番外編 転入生 3
番外編です。
3話目になります。
攻略対象全員とその婚約者が揃ったところで、アイザック殿下の婚約者のローズマリーお姉様から軽く耳打ちされた。
「今渡してしまえばいいんじゃない?」
「あ、そうですね。そうしますね」
私はヘミスフェアー先生にお願いして置かせてもらっていたプレゼントを急いで取りに行き、先生がついでだからと一緒に運んでくれて、でもあまり時間がないからと早く会場に入るようにとも言われた。
「ヘミスフェアー先生運んでくださって、助かりました。ありがとうございます」
「いや、これくらい大丈夫だから。で、渡す相手は…あの集団か?」
「はい。お姉様達、すぐに結婚されるというお話しなので、そのお祝いなんです」
「なるほどな。皆高位貴族だから、君だとなかなか会えないから、か」
「はい。送るのではなくて、直接お渡ししたかったんです。いつも良くしていただいてたので」
「きっと彼女らも喜ぶだろう。君のことを本当に可愛がってたからな」
「ええ。本当素敵なお姉様達だから、私はご一緒出来て幸せでした」
そんな会話をしているうちに集団の前に立ったわけだけど、気付けばお姉様達が目を潤ませて、私に抱き着いていた。
「…え、あれ、えー?」
「もう! なんて可愛いことを仰るの!!」
「私達のほうこそ貴女と一緒にいられて幸せでしたのに!」
「あ…聞こえて、た…んです、ね。恥ずかしぃ…」
私と友達になってくれたのはお姉様達四人と騎士団長子息のランドン様、それと伯爵家嫡男のジュリアン様。お姉様達と攻略対象の二人は私を囲んで、渡したプレゼントにとても喜んでくれていた。
テディベアの瞳の色はフローラを養女にしてくれたムスカリ男爵領の特産でもある貝殻で出来たシェルボタンを使って、お姉様と婚約者の瞳の色に変えたことで、お姉様達はとても喜んでくれた。
ドレスもタキシードもどれも白を基調として作ったけど、ポケットチーフはそれぞれが好きな色にして、ドレスを着たテディベアに持たせたブーケはそれぞれのお姉様の好きな花にしている。事前に色々聞いたことが生かせて良かった、と思っていた。
私のことが嫌い…なんだろうなって思ってた殿下達については、もう考えることを放棄してる。ただ、お姉様達が喜んでいるのは嬉しいみたいでお二人揃ってお姉様達に寄り添ってたし、最終的にはテディベアのことも気に入ってくれたみたいだから、気にしないことにした。
そんな途中でのことだ。私達の側を通ったゲーム画面でよく見た背の高い人が視界の隅に入って、思わずそちらを見れば、トレイシーが歩いているのが分かった。
その隣には小柄で華奢な令嬢が並んでいる。すごく優しい顔でその令嬢を見つめていた。
正直、私はトレイシーと会うことはないと思ってた。ゲーム通りなら、攻略対象全員と友達になっていなければトレイシーには会えないから。だけど、通り過ぎたトレイシーは知らない令嬢をエスコートしていたから、私が知り合うことは無理なのだけは理解出来た。知り合うつもりもなかったけど。
(一緒にいた女の子って、誰なんだろう? マーガレットはこの貴学院に通ってて、でも婚約者に刺されて死んでるはずだけど…。
あれ? そう言えば事件とか事故とか、そんな噂とか全然なかったよね。ということは、マーガレットは死んでない? もしくは貴学院に入学してなかった?)
そんなことを思いながらトレイシーの横にいる令嬢を見つめていたら、その令嬢がこちらを見た。一瞬視線が絡んだけど、すぐに逸らされた。
…二人共幸せそうに笑ってるのが見えた。
(もし、あの女の子がマーガレットだったら、トレイシーと小さな頃にした約束、守れるんだろうな。…だったらいいな。トレイシーが笑っていられる方がいいな)
この頃には夢を見始めた頃と違って、すっかりトレイシーと出会うことなんて考えることがなくなっていたから、私自身トレイシーを見かけるなんて予想外のことだった。
ただ、幸せそうに笑う様子を見ることが出来て、私がトレイシーの傍にいる理由がないことに安心していた。
そうこうするうちに先生が手を打った。
「ほら、もうそろそろ時間だ。行くぞ」
「はい」
先生の先導で私達は会場に向かったのだった。お姉様達はテディベアを抱えたままだったけど、良かったのかな? ま、いっか!
