クラークの初恋 3
クラーク視点です。
僕もマーガレットも十四歳になった。それと同時に王立貴学院に入学した。
ここでも相変わらず僕とマーガレットは距離が開いたままだった。それは僕が意図的にしたことだから、仕方ない。
ここでも僕に無駄に懸想して、マーガレットを貶めるような輩を排除するための一歩だ。だから、マーガレットには少し淋しい思いをさせてしまうかもしれないけど、しばらくは我慢してほしいと思う。
出来る限り手紙を書いたりプレゼントを贈ってはいるけど、僕達の周囲が安心して過ごせるようになるまでは、僕も淋しいけど我慢かな。
そう思いながら、同じクラスになった友人のノーマンと教室で話をしていた時だった。まだクラスには早い時間のせいかさほど人もおらず、二人で気楽に話せる状況だった。
「そう言えばさ、元の俺の婚約者の話だけど。今更だけど…クラーク、ごめんな? まだ子供だったとは言え、お前に執着し過ぎだよな。
正直ドン引きだった。それにマーガレット嬢のことも酷い扱いだったんだよな、本当悪かったな…」
「いきなりどうしたんだ? もう過ぎたことだし、僕ももうあれと顔を合わさないで済んでるし、気にしてないよ。それに、ノーマンがしたわけじゃないだろ?」
「うー、ん。ありがとう。…まぁ確かに…俺がしたわけじゃないけど、もっと俺があいつとちゃんと話とかしてれば違ったかもだろ? ずっと引っ掛かってたんだ。
クラークなら大丈夫だとは思うけど、マーガレット嬢とちゃんと話をして、自分の気持ち伝えろよ? お前って案外肝心なところを話さないからさ、マーガレット嬢が気付いてないかもだろ。
お前の彼女に向ける気持ちが、本気なこととか…彼女以外誰も興味がないこととかさ」
「ん? 何その気になる物言い」
友人の言葉の選び方が気になった。
普段から僕の事をよく分かってくれる友人の言うことだから、絶対に意味がある。けど…。
「いやぁ…貴学院に入学してから、マーガレット嬢と関わりを持とうとしてないだろ? ずっと気になってた。マーガレット嬢も淋しそうにしてるし、友達もいないみたいだ。いいのか? 今のままじゃ色んな皺寄せがマーガレット嬢に行ってしまうんじゃないか?」
友人の言いたいことは分かる。でも、彼女を守る為にはもう少し時間も必要だから、苦笑するしかなかった。隣合う席で互いに机に肘を置いたり、頬杖をついたりと楽な恰好でいる。あまり令息らしくはない恰好だろうが。
「そうなんだけどさ。少なくともマーガレットに対して悪意がありそうな奴らを真っ先に排除しておきたいんだ」
「…そっか。まー、お前の婚約者に対する気持ちって案外重たいからなぁ。でもだからって、彼女を独りにしていいってわけじゃないんだからさ、目に見える形で彼女に気持ちを伝えないと、むしろ嫌われるぞ?」
「…それは、そうかもしれない、けど。でも、今のままじゃマーガレットを完全には守れないし」
「うーん、そう…なのかもしれないけど。お前のその無駄に整った顔のせいでもあるわけだし…、完璧じゃなくていいから、一緒にいる時間作れよ。お前だって一緒にいたいんだろ?」
「顔のことは言うな。これのせいで、苦労してるんだからさ。でも…そうなんだよな。
本当は毎日一緒にいて、甘やかしてやりたい。でも、今までそういうことをしてきてないから、別の意味で引かれそうで出来ない」
「本当バカだよな。好きで仕方ない癖に、遠ざけてどうするんだよ。クラークは不器用だよな。本当は良い奴なのに」
「ば! …放っておいてくれ。自分でも嫌になることがあるんだから」
「はいはい。まあ…困ったことがあれば力になるから、言ってくれ。マーガレット嬢を助けることもできるし」
「あー…、そうだな。頼る…こともある、かなぁ。その時は頼むよ」
教室に徐々に他の生徒達が集まってくる。まだ半分くらいだろうか。でも、人の耳が気にはなるくらいにはいるだろう。僕達も話題を変えた。やがて、今このクラスにいるマーガレットに対し露骨な敵対意識を持つ令嬢が僕に近付いてきた。
「クラーク様、おはようございます」
「おはよう。今日も綺麗だね」
「まぁ、そんな…ありがとうございます」
この令嬢はとにかく思い込みが激しくて、勝手にマーガレットに敵意を持っている。どうやらマーガレットが無理矢理僕の婚約者に収まったと勘違いしている。
