その兄妹、ともに天才につき
蒼穹斗はすでに零歳児にして。
達観した目つきでこの世界の物事を適当に眺めていた。
腕に抱えられる人物をはっきりと親だと認識し、与えられる母乳を素直に受け入れていた。
この世界に自分は居るんだと、冷静に悟っていた。
二歳の時には既に母親の話していることを理解していた。
どう口を開けばどう伝えられるかも把握していたため、まるで漫画のように言葉を巧みに操っていた。「詳らかに解説して」とか、普通の子供は喋らない。
トイレでは自分の尻を紙で拭けるし、一人で風呂に入って頭と体を洗うのである。
両親は早々に蒼穹斗を放置していた。自分たちがやるべきややりたいことに既に取り組んでおり、育児は適当に片手間にやりくりしていた。
四歳で既にクロスワードパズル、ジグソーパズル、知恵の輪、ルービックキューブといった類のパズルは余裕で解いていた。なんなら計算や暗算、児童本の読破もお手の物だった。勉強の内容は小学生を終えて、中学生に差し掛かろうとしていた。
両親は蒼穹斗を褒めることはなかったが、蒼穹斗も別に褒められたくてやったことではないので気にしていない。そもそも褒めることが、それほどの意味を持たないことを理解していたからだ。
またその年に妹ができた。
があまり興味はなかった。
家族ができたことに喜びはない。
なぜ赤ちゃんというのか、なぜこうも未熟な状態で生まれてくるのか、そういったことに関心が向いていた。
家に帰ってきたその日くらいだろうか、妹がなぜ泣いているのかも理解できないまま適当に顔をぺしぺし叩いていると、母親から説明を受けた。そんなことしたバカになるとか、顔が変形するとか、赤ちゃんはこういうものだということを詳細に説明され、そういうものなんだろうと適当に頷いたのちに謝りを入れてその場から立ち去った。
今一度赤ちゃんや兄弟姉妹に関する本を読み漁ったあと、親に何を言われた訳でもなく、世話を一年ほどしてハイハイし始めたのをきっかけに辞めた。言葉を解していなくても、何を言っているのかは理解している様子で、それほど手間にはならなかったし、むしろ数字や文字を見せて勉強させたくらいである。
六歳ではもはや多言語を理解していた。現代語だけでなく古文までも。
一つの学問に定めず、電子や自然の摂理、はては宇宙についてまで学べるだけ学んでいた。
学校の休日には、近所にある大きな図書館に入り浸ってあらゆる知識を吸収していた。
もはや顔なじみになった司書のお姉さんに挨拶もせずに本棚へ向かい、小説から専門書までごそっと棚から引き出して机に山と積んでいた。隣には妹がニコニコしながら、蒼穹斗の読破本に目を通している。
長時間読みふけっていると、妹は疲れて舟をこぎ始める。無理してでも本を読もうとする姿を横目で見ながら、小さい声で子守唄を聞かせてやると妹は机に突っ伏して寝てしまった。
余談ではあるが。
保育園や幼稚園ではもうやりたいことを好きにやっていた。
先生らしき人から、なぜ周りと同じことをやらないのか、今は粘土で遊ぶ時間なのにお絵かきをしちゃだめだと言われていたが、できるから興味が無いこととやりたくないことを我慢してやる必要はないことを説明すると、先生は顔を赤くして怒鳴り散らしてきた。それに対して大人げないと言うと手を上げてきたので、それを親に良いように報告した。勿論その攻撃は寸でのところで避けたのだが。
すると次の週からその先生は幼稚園に来なくなった。
普段から友達はいなかったのだが、それが原因で誰も蒼穹斗にかかわる同い年の子はいなくなった。先生ですら手を焼いているのだから当然だ。
そして、小学校に上がっても好きなようにやっていると、担任から授業中に指摘されたので、手を動かしながら話は聞いていた今までの授業内容を大人よりもわかりやすい言い回しで説明したら、担任は次の日から何も言わなくなった。
それからしばらくして数人がかりで虐めを受けたこともあったが、言葉巧みに言葉攻めしてクラスのみんなの前で恥をかかせた。それでも突っかかってくる奴には、親から借りたテープレコーダーで録音したり、録画カメラを借りてはいつも呼び出されるトイレや体育館裏に設置して、一か月以上かけて集めたそれらを親や担任に提出した。それでも実力行使に来る奴には運動がてらに適度にいなしつつ、後日事故に見せかけて学校の階段から突き飛ばした。次は足の骨を折るだけじゃすまないから、と耳打ちもして。
そうして虐めはすんなりと終わった。
――そして、ある日の学校の帰りに、蒼穹斗はハイパーヨーヨーで遊んでいた。人のいない合間を縫って、スピアループ、エルボーラップ等の高難易度の技を適当に繋げて楽しんでいた。
