番外編 転入生 2
番外編です。
2話目になります。
ヒロイン、フローラが夢の中だと思っているこの世界は、間違いなくリアルな世界だった。
が、フローラは自身の本当の体が死地を彷徨う状況にあり、その為長い夢を見ているのだと信じ切っていた。
そして、現在享受している環境を、自身が中学入学後に体験出来たであろうものとして、素直にただの一生徒として楽しんでいた。
そう、体の年齢は確かに十五歳かもしれないが、精神的にはまだ十二歳の幼い心を持った少女でしかない。
そんなフローラの姿は、庇護欲をそそる可愛らしい容姿と共に性格的にも素直で、まるで「小動物」のようで、令息達にもそうだったが、それ以上に令嬢達から「みんなの妹」のような扱いを受ける一因となっていた。
そしてその様子が、攻略対象者達にとって他の学生達のように受け入れる者と避ける者との差異となっていた。
「フローラ嬢は、ただ幼いだけだよな」
「計算なんて全く出来ないタイプだと思う」
受け入れる側の言葉だ。それに対し、避ける者はそうは捉えない。
「初めは転入生だからと相手もしていたが、こちらが避けるようにしていたら、知らない間に婚約者と親しくなっていた。まるで、こちらに取り入ろうとしているとしか思えないんだが」
「その婚約者も彼女のことを相当可愛がっているし、私よりも彼女を優先させようとしているのでは、と思えてならない」
かなり受け取り方に違いがあるため、フローラに対する好感度というよりも、攻略対象者の性格だったり立場だったりがそう感じさせている部分もあったのかもしれない。
唯一貴学院内で大人組の攻略対象である教師は、婚約者のいない立場であり、真面目に勉強に取り組むフローラに対し学生に対し感じる親しみ程度のものから、徐々に兄のような立場で見守るような気持ちに変わり、気付けば淡い想いを抱えるようになっていたようだ。
ただ、大人だから、教師だから、立場もあるのだと気持ちを押し隠してはいるようだが。
そして、フローラは健康ではなく病室にいた時の、まだ子供…この世界においては幼子のような無邪気さの塊のような存在で、だからこそ純真な彼女の元に集まるのは、無垢なものを無意識下で求める者達だったのかもしれない。たまたまそれが、攻略対象とされる高位貴族の令息達の《婚約者》だっただけで。
§§§
そうこうしているうちに、卒業まで三ヶ月という頃となった。攻略対象の人達で仲良くなっても友人止まり、避けられた人達からは目の敵にされてる気がした。
でも、婚約者の令嬢方がいつも私を庇ってくれて、助けてくれたから、全然辛くなかったし、いつも令嬢方には感謝していた。
「いつも助けてくださってありがとうございます。…それで、あの…卒業してしまうと、皆様とご一緒することもなくなってしまうので、一つだけお願いがあるんです。聞いていただけますか?」
「何かしら?」
「…その、皆様のことを…お姉様って、お呼びしてもいいでしょうか?」
「え?」
「まぁ!」
「そんな…」
「お姉様だなんて…」
「「「「呼んで頂戴!」」」」
私のささやかなお願いを皆さんが叶えてくれたから、私は卒業までの間ずっとお姉様達と楽しく時間を過ごした。時々お姉様の婚約者でもある友達となった二人もやってきて、賑やかに過ごすこともあった。
優しいお姉様達は、私に足りない部分を教えてくれて、私もそれを頑張っていった。完全な貴族令嬢には全然だけど、お姉様達のおかげで転入した頃よりもずっと令嬢らしく振る舞えるようになれたと思う。
だから、攻略対象だとか関係なく婚約者と並ぶお姉様達のために私は結婚のお祝いになりそうなものを用意することにした。だってお姉様達は、卒業したらすぐに結婚する予定だって言ってたから。
アイザック殿下とローズマリー様の御二人は王家の結婚だから、卒業してもすぐには結婚にならないみたいだけど、それでも一年後には結婚するって聞いている。だから、どうしてもお祝いをしたいって思ったの。
入院する前に出たことがある結婚式は、少し年の離れたいとこの結婚式。その時結婚式をする会場の玄関前に置いてあったペアの真っ白なテディベアのぬいぐるみがとても可愛くて、本当に本当に幸せ! って思わせるようなものだったのが印象的だった。確か…ウェルカムベア? ウェディングベア? …違った? ま、いいか!
週末になると街に出て真っ白なテディベアを探して回った。色は真っ白じゃなくてもいいか、と思うくらいに綺麗なクリーム色や優しいペールグリーンのものだったり、ベビーピンクのものも選んでいった。
最終的に八体のテディベアを並べることが出来た。色は御揃いになるようにしたり、並んでもおかしくない組み合わせを決めたら、後は必死で毎日頑張ったよ!
テディベアに着せるウェディングドレスとタキシードを裁縫の得意な侍女さんと毎日ちょっとずつ縫っていったの。お姉様の好きな花や色を教えてもらったり、婚約者の好きな色とかもね。そういうのをテディベアの着るものに少し付け加えたら、素敵だなって思ったから。
何とかそれも出来上がって、それぞれのテディベアに着せて、後はお姉様にお届けするだけ! ってところで卒業式になった。なんとか間に合ったよ!!
