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昨日投稿出来なかったので、本日まとめて二話投稿しています。

3話目がありますので、こちらを読む前にご確認くださいませ。

 どうして以前のように、伯爵家に引き取られた後からではなく、それ以前の家で目覚めたのかを考える必要があったのかもしれない。でも、死ぬことでしか心の平穏が得られない私には、そのことを考えるだけの余裕がなかった。


 繰り返され続けた死ぬためだけの生が、私にとってはもう不要なものでしかなかったから。


だから、目覚めた後、私がまだ引き取られるには随分昔の、幼い自身であったことや、母がまだ元気でいたことで、思い切り泣いてもいいのだと理解するまでは、人形のように表情を変えない、まるで生きていないような日々を過ごすことになった。

 私の異様さを真っ先に気付いたのは、きっとトレイシー兄様だ。そして、それを母や祖父母に伝えたのも彼だ。

最初は医師に診察してもらい、私の健康状態を見てはいたようだった。けれど、表情が抜け落ちた私は以前のようには外で元気に走り回ることもなくなったし、好きだった花を部屋に飾ることもなくなった。何より、兄様と遊ぶことを嫌がった。

 最初、母が私に告げた言葉で、私に何があったのかを記憶を掘り起こすようにして、思い返していた。


「トレイシー様と何かあったの? 酷く心配されていたのよ。マーガレットが僕を見てくれないって。喧嘩でもしたの? 小川でずぶ濡れになったことと何か関係でもあるの?」


 私は母のほうへと顔を向けてはいたけれど、決して母の顔を見てはいなかった。

そう言えば、一度だけ兄様と一緒に小川伝いに歩きながら湖に向かっている時に、ふざけて押し合いになり小川に倒れ込んだ私はずぶ濡れになって、泣きながら帰ったことがあった。そして丸二日間熱が出て寝込んだことを思い出した。「ああ、そうか、今はその頃なのか」と「どうでもいい記憶だな」と、母の話を聞きながらぼんやり考えていた。

 私が何も返事を返さないから、母は本当に心配していたのだと思うけど…それでも、私には何も響かなかった。心の動きが本当に鈍くて、何も感じていなかったから、私には母の気持ちや言葉を受け止めるだけの余裕はなかった。そう、きっと余裕がなかったのだと思う。


 小川でずぶ濡れになった後、私は熱を出し寝込んでいた。

熱が引き、起きることが出来るようになると、兄様は私と遊ぶために毎日のように来てくれていたらしい。私が表情を変えず、ずっと部屋で過ごしているというのを聞いてからは、本を持ってきてくれたり、野に咲いていた花を集めて花冠にしたものを持ってきてくれたりもしていたらしい。私の心が動かないためなのか、その辺りの記憶が曖昧で、死ぬことしか考えられなくて、他のことなんてどうでも良かった。

 ただ、後々救いだったと思えるのは、食欲は一切なかったけど、用意された食事を食べることが出来たことだ。私自身は多分餓死しても気にならないほどに、どうでもいいことではあったけど、祖父母も母も私に食事をちゃんと食べさせようと、まるで赤ん坊みたいに自ら食べない私に対して根気良く食べるように、助けてくれていた。

 甘い物が好きで焼き菓子なんて好物だったはずだけど、この時の私には不要なものでしかなかったから、一切口にしなかった。それでも無意識で体は生きたがっていたのだと思う。

私の意志とは別に、母や祖父母が用意してくれる軽食や菓子、飲み物に、少しは反応していたようだ。味なんて全然感じもしなかったけど。


 私が目覚めてからどれだけ経っていただろうか。きっといつものように兄様が訪ねてきていたのだと思う。でも、その日はいつもと様子が違っていた。かつてこんな彼を見たことがあったのか、記憶にない。

 兄様は母、祖父母と話をしていたようで、何か声が聞こえてはいた。でも私は部屋に閉じこもっていて、子供が不審死ではなく死ぬ方法を考えてばかりで、周囲の様子にあまり気にも留めていなかった。

外から聞こえていた声が途絶えたと思っていたら、私の部屋へと誰かが来る足音が聞こえた。暫くするとノックする音が聞こえる。

 誰が来たとしてもどうでも良くて、私は扉の方へと顔すら向ける気力がない。ただソファの上で、膝を抱え込むように座っているだけだった。

扉を叩いた主は返事を待っていたようだった。でも、一向に返事がないことに慌てたのか、扉は乱暴に開けられた。私はそれすらどうでも良くて、誰が来たのかもどうでも良くて、顔を向けることはなかった。

