クラークの初恋 4
クラーク視点継続中です。
貴学院入学前も、入学後も。僕の周囲には僕に秋波を送る令嬢が山ほど集まっていた。
僕にとっては鬱陶しいだけのそれだったけど、マーガレットに対し悪意を持つ者達の集団だというのも事実だったから、実際にマーガレットに対し何かするかしないか、そんな篩にかける意味でも令嬢達をそのままにしていた。
入学前では、マーガレットと直接話す機会もほぼなかったせいか、令嬢の集団の中の一部が動こうとしていたらしいけど、上手くはいかなかったようだ。僕が一緒にお茶会に連れ立って行かなくて本当に良かったと思ったことだった。
入学後で言うなら、正直マーガレットに接触し放題だろう。ただ、本音を言うなら、マーガレットには貴学院には入学してほしくはなかった。
あんな悪意の塊でしかない令嬢の集団がいるから。マーガレットを守り切れるとは言えないから。否応なく傷付ける輩は現れるだろうし。
でも、僕達は貴族だから、学ばなくてはいけないことがあって貴学院に入学した。これは貴族として生まれたなら避けられないことの一つでもある。
だったら、僕がすることはただ一つ。マーガレットをただ守るだけ。
案の定、最初に排除を考えた令嬢はあっさりと消えた。
その後も邪魔な令嬢達を僕が排除するターゲットにしたという意味でのマーキングとして『恋人』と呼びはしたが、『恋人=邪魔者』という意味だった。
すると本当に恋人になれたと勘違いした挙句、僕の婚約者という立場を得られるという勘違いをした令嬢達は、マーガレットに嫌がらせを始めた。
後手になってしまうのは正直痛いと思ったが、決定的な何かがないとこちらも手を打てない部分もあり、マーガレットには少しの間だけ我慢してもらうしかなかった。
そんな時だった。また令嬢の一人がマーガレットに接触していた。学生が滅多に来ない専門課程の教室が多い学舎の裏庭にいる。偶然ではなく、状況によってはマーガレットを助けるために、隠れてやり取りを見守っていた。
「クラーク様のことをいい加減解放して差し上げてくださらないかしら?」
「…申し訳ありません。私が望んだ婚約ではないので、私の一存では確約出来かねます。ただ…クラーク様が貴女のことを大切だと思っておられるのでしたら、間違いなく私との婚約は解消できると思うのです。ですから…あの、もし良ければなのですが、二人で一緒に願い出ませんか?」
僕はマーガレットが案外冷静に、令嬢に対しのらりくらりと躱している印象を受けた。
(なるほど、政略的婚約という立場は案外いいのかもしれないな)
そんな風に見ていた。でも、その直後決定的な言葉を聞いてしまい、同時に今まで僕が感じてきた感情すらも心許無い程に揺らいでしまった。
「え? あ…婚約解消のこと、本当に…?」
「はい。実は私、幼い頃から結婚を約束していた相手がおりました。今となってはもう叶うはずもない思いですが、もしこの婚約が解消すれば、彼との関係が元に戻ることはなくても、会うくらいなら出来るのかも、と。
恥ずかしいですけれど、未練…です、ね」
「まぁ…そんな! 本当に政略的なものでしかないのですね!? だったら、婚約解消はお二人にとって家のことさえ解決すれば問題もない、そういうことですのね?」
「はい」
この時、マーガレットはさり気なく令嬢の手を取っていた。親しみを込めた態度、ということだろうか。敵意はない、貴女の味方ですよ、そういう意味だろうか。
「分かりましたわ。でしたら、わたくしが御力になります。そして、クラーク様との婚約を勝ち取ってきますわ!」
「はい! 私も微々たるものでしかありませんが、ご協力させていただきます!」
「もっと早く貴女とお話しをするべきでしたわ。わたくし勘違いしていましたのね。貴女がクラーク様と婚約を強く希望したのだとお聞きしていましたの」
「いいえ、それはありませんわ。でも、私よりも貴女の方がクラーク様と並び立つお姿はとてもお似合いですし、素敵だと思います」
二人の間にあった張り詰めた空気がいつの間にか霧散し、気付けば柔らかいものに取って代わっていた。正直、そのことも驚きではあったけど、僕にとってはマーガレットに想う相手がいたことのほうが大きな意味を持った。僕にとってはマーガレットが初恋だ。マーガレットもそうなんだと思い込んでいた。でも、違った。
もしかしたら、マーガレットがあの令嬢からの嫌がらせをなんとか避けるために言った、適当な言い訳かもしれないと思い直し、マーガレットの幼い頃に住んでいたコキア男爵領に従僕を行かせ、調べさせることにした。
結果として、マーガレットの言う通りだった。五歳年上のカラー侯爵家の三男と随分親しい関係だったことも知れた。
「クラーク様、カラー侯爵家の御子息についてですが…現在は、領地運営の補佐という形でいずれ平民になるそうです。マーガレット嬢のこともただの幼馴染みというくらいで、将来的には商会の孫娘と結婚という話が出ているそうです」
「そうか…。済まない、わざわざ遠出させた。ありがとう」
「いえ」
自室で従僕からの報告を聞く。もうマーガレットの気持ちと関係なく、僕との婚約以外縋る相手がいないのと同じ状況だと知り、安堵した。でも、マーガレットの言うことがどこまで本当なのかは分からない。
僕はマーガレットを諦めるつもりはない。でも、もし…マーガレットが僕に気持ちを向けないと言うのなら、考えなくちゃいけないな、と少しだけ自分の考えを変える必要性に気付く。
「…そう、だね。マーガレットが僕だけのものになれば何も問題ないのだから、何を言っても気にする必要もない…かな」
そうして僕は、自分が何かに歪んだことに気付かなかった。
それからの僕は僕の周囲に侍る令嬢達と遊び始めた。男と女の遊びと言えば、容易に想像出来るような、それだ。
マーガレットを穢すなんてことは僕には出来ない。彼女にはいつだって美しく清楚でいてほしかった。彼女自身に触れるのは結婚してからだと思っている。
だから、穢しても問題のない相手が目の前にやって来るのなら、僕の好きにしていいだろうと思うに至った。実際彼女達は嫌がらなかったし。
友人のノーマンはマーガレットがこのことを知ったら、婚約者の僕に蔑ろにされていると感じるから、止めた方がいいと言いはしたが、案外マーガレットは強かだから大丈夫だと返し、ノーマンの言葉を笑ってやり過ごすようになった。
この時本気でノーマンの言葉を聞いていれば、また違った結果があったのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
出来の悪い子を見ているような感覚と言うのでしょうか。
それとも世代間ギャップのような、異質なものを見ているというのか…。
ある意味自分の頭もおかしいな、と思ったりしながらクラークを眺めております。
クラーク、本当に悪い子になっちゃったなぁ。
マーガレットがいるから、そんな事するなんて思ってなかったのになぁ。




