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トレイシーの献身 2

トレイシー視点続きます

 初めてマーガレットと会った日以来、何かにつけて僕はコキア男爵家に出かけていくようになった。その都度僕と一緒に来てくれる人は変わったけど。

長男のデリック兄様だったり、次男のレジナルド兄様だったり、両親揃ってだったり、色々だった。

 僕はと言えば、小さなマーガレットが日に日に出来ることが増えていって、僕に笑顔を向けるようになってくれたことがとても嬉しくて、兄達が僕を構い倒す理由が分かった気がした。

僕が今より小さな頃から兄達がずっと一緒にいてくれていたことを覚えている。だから、両親が屋敷にいない時も寂しいと感じる暇がなかった。

 勿論、マーガレットにはミモザ様も男爵夫妻も身近にいるから、寂しいなんてことはないと思う。でも、僕がマーガレットの側にいたいと思ってしまったから、これは僕の我儘だという自覚はある。

だって、可愛いんだから仕方ないでしょ。赤ちゃんってふわふわで、やわやわで、可愛いんだから。

 僕の手を初めて握った時は嬉しかった。でもそのまま僕の手を口に運んで、はむはむとし始めた時にはどうしていいか分からなくて、思わず部屋にいた侍女にどうしよう!? って目で訴えてしまったけど。


 マーガレットの存在は、まだ赤ちゃんだった頃には、ただ小さくて守りたいっていうそれだけだった。

普段は王都に暮らす僕がマーガレットと過ごせる時間は僅かでしかなかったけど、僕にすっかり懐いてくれたマーガレットが妹のようで、本当に可愛くて仕方なかった。

 小さなマーガレットが歩けるようになって庭を散歩出来るようになると、僕と一緒に庭に行きたがるようになって、一緒に庭に出るのが当たり前になった。

言葉もまだ少ない頃は、気持ちを伝えようと必死な顔をさせながら、意味を為さない言葉を口にしながらも僕の手を引いたり、足にしがみついてきたりしていた。

 やがて言葉も覚えると、可愛い笑顔を向けて舌足らずなお喋りを一生懸命にしてくれた。それも可愛くて、僕はずっとマーガレットのお喋りに付き合った。


 そうやって僕達はゆっくりと時間を重ねていった。

穏やかに、静かに。そして、それが僕達の関係を作っていった。


 §


 あの年は、突然のことで感情を抑えるということの難しさを強く感じることが多かった。

カラー侯爵領を治めているのは侯爵家当主の祖父だったけど、僕が生まれる前に祖母は亡くなっていて、祖父はずっと領館では一人で過ごしていた。

 心配をした祖父の妹にあたる従祖母(おおおば)が祖父を訪ねてきていた。従祖母は結婚した子爵家で幸せに暮らしていたそうだが、子爵が亡くなってからはカラー領で暮らしている。現在は息子が後を継いで子爵家は問題もないそうだ。時々息子一家や家を出ている子供達も家族を連れて遊びに来ることも多いらしい。

 兄妹として過ごす時間は祖父にとって懐かしく穏やかな日々だったらしい。従祖母には今も時折会うことがある。領地運営を今しているのは父の弟の叔父だ。その叔父を訪ねてくるのだけど、叔父の相談役という立場にあるらしいけど、実際には子爵家での実績もあっての相談役らしい。子爵家では領地運営は従祖母がしていたそうだ。

 ちなみに、従祖母の嫁いだ子爵家は、カラー家の縁戚。亡くなっている前当主は祖父や従祖母の従兄弟なのだそうだ。従祖母と前当主の婚約は二人が幼い頃から二人の強い希望で決まったそうだ。大恋愛と言っていい関係のようだ。

 話を戻そう。祖父だけど、従祖母が訪ねてきたその日に突然倒れてしまった。二人でお茶を飲みながら、ゆったりと寛いでいた時らしい。

祖父は胸を押さえながら倒れてしまい、後は呆気ないくらいすぐに息を引き取ったそうだ。

 僕達家族は王都で生活しているから、祖父の最期に立ち会えなかったし、あまりに急なことで誰もがかなり衝撃を受けていた。

母は祖父との関係は夫の父親であったものの、幼い頃から親しんできた相手であり実の父親のように慕っていたため、酷く憔悴してしまっていた。

 僕達一家にとって、大事な人を失った後、誰もが悲しみに沈んでいくようだった。

きっと両親は悲しみながらも、カラー侯爵家を祖父から父が当主となる為に色々と気を張っていたからだろう、兄や僕、子供のようには悲しんでばかりはいられないようだった。

そんな中、僕自身は祖父にもう二度と会えないことが悲しくて、どうしても受け入れられなくて、ふとした瞬間落涙することばかりで、兄達にも心配される程だった。

 葬儀も終わり、もう数日すると王都に戻るという話が出た頃だった。僕だけが何もすることがなくて、一人祖父の墓前に向かっていた。お墓に花を手向けて、その後は近くにある教会へ足を運んだ。

教会はいつでも誰にも門戸を開いている。だから、僕も教会に入り、礼拝堂に備えられている長椅子に座り、ぼんやりと過ごしていた。

 一度、見回るためか司祭様が礼拝堂に入ってきたけど、僕を見て、ただそれだけですぐに立ち去った。僕は一人になったことで、ふと目に入った礼拝堂の中の天井には教会で教えられている神や教義、また歴史的なことを描かれた天井画があった。窓にはステンドグラスがあり、酷く孤独感が強まった。