すると突然、背後から聞きなれた足音が聞こえてきたので、ヨーヨーをキャッチして中断する。
「お兄ちゃんッ!」
蒼穹斗の背中に飛び込むちっちゃい身体。
年下妹の椎名である。
愛くるしい瞳を上目遣いでくりんとさせ、兄の背中に顔をぐりぐりと押し付けた。
「私は誰でしょう?」
そして不意に、蒼穹斗の目を背伸びして隠した。
脚の指先をプルプルと震わせている姿が、いかにも低学年女児って感じがして胸を打たれる。
周囲の大人は、お兄ちゃんにいたずらしようと健気に頑張る姿を見て心の中で応援した。
「椎名、これの何が面白いんだ?」
と淡々と疑問をぶつける蒼穹斗に、周囲は不快感を露にした。
だが、椎名は気にすることなく。
「さあ? なんか学校で流行ってたから、何が面白いんだろうと思ってお兄ちゃんにやってみた~」
とケロッとした顔で返事した。
そして蒼穹斗はその疑問に、またもや淡々と口調で答えを示した。
「そうだな、、、後ろから唐突に目を隠された時のドキドキ感、それを誰がやっているのかというワクワク感、声と手の感触や大きさから答えを言って、それが当たった外れたの博打を楽しむハラハラ感を得るためだろうな。ま、大昔からある定番のイタズラだからな、なんなら知らない人にも仕掛けられる優れものだ」
「へえ~、すごいねッ!」
と、キャッキャ笑って手を離す椎名。
それに蒼穹斗は振り返って、小さく息を吐いた。
「下手な相槌するくらいなら聞くなよ、知ってるくせに」
あ、バレた? と舌を出して誤魔化す椎名に、周囲は目を丸くした。
「だって、コミュニケーションってこうやってするもんだってアヤカちゃん達が言ってたからー」
そして、おかしいな~、と頬に指を当てて思案する。
「じゃあパパとママにもやってみようかな」
「逆に『だ~れだ』について三十分以上説明解説されるな」
欠伸をしてヨーヨーをその場でくるくる操る。
一瞬にして『クリス・タワー』が完成された。
近くにいたヨーヨー好きの子が、興奮して蒼穹斗に話しかけたりその技を見ていたが。
蒼穹斗は完全に無視して、範囲の取らない小技を次々と決めていく。
「えーなんでー、他に知らないことあったら楽しいよー?」
と、ランドセルからハート模様が付いたピンクのヨーヨーを取り出して。
対抗するように技を放つ。
だが驚くことに、その一連の動作は肉眼では捉えきれないほどの誤差で蒼穹斗と同じ技を繰り出しているのだ。
兄の一瞬の指の動きを読んで、真似しているのだ。
まるでシンクロナイズドである。
「自分で調べてこそだろ? 聞いてもいないのにペラペラと知らないことを離されても迷惑なだけだ。てかお前どけよ」
隣に釘付けの少年に一喝してから。
一歩引いて大技を繰り出す。
だが読んで字の如く妹も全く同じ動作をして技を見せつけた。
蒼穹斗が口を開こうとして。
「『マネするな』でしょ? お兄ちゃん解りやすすぎww」
ケラケラと笑いながら挑発。
普段から無表情の蒼穹斗からさらに表情が消え。
「じゃあもっとわかりやすいので」
と、次なる技を出そうとして、椎名も真似しようとしたが。
急に予備動作を変えて別の技へと移行する。
「、、、あっそ」
と椎名もムキになる。
真似をやめ、兄が見たことが無いであろう技を披露し始めた。
点がそれぞれ重なってまるで文字のように浮き出るように。
『バ』
『カ』
と。
まさかの濁点も入って『バカ』である。
あまりにも高度な罵りだった。
「へえ、やるな」
『ア』
『ホ』
と即言い返す蒼穹斗。
スッキリした顔の椎名に、再び不愉快の文字が浮き出る。
そしてお互いにムキになり始めて。
周囲の目にお構いなしに、ヨーヨー対決を始めてしまった。
前後上下左右。
そして絡みつくようにして身体中でうねるヨーヨー。
「なんかムカつくのッ」
ヨーヨーをポーンと空へと弾き飛ばし、ランドセルを置き軍手を二つ取り出して。
身に付けながら一セットを蒼穹斗に渡し、ヨーヨーをキャッチ。
即座に技に入る椎名。
「上等だッ」
蒼穹斗もヨーヨーを上へ飛ばして手袋を付ける。
そして、ポケットからスマホを取り出して音楽をかけた。
がっつりJ-POP系だった。
お互いにガンを飛ばして叫ぶ。
喧嘩勃発だ。
先ほどの和気あいあいと話し込んでいた空気はどこへやら。
二人の世界を形成するかの如く、二人の周りに環っかができ始める。
スマホで録画する輩が増え、先ほどの少年はもう涙を流して感動していた。
そしてヨーヨーを動かすだけでなく、ステップまで入りだす。
脚、腰、次いで腕。
そして身体の回転技は勿論のこと。
バク転と、側転まで。
どんどん可動範囲が増えていき、もはやブレイクダンスである。