 明らかな安堵の溜息が聞こえて、そこで初めて顔を少し動かした。でも、訪ねてきた主に興味もなくて、私はただ誰かが来たことだけ理解して、また思考がいつもの死へと向かう。

 今まではすぐに死ぬために行動してきていたのに、今はどうしてなのか行動出来なかった。

幼い私の体が健康だから、心よりも健康だから、心を引き留めているのだろうか。まだ母が元気な頃に戻ってきたからだろうか。そんな意味のないことを考えたりもした。部屋に誰かがいることなんてもう忘れていた。そんな時だった。ふいに私の隣に体温を感じた。

 私にはその体温ですら、まるで他人が感じているような感覚で、どうでもいいことだった。


「マーガレット、約束…覚えてる?」


 聞こえた声に顔をゆっくりと向けた。トレイシー兄様だった。何かに堪えるようにこちらを見ている。

約束…約束ってなんだっただろうか。覚えて…、覚えて……な、……。


「やく、そく?」


 私がぼんやりとしながらも応えたからだろうか、突然抱き締められた。膝を抱えていた私は体勢を崩してしまう。でも、兄様が倒れないように支えてくれている。

少しだけ、心臓が早く動いた気が、した。でも、きっとそれは突然のことだから、だと思う。


「そうだよ、約束。去年、マーガレットの誕生日にした約束だよ」

「…たんじょう、び」


 兄様とどんな約束をしたのだろう。記憶を辿ってみる。

何度も繰り返し私という人間を生きて、殺されて、その事に気付いてからは自死を繰り返して、そのせいなのか、随分昔のことという感覚しかなくて、兄様に去年と言われても思い出せない、という自信しかないけど。

…思い出せない、は…少し違う気もする。記憶が…欠けてる感覚が、あるから。

 でも…。誕生日に、兄様と…。いや、それ以前に兄様と過ごした誕生日なんてあっただろうか。

私の誕生日は春先で、まだ雪が残る時期。王都ならすっかり春らしくなって花々も咲き誇っている時期だけど、この町ではまだまだ寒い。そんな季節に兄様がいたことなんてなかったと思い出した。兄様は普段王都で暮らしているから、避暑を兼ねて侯爵家の領地へ来ていた…はず。だから、まだ寒い頃には兄様はいないから………。


「あ」


 思い当たることが、一つだけあった。確か侯爵家の前当主であるトレイシー兄様のおじい様が亡くなったことで、兄様がしばらく寒い時期にいたことがあった。その頃なら、誕生日を一緒に過ごしていてもおかしくはなかったかも、しれない。でも…約束…。


「約束…って、した?」


 明らかに肩を落とした兄様がいた。でも、私をまだ抱き締めたままだ。されるがままの私だったが、さすがに体勢が辛くなってきていて、だから兄様の腕を軽く叩いた。すると、慌てて私を放してくれた。ただ向かい合ったままではあったけど。


「ごめんね。それより、約束は忘れちゃった?」


 私は分からなくて頷くしかなかった。


「そっか…。だったら、もう一度約束し直せばいいや。マーガレット、僕と結婚してくれない?」


 私は意味が分からなくて、固まった。

暫くそのまま身動ぎもせず、兄様の顔を見ていた気がする。こんなに死以外のことで頭を動かしたのはどれだけ振りだろうか。ただ兄様を見ていた。


「………どうし、て?」


 私が返せた言葉はそれが精一杯だった。兄様は眉尻を下げていた。悲し気? それとも失望?

私はきっと表情を変えることなく言葉を発していたんだろう。だから、私の言葉もひどく兄様を傷付けたのだろうけど、今の私がそれを理解することはなく、でも兄様が私から離れてくれるなら、また死に方を考えられるからそれでいいのだ、と考えた。

 でも、兄様が私から離れていくことはなく、咄嗟に顔だけ背けた私の肩を改めて引き寄せるようにした兄様に、私はまた体勢を崩してしまい、今度は彼の胸の中で互いの顔が見えないような体勢で、頭を埋めるような形になり、兄様の腕の中にすっぽり収まってしまっていた。


「僕はマーガレットのことが大好きだから、結婚したい。本当に覚えてない? 教会でキスしたこと」


 私はまた固まった。今度は、心臓が壊れるかと思うくらいに酷く早く打っていることが分かった。

でも、それは同時に兄様も同じだったようで、彼の胸に頭が埋もれている以上、どうしようもなく彼の鼓動が早くなっていることに気付いてしまったから。

お読みいただきありがとうございます。


マーガレット以外の重要な人物も登場しました!

というわけで、物語が色々動きます。

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