それで私は先生に相談をさせてもらったの。
「ヘミスフェアー先生、卒業式の後でお友達になってくださった御令嬢の皆さんにプレゼントをお渡ししたいんですけど、そのプレゼントを置いておく場所がなくて…先生の使ってるこの準備室の隅をお借りしてもいいですか?」
「…別にいいが、たくさんというわけではないのだろう?」
「はい! 先生、ありがとございます!!」
無事に卒業式が終わり、今から卒業パーティというタイミングだった。パーティの直前では荷物になるから、パーティが終わる頃にお姉様達に渡せたらいいな、と考えていた。
私は先生の許可をもらって、卒業式後に先生の使っている準備室にプレゼントを持ち込んでいる時だった。後一つ運び終えれば終わりというタイミングでプレゼントを一人のお姉様に見つかってしまった。
しかも、アイザック殿下の婚約者のローズマリーお姉様! 本当、折角のサプライズだったのに全然ダメ。失敗したー! と情けなくなった。
でも、ローズマリーお姉様は他のお姉様達に内緒にしてくれると約束してくれて、私はホッとしたんだ。さすがにローズマリーお姉様には先に渡した。青いリボンを飾った真っ白な箱に入ったテディベアを見たお姉様は、とても嬉しそうに笑ってくれたから、安心したの。
「私、こんな可愛らしくて素敵なものを頂けるだなん夢のようですわ。ありがとうございます。しかも、私達の結婚のお祝いのためのもの、なんですのね。本当…素敵だわ…」
「お姉様にはたくさんお世話になりましたから。だから、結婚のお祝いをと思ったんです。卒業してしまえば、直接お渡しする機会もないでしょうから。ローズマリーお姉様には少し早いかもしれませんが…」
私がそう言えば、ローズマリーお姉様は涙ぐみながら私をそっと抱き締めてくれた。ふわりと優しく薔薇の匂いが鼻を擽って、私も嬉しくなった。けど、それもすぐに引き離されてしまった。
ローズマリーお姉様の腰をぎゅっと抱き締めるようにアイザック殿下がローズマリーお姉様を私から引き離したからだった。
「アイザック殿下! どうなさいましたの?」
「君こそなんなんだ! 私という者がありながら、なぜこんな下位貴族の令嬢などといつも過ごしているんだ?」
「何を仰っているのか意味が分かりませんわ。私達は、大切なお友達とご一緒していただけですのに」
戸惑う私の前でローズマリーお姉様とアイザック殿下が言い争いを始めてしまい、王子の側近でもあるチェスター様がため息をついて私に向かって指を差した。
…人に向かって指を差しちゃいけないって、現実のお父さんが言ってた。高位貴族の人なのに知らないのかな? と思いながらその指をガン見しちゃったよ。…あ、夢の中のこの世界とは常識が違うのかな?
「君のせいで、アイザック殿下も僕も非常に迷惑をしているんだ。婚約者のエリカが僕の話を半分も聞いてはくれなくてね。君と出会う前はそれなりに親しい関係だった。でも、君が転入してからだ。彼女は僕のことよりも君の事を優先するようになった。酷く迷惑だと僕は思った。君のせいで、僕達の関係は少々悪くなったと感じているんだ。これの責任をどうやって取ってくれるんだい?」
「…え? それって私のせいですか? エリカお姉様のお気持ちを繋ぎ留められないチェスター様に問題はないんですか? 例えば…エリカお姉様のために何か優しい言葉は掛けましたか? 些細なものでもいいから、気持ちのこもった贈り物はしましたか? 何より自分のことばかり話をしていませんでしたか? エリカお姉様のお気持ち、ちゃんとお聞きしましたか?」
私は公爵家嫡男のチェスター様と婚約している侯爵家令嬢のエリカお姉様の話を聞いていて感じたことを、何も考えずに質問してみた。
エリカお姉様は「チェスター様は一方的にお話をされるばかりで、私はただ聞き役なの。だったら私以外の誰でも出来ると思うのよね」て言ってた。だから、聞いてみたんだけど、ただ怒った顔をするばかりで結局私に怒りをぶつけてきただけだった。
そして、気付けばアイザック殿下も私に色々文句を言い始めていた。二人になったことで、勢いよく責められる形になった。さすがに私も悲しくなってしまって、だからローズマリーお姉様が私の前に出て庇うように立ってくれた時には、じんわりと涙が目に浮かんでいた。
「アイザック殿下、それにチェスター様、今までずっと我慢してきましたが、今日こそお伝えさせていただきますわ。私達はずっとフローラに助けて頂いていましたの。
私はいずれ太子妃になる身。王妃教育のために色々制約がありますわ。そんな中で彼女はいつも、私個人だけを見て、公爵家の人間ではなく、王太子の婚約者ではなく、ただ純粋に私個人を慕ってくれたのですわ。そのようなこと、私初めてでしたの。
