前を向くと、今メランが最も顔を合わせたくない男、元父親アズル・エリュトロンの姿があった。メランの事情を知っている二人はメランの前に立ち男を睨み付ける。
「女二人を連れて、いや守ってもらってか、良いご身分だなあ我が息子よ。お前の居場所はそこじゃあないだろ。早く家に戻るぞ。」
メランは俯いている。支配の象徴は未だメランの心に暗い影を落としている。いい気になったのかアズルは続ける。
「束の間の冒険者ライフ、辛かっただろう?何せ、お前には冒険者になる資格なんて無いんだ。俺が許可して無いからな。はっはっはっ。ああそうだ、息子が誘拐されたとしてギルドを訴えても良いんだぜぇ、そうなればギルドもお前のような厄介者の役立たず、すぐに見捨てるだろうよ。ああ、そこの美しいお嬢さん二人。そんな奴捨てて俺の元に来ないか?丁度雑用係が必要なんだ。お金ならたっぷりあるぜ。」
一人で調子に乗る男とみるみるうちに元気を無くす少年。そんな様子を見て二人は、キレた。盛大に怒りを爆発させた。
「メランさんは身元引き受け制度を使いました。もうあなたの息子ではないのです」
「メランは優秀な冒険者であり、アタシたちのかけがえのない仲間だ」
「身元引き受け制度だぁ。そんな制度聞いたことが無い。俺は断じて認めないぞ!それにメラン優秀な冒険者だぁ。んな訳ないだろう。ふざけたこと抜かすから今まで剣も握らせたことはないんだぞ。ここ数ヶ月で強くなれるわけが無い」
「メランは昨日から今日に掛けてアタシたちと一緒にダンジョンに挑み、そして火龍を倒した。アタシの命の恩人って訳だ。優秀な冒険者としか言い様がないだろう。メランは黒魔導師として才能を開花させたんだ」
「龍の討伐を? それに黒魔導師ぃ? まさか」
鼻で笑いながらも何かを思案する男に対して
「アタシが証人だ。何か文句はあるか?」
とブレアは答える。Aランク冒険者として街での信頼も厚いブレアの発言を否定するとなるとアズルの肩身は狭くなるだろう。その程度の保身はアズルも有していた。劣勢なアズルの調子を見て、畳みかけるようにアンジェも追撃を掛ける。
「メラン君がいなければ私はきっと壊れていました。彼は私の中では既に最高の英雄です」
二人の連係攻撃に良いようにやられたアズルが次に選んだ選択肢は、事実上の敗北宣言だった。
「ぐっ。お前たちじゃ話にならん。ギルドマスターを出せ!」
と話し合いを放棄してわめいたのだ。するとようやく騒ぎを認識したようで、ノエルとタスマーが姿を現す。
「何の騒ぎかね」
そう尋ねるタスマーにアズルは詰め寄り、
「この誘拐犯どもが、息子を帰してもらうぞぉっ!!」
とすごむが、その程度で動じるタスマーではない。ノエルも毅然とアズルを睨み言う。
「メラン君はもう制度上でも精神上でも私たちの家族です。あなたがどうこうする権利はありません」
「くそっ。身元引き受け制度とか言う奴か。聞いたことが無いぞ」
そう毒づくアズルに対しタスマーは冷静に告げる。
「知らないのも無理は無い。数年前に始まった制度だ。お前のようなゲスから子供たちを守るために採用されたらしいのだが、この様子を見るに大きく役立ったようだな」
アズルの完全敗北である。周囲を見回すと騒ぎを聞きつけて集まった野次馬たちも蛆虫を見るような目付きでアズルを睨んでいる。この場に彼の見方は一人もいない。すると今まで二人の後ろに隠れていたメランが耐えきれずに出てきた。全員にやり込められ、哀れな様子の元父親を見て想うところがあったのかメランは状況の収拾に努める。できるだけ他人行儀に自分の決意を伝える。それこそがメランにできる唯一のことのように思われた。
「皆さんが言ってくれたとおり、僕はギルドの身元引き受け制度であなたとは縁を切りました。これまで13年間育ててくれたことには感謝していますが、これから僕は冒険者として人々のために働く所存です。その決意は無関係なあなたが止められるものではないのです。さようならっ」
周りから歓声が上がる。このような状況に備えてギルドはこれまでメランの活躍や街への貢献を逐一宣伝してきたのだ。アズルの目に入った街報はその一つに過ぎない。メランの善意からの言葉は状況の収束どころかアズル止めを刺す結果となった。打ちのめされた様子のアズルはよろよろと後退し、逃げるように去って行った。
「絶対に認めないぞ! 俺はお前を邪魔し続けるから覚悟しておけ」
という捨て台詞を残して。
―この日以降アズルの魔装具屋に来る人はめっきり減った。一ヶ月には店を畳んだようだ。今でも店の居住スペースで細々と暮らしているようだが、彼に物を売ることを断る店まで現れだした。こうして妄執に捕らわれた男は大きな報いを受けたのである。しかし彼はまだ諦めていないようだ。