に加えてのヨーヨーである。
だがその二つの動きに無理がない。無駄がない。
ブレイクダンスの過激な動きと、ヨーヨーの不規則な動きがマッチして。
まるでサーカスを見ているような光景だった。
「、、、なんだ、最初から企んでたのか」
だが、そこではたと気づく蒼穹斗。
動きに合わせて椎名のスカートが翻り、モロにパンツが顔を出そうとしていた。
ということはなく、その下にはしっかりと短パンが装着されていた。
それを見ていた「嗚呼、、、」と嘆き悲しむ男性諸君には、女性陣からもれなくにらみつける攻撃を食らっていた。小学二年生のパンツに飢えているとはどんな変態どもであろうか。
だが、唐突に。
蒼穹斗はヨーヨーブレイクダンスをやめ、そのまま佇まいを直してヨーヨーをポケットにしまい込んでしまう。
――最初から気づくべきだった、と蒼穹斗は反省した。
『だ~れだ』で関心を引きつつ、蒼穹斗の好みで無い親の話にさらっと繋げ、ヨーヨーを使わせた後のこの茶番劇。
動きを止め、少し寂しそうな表情の椎名はあとにして。
蒼穹斗は、周囲に人だかりができ、かつスマホで撮影されていることに気づいたため、まずはこちらの問題を優先する。
「俺たちはお前らに撮影許可を出していないが?」
と、冷ややかに端的に告げ。
ギロリと周囲を睨む。
小学六年生とは思えない雰囲気を滲ませていた。
野次馬たちは一瞬でひるむ。
まるで血塗られたナイフを突きつけられたような――命を脅かされるほどに恐ろしく怖い感覚を覚えたのだ。
「盗撮ならとりあえず警察な」
と言い出してスマホの音楽を止め、110を押した。
スピーカーモードによって着信音が鳴り響き、繋がる。
『こちら○○警察署です。どうされましたか?』
と、ガチで通話した蒼穹斗に、その場にいた全員が絶句した。
自分たちが始めた喧嘩なのにこれは無い、というような顔をしている者が多かったが。
みんな慌ててスマホを操作しだす。
『もしもし、どうされました?』
その言葉には緊張感が含まれていた。
返事がないことを不審に思って警戒しているのだろう。
「申し訳ない、間違い電話だ」
と、ようやく返事をして、向こうから息を吐く音が聞こえる。
そのあと、二三言葉を交わしてから蒼穹斗は謝りを入れて通話を切った。
「お前らの顔は全員覚えた。雰囲気も、においも、全部だ。少しでもその動画を晒してみろ。お前らを絶対に見つけて牢屋にぶち込んでやる、、、」
と、小学生がしてはいけない殺意にあふれた目をしていた。
最前列より三列目の人でさえ恐怖したほど。
さっと動画を消してその場を離れたのは言うまでもない。
「お兄ちゃん超かっこいい、、、」
突然動きを止めた兄と共に、椎名も止まっていたのだが。
その周囲に殺気を向ける兄に驚き、尻もちをついていた。
だがその兄の豹変ぶりのギャップと、その殺気に含まれる椎名を心配する気配を読み取って。
椎名はもうこれでもかというほど目をハートにして、そうぼそりと呟いたのだった。
「ったく椎名、遊びたいなら最初からそう言えよ」
いきなりの殺気にぺたりと座り込んでしまった椎名の代わりに。
軍手やヨーヨーなどの荷物をまとめてランドセルにいれ、妹に手を差し出す蒼穹斗。
ポケーッと、近づいてくる兄の顔を眺めていた椎名だったが。
「、、、だ、だって、言っても『今は興味ない』とか言って遊んでくれないじゃん」
掛けられた声に一瞬遅れて返事をした。
なんかこのままだと負けた気がしてならないため、椎名は頬を膨らませながらそっぽを向いてみるのである。
だが見事というべきか、蒼穹斗は困った表情でポリポリと空いた手で頭を掻きながら、思いついたことを適当に口にしていたのだった。
「悪かった、帰ったらお前がハマってるチェスとか将棋とか色々付き合ってやるから。ほら、行くぞ」
優しい笑みを浮かべる蒼穹斗を、またポカンと見つめて数秒。
普段から付き合いの悪い兄が、気恥ずかしそうに誘ってくるその姿に。
我に返った椎名はさらに頬を染めて胸を高鳴らせて。
「ヤバい、、、超ヤバい、かっこよす」
しずしずと兄の手を握り返した。
二人並んでニコニコ笑顔で歩き去っていくその背中を。
怒涛というべきただただ巻き込まれただけの野次馬たちが、静かに見送った。
ガクガクと震えてその場を離れられない者。
二人の甘々の光景を見てきゅんとする者。
何を見せつけられているのか理解できずに呆然とする者。
爪跡が残った現場では、今なお群衆が立ち往生していた。
「すっごい、、、、、、」
はじめの少年は、今ここで起こった映画のようなワンシーンに立ち会えたことに、ただただ感動するばかりだった。