確かに彼女は低位貴族かもしれません。まだまだ貴族令嬢としてはマナーも拙い部分がございます。でも、私達の言葉に素直に耳を傾け、真摯に努力し学んでおりましたわ。その結果、今では随分と良くなりましたの。他の御令嬢にマナーの点で控え目にお話をした時など、こちらの言葉に頷いておられても結局は同じ失敗を繰り返されていましたわ。ですが、彼女はそのようなことだけはございませんでした」
ローズマリーお姉様が長く言葉を吐き出すように話してから、一度口を閉じた。それに対してアイザック殿下が何かを言おうとしたような気がして、私はずっと俯いていたけど、顔を上げたところだった。
お姉様が私がさっき渡したプレゼントのテディベアを殿下に見せていて、思わず手で顔を覆ってしまった。今それを見せるってどういうこと!? という気持ちでもう混乱しそう、ううん、混乱してるかも。
「殿下、これを先程フローラ嬢から贈っていただきましたわ。これ、なんだと思います?」
「…ただのクマのぬいぐるみではないか」
「ええ、そうですわね。でも、これ…彼女が私達二人の結婚のお祝いとして、用意してくださいましたのよ。よく見てくださいましな。このタキシードを着たくまの瞳。殿下の瞳の色ですわ。そして、ドレスのほうは私の瞳の色なんですの」
「…これ、は」
「お分かりですか? 殿下は何か勘違いをされております。その勘違いを正さずにきたのは、殿下なら容易に気付けると思っていたからですわ。フローラ嬢が、何か考えを持って私達、殿下や殿下の側近候補となる殿方の婚約者に近付いたのではないか、というのは全くの誤解なんだと」
「…純粋な、好意だけ?」
「そうですわ。そうでなければ、このようなものを準備出来るとお思いですか? しかもこのくまの衣装は手作りなのですよ。しかも、婚約者のいる私達全員の為に作ってくださったらしいのです。もう貴学院で会うのは今日で最後ですから、わざわざ今日の為に準備していた、と…」
私のことをお姉様が話しているのだけど、なんだか別の話を聞いているような感じで私はいた。私だけ置いてけぼり…。私の気持ちをどうしてお姉様が代弁してくださってるんだろう…と遠い目をしている私。
「だが、転入したばかりの頃は私達、特に側近候補と言われた者達ばかりに近付いていたんだ。誰だって何故だろうか、と訝しむだろう?」
「そうかもしれません。でも、彼女は弁えていましたわ。すぐに殿下が態度を変えられて、それに気付いてからは殿下に近付きもしていなかったのではありませんか? 他の方についても同様ですわ。友人として考える方にはそのように、そうではない方にはそのように。相手が不快にならないようしていたはずです。違いますか?」
「…」
お姉様が私をひたすらに庇ってくれてる状況にありながら、私は放置されてる感がすごい。私は蚊帳の外…かもしれないと思っていると、お姉様が私の手をぎゅっと繋いでくれた。
「私知ってますのよ。貴女が誰に大切にされているのか」
「え?」
「ええ、安心なさいな。殿下の誤解は直に解けるはずですから。だから、殿下達の戯言はまるっとぜーんぶ忘れなさいね」
「えっと…はい。お姉様」
こうして私はアイザック殿下よりもローズマリーお姉様の言葉を優先することにした。というか、圧がすごい。凄すぎて、お姉様への返事が『はい』しか選べなかった…。そうして、アイザック殿下もチェスター様もちょっと気まずそうな感じ。大丈夫だろうか。
「そうよ、もうそこにも一人いるんだから、クマのぬいぐるみを渡してしまいなさいな。そうすれば、この手の込んだ衣装をちゃんと見てもらえると思うわ」
「…でも。それならエリカお姉様に直接お渡ししたいです。だって…喜んでいただきたくて…」
「あぁ…もう! そういうところが可愛いんですわ! 本当、可愛いわ。もうずっとフローラを手元に置いておきたいわ…。でも無理ですものね。貴女もいつかはあの方と結ばれるはずですし…。本当、どうして貴女は私の家に生まれなかったのかしら、もう!」
「あ、あの…今後は滅多にお会い出来なくなりますけど、お手紙書きますし、夜会やお茶会などでお会いすることもあると思いますし…だから、あまり嘆かないでくださいましね。殿下も心配されますよ」
「本当、貴女は優しい子だわ。あんな風に酷く言いがかりをつけられたというのに、殿下のことを気遣えるのだもの」
そんな感じでアイザック殿下達との間にある溝を私がしみじみと感じながらも、まぁどうせ関わり合う人達じゃないからいいや、と忘れることにした。どうせこれ夢なんだし、嫌なことに気を留めてるのって無駄だと思ったからなんだけど。
そして、気付けばアイザック殿下の側近候補と呼ばれる攻略対象者がいつの間にか並んでいて、その婚約者のお姉様達も揃っていた。
お読みいただきありがとうございます。
また長くなりました…。