「この魔装具を使えばメランだけを閉じ込めることが出来るか?あいつに俺を殺すほどの度胸なんて無いだろう。いや、まずはこの魔装具で透明になってギルドに忍び込むか?メランが騙されているという証拠を掴んだら、メランも街の人もきっと俺の味方をしてくれるだろう。」
アズルの脳裏には魔装具屋に大量の客が入り、その隣にはメランがいる、という叶うわけがない未来予想図を描いていた。あれだけのことをしでかしたのに何ともずうずうしいことである。
「メラン、必ず俺がお前を救ってみせる」
一見かっこいい台詞だが、この状況下でこのような妄言が吐けることこそが、この男の精神の壊れっぷりを示唆していると言える。
―数ヶ月後、メランがいつものように任務から帰ってきてギルドで報告書を作成している時、突然見知らぬ人物から話しかけられた。
「初めまして、メラン先輩!!」
「うわっ、ええと初めまして。どちら様でしょうか?」
余りにも唐突な接近にメランは警戒モードである。
「驚かせちゃったならすみませんっす!私は本日付でこのギルドに入団したマリージョ・ルージュですっ。マリーと呼んでくれたら嬉しいっす!よろしくお願いしまっす!」
メランにとって初めての後輩である。少し嬉しくなったメランは上機嫌に
「よろしく! マリー!」
と元気よく手を差し伸べる。マリーは少し恥ずかしそうな素振りを見せながらもメランの手を強く握った。そしてそのまま感極まったように呟く。
「憧れの≪ドラゴンスレイヤー≫メラン先輩に握手してもらえるなんて光栄っす!」
「今なんて?」
「握手してもらえるなんて光栄っすっすか?」
「その前」
「≪ドラゴンスレイヤー≫メラン先輩っすか?」
「そうそれ!何だそのダサい異名は」
「私は格好良いと思います!なにせ先輩に憧れて冒険者になったんすから!」
「面と向かって言われると嬉しさより照れが勝るが…それでもかなり嬉しいな」
「でしょー」
ノエルが会話に参加してきた。
「この子メランの活躍を見てこのギルドに突撃してきたのよー。仲良くしてあげてね」
「はい、もちろんです!」
「良かったわ。それで早速なんだけど……マリーちゃんと一緒に明日から少し遠征して欲しいの。スケジュール的には大丈夫そう?」
「はい、恐らく。どこへですか?」
「ダリル砂漠よ。片道一日程ね。」
「結構遠いですね。でも何でまたそんな所に?我らの管轄外では?」
「砂龍の出現が確認されたの。オアシスの街アクトンのギルドには龍に対抗できるほどの冒険者はいないらしくてね。≪ドラゴンスレイヤー≫メランに指令が来たのよー」
「ストップストップストーップ! ツッコミ待ちかと疑うくらい言いたいことがあるよ!? まず、僕が火龍を倒したのはブレアさんが痛手を与えてくれたお陰なのは報告書の通りだよ。僕とマリーの二人で討伐できるかは分からない。次にそのダサい異名を広めたのは他ならぬギルドなの!?」
「大丈夫。メラン君は火龍を倒してから急激に強くなったそうじゃない。もう余裕よー。それに二回龍族の討伐を成したとなると満を持して君をAランクに推薦することができる。冒険者は実績が命。ブレアちゃんも常々言っていたでしょ?」
「まあ、せっかくの指名なので引き受けるけど。してマリーの適正は?」
「マリーちゃんは実家が格闘道場なの。その年で免許皆伝レベルらしいわー。その努力に裏打ちされた肉弾戦の経験及びセンスには絶大な物があるわ。その反面、冒険者としての嗅覚や他者との連携はまだまだ未熟だから、オールラウンダー魔導師なメラン君と一緒に任務に臨んで欲しいわけ♡」
「分かった。緊張するけどかわいい後輩のためにも初指導、精一杯頑張るよ!」
メランにとっては特に深く考えずに言った言葉だが、今まで女の子扱いされてきたことがほとんどなかったマリーには深く刺さったようで、
「かわいいなんて初めて言われたっす。ありがとうございまっす!」
と体をくねらせ照れている様子。メランは慌てて弁明しようとするが
「いや、そういう訳じゃ無くて、いや、そういう訳なのか?分からないよー」
とパニック状態である。まだまだ女性の扱いという面に関してはEランクである。こういう訳でメランとマリーは砂龍討伐へ向かうことになった。
犬は元飼い主が差し出した首輪を噛みちぎった。遂に本当の意味で自由になったのだ。そして季節は変わり、森に新たな仲間が加わる。
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