§§§
無事卒業パーティを終えた。皆は馬車に乗り込んだ頃だろうか。でも、私は馬車が混み合う時間を避けるために一人学院内の中庭に来ていた。
「そろそろ夢から覚めないとね。きっと夢から覚めたら、私はここにいられないんだし。うん、お姉様達と楽しい時間過ごせたし後悔もないかな。…でも、どうやったら夢から覚めるんだろう? 深く考えるのはやめよーっと」
そんな独り言を呟きつつ、中庭にある花壇やガゼボ、小さな噴水を見て回る。
「本当、入院してたからぜーんぜん小学校からの友達と会えないし、勉強も出来ない毎日だったけど、こうして毎日楽しく過ごせたのは最後の最期で本当嬉しかったな。目が覚めたら、私は…死んでるのかな…」
そう小さく言った直後だった。背後でパキリと小枝が折れる音がした。振り返れば、そこにはヘミスフェアー先生が立っていた。どうしているのだろう? と思いはしたけど、特に気にはしなかった。
「…死んでるって、どういう意味だ?」
先生の声が酷く強張っているように聞こえた。…聞こえてたんだ。そっか、仕方ないなぁ。どうせ夢なんだし私のこと話しても問題ないかぁ。うん、いいや、言っちゃおう。ずっと誰にも言わないでいたけど、どうせもう最期だと思うし。夢だから迷惑にもならないよね。
「ヘミスフェアー先生、きっと先生には誤魔化しとか効かないと思うから、ちゃんと話します。聞いてもらえますか?」
「ああ、分かった」
「良かった…。あの、私……」
§§§
私は病院のベッドでずっと一人横になる前からのことを話した。小学校六年生の時に病気が発症したこと、それからずっとベッドの上で過ごしてきたこと。卒業式は辛うじて出席出来たけど、中学の入学式は無理だったこと。入学後は全く学校に行けなかったこと。
気付けば夢の中にいたこと。夢の中では私が以前の自分とは違う人間になっていたこと。だけど、体の持ち主の記憶も考えも全部今の私の中にあること、そういったこと全部を話した。さすがにゲームの世界で、というのは説明するのがちょっと大変そうだからやめたけど。
先生は私の話を聞き終わると、頭を両手で抱えて俯いていた。それから、暫くそのままでいたけど、小さく息を吐いた後、手を下ろして顔を上げた。
「君は、特別な子だったんだな」
「特別、ですか?」
「そうだ。君は夢の中にいると思っているようだが、ここは現実だ。夢でもなんでもない。信じられないなら、自分で自分を抓ってみればいい」
「…えぇ? 夢…だと思うんだけどなぁ…」
先生の言葉が信じられないと思いながら、自分の頬を抓ってみた。うん、痛く…な、あぁ?
「いったーい!」
「だろ? だからここは夢の中じゃなく、ちゃんと現実の場所だ」
「え? だって、私ベッドでずっと横になってて、気が付いたらここに…」
「……もしかしたら、だが。君の、病気だったという君の体は、もう亡くなっているんじゃないのかな」
「え?」
「君は、死の間際、長い夢を見ているとずっと思ってきた。それがもう二年近くも続いている…というのは、夢にしては長過ぎないだろうか?」
「…あ」
私はどこかでまだ自分が死んでいなくて、体は生きていて、心だけが自由に動けているような感覚でいた。でも、先生の言葉は…気が付かない振りをしてきた私に、もうそうではいられないのだと突き付けるものになった。
「…辛いことを言っている自覚はある。ただ、君がこの場所にいるという事実は、私にとっては幸いだと思っている。だから、君を傷付けるかもしれないが、現実を見て欲しいと思った」
私はもう…死んで、るの?
「君は、この世界に時折降り立つ《神に招かれし者》、だと思う」
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