 天井画を眺めていると、孤独は感じていても、厳かな気持ちも感じられて…徐々に気持ちが落ち着いていった。その時だった。天井画の片隅に描かれていた愛らしい顔をした天使を見つけたのは。他にも天使はたくさん描かれていて、もしかしたら同じ顔がどこかにあるかもなんて思ってしまった。

 当然だけど、同じ顔を画家が同じ絵の中にいくつも描くわけはないのだから、当然見つけることは出来なかった。そのことに思い当たったのもあったけど、単純に首が疲れてしまって、顔を天井から下に向けた。

 礼拝堂の扉が開けられる音がして、そちらを見たら。ついさっきまで探していた天使の顔がひょっこりと覗かせていた。なんだ、僕の天使は絵の中にいたわけじゃないんだ、と気付いた。

 僕を見つけてくれた天使は、僕ににっこり笑いかけてくれて、てててと近付いてきて僕の隣に座った。それから、僕の顔を下から見上げながら少し戸惑ったような顔をしていたけど、手をそっと僕の頭に伸ばして、ゆっくりやわく撫で始めた。

小さな手は、あったかくて、可愛くて、でもそれ以上に向けられる気持ちがありがたくて、嬉しくて、そんな気持ちと、祖父がいなくなってしまった事実をまだ受け止められてない自分の気持ちと、まるで反発するみたいな感情にどうしようもなくて、苦しくなった。

 僕の天使は、僕が落ち着くまでずっと傍に居て、何も言わないまま頭を撫でていてくれた。小さな天使は僕を幸せな気持ちにしてくれた。ただ寄り添ってくれるその気持ちで、救われたんだ。だから、ずっと塞ぎ込んでいたのに、少しだけど笑えたんだ。


「マーガレット、君のことが大好きだよ」


 僕はただ感じたことを口にしていた。小さな天使は、僕を見上げたまま迷いもなく僕に気持ちを返してくれた。


「わたしも大好き」


 きっと言葉にしてしまったから気付いてしまったんだ。僕はもうずっとマーガレットのことが好きだってことに。マーガレットの言葉に嬉しくなったのは本当だった。でも、祖父のことを考えてしまうと途端に気持ちが沈んでいく。そんな気持ちの浮き沈みの中で僕の天使が傍で寄り添ってくれている。また頭をゆっくりと撫で始めた。

 僕はしばらくマーガレットの小さな手に慰められていた。マーガレットが手を下ろして、僕を心配気に見ていたけど、すぐににこっと笑ってこう言った。


「大丈夫!」

「…ありがとう」


 マーガレットの言葉にただただ気持ちが解れていく気がした。


「兄様、元気になるおまじないね」


 小さなマーガレットが長椅子に膝立ちをして、僕の前髪に触れていた。額にかかる髪を除けて、何をするのかと思ったら、額にただ触れるだけのキスをした。一瞬驚いて、でも”これが元気になるおまじないか”と理解した。

 僕の中に何かがストンと落ちてきた気がした。腑に落ちる、そんな感じなのだと思う。そして僕は言わずにはいられなかった。


「マーガレット、大きくなったら結婚してくれる?」


そう、言わずにはいられなかった。

マーガレットはただでさえパッチリと大きな瞳を、さらに大きくして驚いていた。でも、少しだけ考えただけで、可愛らしく笑ってくれていた。


「トレイシー兄様となら結婚したい」


 僕はただ嬉しくて仕方なかった。きっとマーガレットにとっては兄として慕う僕への同情みたいなものなんだろうと思いながら。

 でも例え子供同士の口約束だからと叶わない願いになるとしても、マーガレットの気持ちが今だけでも本物であればいいと思った。だから僕は口にしていた。


「結婚の約束、本当にしてもいい? もし…いいんだったら、だけど。誓いのキスをして、も…いい?」


 僕は口にしながら、正直言えば不安だった。僕達の年齢差は五歳だ。五年という時間の差は大きい。マーガレットが思う気持ちと僕の感じる気持ちに絶対的な差があると思うから。

でも、マーガレットはまだ長椅子の上で膝立ちしたまま、僕にキラキラとした瞳を向けて、頬を染めながら頷いてくれた。

 僕は、マーガレットも僕に向けてくれる気持ちが、僕と同じ物なのだと安心した瞬間だった。


 僕達は祭壇の前に行き、見回りに来た司祭様はやっぱり来ることもなくて、仕方ないね、と言い合いながら二人揃って神様の御前で誓ったんだ。


「トレイシー・カラーとマーガレット・コキアの二人は、将来結婚をし、生涯愛し合い、共に歩いていくことを誓います」


きっと選んだ言葉は本来なら有り得ないくらい簡単な言葉だったと思う。でも、この時の僕達はそれで充分だった。そして、僕はマーガレットの唇に触れるだけのキスをした。

 真っ赤になったマーガレットはこれ以上なく可愛くて、この日から僕はマーガレットのおかげで悲しみに沈みこむということがなくなった。

マーガレットの記憶が飛んでる部分の詳細です。

ただ、どうしてマーガレットがトレイシーを追うように教会に現れたのかは、本人が覚えてないので不明なまま…。

色々この時期にあったわけですが、マーガレットは色々を知らないままです。

教会に行くことが出来た理由はありますが、前提であるカラー侯爵領にマーガレットがいた理由については知らないという。


ネタバレはないですが、このお話しを思いついた時の話の流れをさっくり活動報告に書こうかと思います。

興味がある方は覗いて見てくださいませ。

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