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※血が流れる表現があります。苦手な方はご注意ください。

そうして、また目覚める。また医務室だった。


「また…。痛いのは嫌なのに…」


そう呟いて、私は迷うことなく医務室を出た。階段を登った。屋上の扉を開けた。壊れた柵の扉を抜け、学舎端の場所まで行く。そして躊躇なく飛ぶ。

 空を切って落ちていくだけなのに、案外骨折の痛みは続くものなんだと思いながら、また意識を手放した。


 また医務室で目覚めた。幾度となく繰り返した。私は何度でも自死を願いそのように動いた。

もうとっくに心は擦り切れていて、耐えらえなくなっていたのを自覚してはいたけれど、どこかで認めてはいなかった。

 でも、もうここまで死ぬことに執着しているのだから、認めなくてはいけないな、そう思いながらも、また屋上から飛んだのは、一体何回目だっただろうか。数えることもやめていたから、本当に分からなかった。


 また、目覚めた。

 ああ、私は生きることを強いられるのか、と涙が出た。


目を開けて、真っ先に見えたのが婚約者だった。

ちょうど、私の胸に短剣を突き立てる直前らしい。


「なんだ…そうなんだ。だったら、最初からそう言えばいいのに」


私はただ穏やかに笑うだけだった。

婚約者の持った短剣を私の首へと自分の手で剣先を掴んで持っていく。刃を掴むことで掌も切れているはずなのに、痛みを全く感じない。

婚約者は一瞬、戸惑ったようにしたけれど、私に迷いがなかった。


「もう…二度とあなたなんかに会いたくない」


そう呟いて、血で濡れている自身の手と一緒に、首に短剣を押し付けて、一気に頸動脈を切る。

そして、やっと終われる、と思いながら事切れた。

 私が短剣の刃を掴んで自身を切る時に、婚約者が何か叫んでいたような気もしたけど、そんなこと気に留めることもなかった。



 §§§



また、私は目覚めた。


「……また、目が覚め…た?」


そんな呟きを今までは誰も拾い上げてくれることはなかった。でも、今回は違ったらしい。


「マーガレット?」


ずっと…遠い昔に聞いたことがあったような、声だった。声のしたほうへと顔を向けた。

するとそこにいたのは、本当に懐かしい顔だった。短く整えられた艶のあるブルーグレイの髪と穏やかな深い蒼の、まだ幼さの残る少年らしい大きな瞳がこちらを見ている。

もうずっと会うことも叶わなかった相手でもあった。


「トレイシー…兄様」

「…よかった、体調はどう?」


 私が目覚めた場所は、母や祖父母と暮らしてきた懐かしい男爵家の屋敷だ。十二歳の時から離れてしまってからは、一度も来ることが出来ずにいた屋敷。そして私の部屋だ。

 私はただ眠っていただけなのだろうか。体がだるい。

ベッド脇のスツールに座っている、兄と慕ってきたカラー侯爵家の三男でもあるトレイシーの名を呼びはしたけど、応えるつもりはなかった。

どうせ、また死ぬのだから私は彼との久しぶりの再会ですら、絶望していた。

 また最初から、アイビー家に引き取られるところから始めるのか、と絶望していた。

私は天井に顔を向けてから、兄と呼ぶ相手とは逆方向にある窓へと顔を向けた。

トレイシー兄様は忍耐強く待っていてくれた気がする。でも、応えるつもりがない私は、どうやって死のうか考えていた。

 左手を握られていて、その手が兄様の方へと引かれた。だから、そちらへと視線だけ向けた。

きっと私からは表情がごっそり抜け落ちていたと思う。もう生きることに疲れ過ぎていて、死ぬことすらも疲れ過ぎていて、呼吸することすら煩わしかった。死ぬための行為以外は、もう考えたくもなかったし思考停止していた、と思う。

 私を見た兄様が酷く驚いているように感じた。感じただけであって、どうでも良かった。だからすぐに窓の外へ視線を戻す。すると、スツールがガタっと音をたてるのが聞こえた。そして、兄様の両手が私の頬を包むようにして彼の方へと向けさせた。私はそのことに戸惑うこともなく、ただされるがままだった。そのことが兄様をこれ以上ない程に戸惑わせただろうし、狼狽えさせるに充分だったらしい。

 五歳年上の彼は、いつも余裕綽々で年下の私を見下ろしていた。それでも彼はいつも優しく笑ってくれていたような…気が、する。でも、遠い昔の話だ、私にとっては。

 何度となく繰り返し婚約者に殺され続けて、私はそれを忘れることなく繰り返し生きた。抗ってみたこともあったような気もする。でも、何をしてもダメだった。だから、壊れた。

気が付けば、私は死ぬことを切望するようになり、目覚め直すたびにすぐに死に続けた。その時間もどれくらい繰り返したのだろうか。分からない。数えることが何の慰めになるのか、分からなかったから。

もう私の人生を私の意志で終わらせたい、そう願っても可笑しくないでしょう? そう考えてしまっても変ではないでしょう?

 もし、それが狂っていると言うのなら、私はまさしく狂っているのかもしれない。でも、繰り返される死が一切穏やかなものではないのだから、心が壊れても可笑しくはないし、自分の命を自分で絶っても良いと思うしか…自分を、守れなくなっていた。

 だから、兄様が私の顔を覗き込むように、自身の顔を近付けても、何も感じなかった。心が動く理由がなかった。彼が私の異変をすぐに悟るには充分で、何より彼は私を可愛がってくれていた。そんな記憶が過りはしたが、でも私の心には何も感じるものがなかった。

 兄様は私の顔から手を放した。だけど、自身の額を私の額に付けて、目を閉じてこう告げた。


「マーガレット、大好きだよ」


 掛けられた言葉の意味が分からなかったけれど、この兄と慕ってきたトレイシーという人物は、とても優しくて包み込むような人だったな、と思い出していた。遠い記憶になり過ぎていたせいか、彼のことを思い出すのも難しかったのかもしれない。

 私の無表情に、彼は思うところがあったようだ。彼は私の頬に軽いキスを落とすと、部屋から出ていった。

私は扉が閉まる前には窓の方へと顔を向けていた。そんな様子を彼が見ていることも知らなかったけど、例え気付いていたとしても全く意に介していなかっただろう。

本日も読んでいただき、ありがとうございます。

昨日までの鬱展開がやっと終わり…。

マーガレットが安心して生活できる環境は整ってくるんですけど、はてさて。


午前中に予約投稿をしようと思ってるのですが、今日は遅くなりました。

明日は午前中に出来ると思います。

がんばります…無理しない程度に。

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