表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/34

13

 私とトレイシーの結婚式の当日を迎えた。

緊張の為に朝食なんて全く食べられなかった。水分だけは摂ったけど。

トレイシーが用意してくれたウェディングドレスは、肩や首はまだ寒さが残る時期だからあまり露出することなく、肌当たりの柔らかなシルクの上に細かなレースを重ねられている。切り替えで胸の辺りからは無地のシルクの生地で腰まで体に添うようになっていたけど、シンプルに仕立てられていた。スカート部分にはマーガレットの刺繍と柔らかなシフォンをマーガレットに見立てて作られた立体の花がふんわりと広がる裾部分に多く散らされていて、春らしい柔らかな空気を纏うドレスだった。髪は緩く編み込み、それらに小花を散らすように髪に絡ませていく。そしてそれぞれの緩くとった髪を一つの三つ編みにし、生花で作られたバレッタで後ろを緩くまとめている。化粧も花嫁らしい華やかさを添えてくれている。

その上からベールを頭に飾りつけ、更に花を髪と一緒に差し込んで固定していく。

ウェディングドレスの腰に結ばれたリボンが私の細すぎる体を誤魔化すのに使われたようだ。

シンプルなデザインのドレスではあるものの、使われた生地やレース、それに刺繍のおかげで素晴らしいものだった。

 ドレスの着付けが終わると、家族や友人達が訪ねてきて独身最後の挨拶を交わし合った。

しばらくすると、皆式場へと行った。扉をノックする音が聞こえると、私は返事をした。

扉を開けたのは祖父だった。


「そう言えば、トレイシー様はマーガレットのその姿をまだ見てないんじゃないのかい?」

「そうなの、式場で待ってるって…言ってたの」

「…まぁ、楽しみを最後まで取っておくタイプなのだろうね、彼は」

「そうかも」

「じゃあ、向かおうか」

「はい。おじい様、よろしくお願いします」


 祖父と一緒に式場の扉を潜る。祭壇の前でトレイシーがこちらを見て微笑んでいてくれる。

小さな教会に設けられている長椅子は質素なもので、貴族の方々が座るには少し不自由を感じるかもしれないようなものだった。でも、私達が初めてしたキスは、必ず結婚すると神様に誓約したそれ。だからこそ結婚はこの場所でするべきだと二人共考えた。

 無事に結婚できました、と神様に報告するのに良い場所ではないか、と思えたのだ。

改めて交わすことになる誓いのキスは、これからの生活を、日々を、二人で、新たなそれぞれの家族を、また二人の命を繋ぐ存在を、慈しみ育み、生きていくことへの誓い。


 そんな気持ちを決して私達は忘れたくないから、改めてこの場で誓いをしたかった。


 祭壇前まで祖父と一緒に歩き、待っているトレイシーの前まで行けば、トレイシーの差し出した手に自身の手を乗せ、二人で歩く。

祭壇にいる司祭様が証人という形で、神の御前に二人で誓いを立てる場であることを説明する。

それから、互いに死が二人を別つことがあっても、望めば死の後もこの誓いが続くことを説明された。

 私達は互いに視線を絡ませた後、死の後も二人の誓いが続くことを望み、結婚の誓約とした。


 ふいに結婚式の会場となっている教会の礼拝堂に一瞬風が吹き抜けたような感覚があった。その直後から私達の周囲に真っ白なマーガレットの花弁と光が降り注がれた。

風に踊るように降ってくる花弁と、時折混じるカラーの花、それにキラキラと光る粒は床に辿り着く前に消えていく。

 礼拝堂にいる人々全員が息を呑んでいたらしい。誰かが呟くのが聞こえた。


「これが、祝福…」


 死後も続く誓約を望む者達は、時折神からの祝福が降ると言われている。私達はそんな祝福は望んでもいなかった。

だけど、私達を祝福するように花弁と光の舞う様は、確かに神からの祝福としか思えなかった。

あの日、幼い頃に交わした秘密の誓約が、今に繋がっているような気がする。


 私達は互いの左の薬指にある指輪の上に、結婚した者しかすることが出来ない新たな指輪を重ねた。

二連になった指輪の意味は永遠の誓約。この二連の指輪も隣国の習慣の一つらしい。

 そして私達は結婚をしたことを人々の前で証明するために、誓いのキスをする。

伸ばされたトレイシーの腕が、私のベールをふわりと上げる。そして彼が私の顔を見た。そのまま彼が私の方へと体を屈め、私が瞼を閉じたのを合図に唇が重なった。

 軽く触れるだけのそれは、とても優しくて私はなんだか安心していた。それと同時に、幼い頃にこの場所でしたキスさえも思い出していた。

私が頬を赤く染め上げる中、トレイシーは幸せそうに笑っていた。


 無事に式を終え、教会から出る。手に持っていたブーケは、薔薇や百合のような豪華な花は使っていない。

私の髪を飾ってくれている小花を多く使っていて、マーガレットやガーベラといった、誰もが見たことはあっても花束にしてしまえば脇役になりがちな、そんな花を中心に作ってもらったものだった。

コキア家の庭で育てられている花がメインで使われたことも大いに関係はあったけれど。

 私はそのブーケを親友のネリネ様に渡した。彼女もすぐに結婚式だから。

そうして私達の結婚式は無事終わった。


 後日ではあるけれど、私達の結婚式で神の祝福が降り注いだことは、あの式場の参列していた人々の口から広く知れ渡るようになった。

もっとも私達はコキア男爵領で母、祖父母と一緒に領地の人々と共に暮らしていて、王都へも滅多に出かけることもないせいか、あの日の話が噂されていることすら知らなかったけど。

 そのことがあったからなのかは知らないが、婚約中の人達はお揃いの指輪をする人が増えたり、カラー領にあるあの教会で結婚式をする人達が増えたと知るのも、随分後になってからのことだった。



 §§§



 私が繰り返し死に続けたお話しはこれでおしまい。

あの頃はもう自分が自分であるために、自ら死を選ぶことが最善だと信じ切っていたのだと思う。そして、私は壊れていった。

 でも、コキアの私の部屋で目覚めたあの日にトレイシーがいてくれたから、何かが変わったような気がする。

壊れていたはずの心は、彼や家族によって癒されていった。今はもう死を望むことはないし、これからの生活が楽しみだ。

 だけどね、たった一つだけ。

私が、そしてトレイシーが望んだ新たな結婚の誓約は、死が二人を別つことがないという誓約だから、二人が死を迎えた後も一緒にいられるというそれを確かめることが、私にとっての秘かな今の楽しみだ。

そう、だから今の私は死を望みはしないけれど、死そのものをもう恐れることがなくなった。だって、トレイシーとずっと一緒なのだから。


 もうずっと殺され続けるだけの私から、逃げるために自死を選んだ私になった。でも、今は違う。

誰よりも幸せな結婚をした、でもただの平凡な人間なのだ。

そんな幸せを、これからも噛み締めるように、静かに穏やかに生きていくんだろう。

それでいいと、私はそう思ってる。

お読みいただきありがとうございます。

次のエピローグで終わりになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