僕達のそれは親が勝手に取り決めた政略結婚ありきの関係なのに。マーガレットが男爵令嬢だった頃に、僕に懸想して親類の伝手で伯爵家に養女に入り、そこで僕と婚約した、という流れがどうやら出来上がっているらしい。マーガレットが男爵令嬢だった頃に僕達は会ったこともないのにね。
マーガレットの瞳はアイビー家の瞳だから、余計にそう思われるのかもしれない。妖精に祝福された家系の証だから、アイビー家も瞳を見れば理解して、すぐに彼女を受け入れるに至った、というようなことらしいが。
実際には逆だ。マーガレットの瞳をアイビー家が求めて、養女として迎え入れている。前提がすでに違うということに気付かないバカは嫌いだ。
自分の見たいことしか見ないのは、人間の特性らしい。が、それにしたって勝手に筋書きを作って、マーガレットを強欲な者のように言うのは許せない。だから、まずはこの令嬢から手始めに排除することを決めた。
§
令嬢と一緒に連れ立って一度だけマーガレットに会いに行った。
理由は簡単だった。マーガレットにこの令嬢に近付かないように言うため。マーガレットが令嬢と接触することなく、始末をするため。それに、そうすればマーガレットを僕がまるで冷遇しているように勘違いさせることも出来る。そうすれば、令嬢も自分のほうが立場が上だと勘違いしてくれるだろうし。
ただ、バカな女だからどう動くかまでは読み切れなくて、きっとマーガレットに接触することもあるだろうと予想していた。だから、そんなバカにはマーガレットと接触した時点で切り捨てることは決めていた。まさか、あんな風にマーガレットがバカおんn…もとい御令嬢に切り返しているとは思わなかったけど。
「クラーク様! 先日マーガレット様とお話しさせていただきましたの。
彼女、とても心を痛めておりましたわ。クラーク様と…その、わたくしとの関係を心配してくださっておりましたの。
『私がいては、お二人の関係を悪くさせてしまうのではないか、ずっと悩んでおります』と。
クラーク様、マーガレット様のお気持ちも痛い程分かりますの。お互いに意に添わない方との婚約は辛いものでございます。
なんとかお二人の婚約を穏便に解消は出来ないのでしょうか?」
たまたまターゲットにしていた御令嬢の相手をするために、昼食後に貴学院の中庭のベンチに二人並んで座っていた時だった。
御令嬢の言葉に、眩暈がした。正直言う。お前にマーガレットの何が分かるんだ!? と言いたかった。そして、僕の気持ちの一欠片でも知っているのか? と。
僕はマーガレットとの婚約はとても大事にしていて、これ以上ないくらいに愛していると御令嬢に言った。目の前にいる御令嬢について言えば、マーガレットに接触しないなら、問題のない人間と判断して放置するつもりだったが、マーガレットに接触した時点で排除する人間だと判断することもあっさり伝えた。
「君の美徳は、正しい判断が出来た時には、誰にもおもねることなく言葉を真っ直ぐに口に出来ることだ。が、大抵の場合、君は勘違いばかりする。要するに間違いばかりだ。
マーガレットはアイビー家に請われて養女になった立場だよ。そして、オキシペタラム家とアイビー家の当主同士が決めた婚約だ。すでに前提が違うんだ、君の言っていたこととはね」
御令嬢は信じられないものを見るような目で僕を見るばかりだった。反論するよりも、ずっと自分勝手に思っていたこととはあまりに逆方向なことを僕に言われて、言葉がない…そんな様子だった。
だから僕はにっこりと笑って御令嬢に言ってやる。
「君がマーガレットに二度と関わらないなら、君が婚約者がいるにも関わらず僕に付き纏っていたことは、君の婚約者には言うことはないよ。
婚約者殿って、確か…侯爵家の御嫡男、だったよね?」
御令嬢は酷く蒼褪めた顔になり、やがてその場を静かに去って行った。
御令嬢が去って行った後、さり気なく近付いてきたのは友人だった。僕の背中を軽くポンと叩いて、僕の隣に立った。
「相変わらず容赦ないよな。あの御令嬢…うまく丸め込むことが出来れば味方に付けられたんじゃないの?」
「いや、無理だよ。思い込みだけで自分勝手に動くんだから。それに…何よりバカだ。バカは救いがない。絶対無理」
「うーん、容赦ないなぁ…。気の毒に」
友人はバカな御令嬢の去って行った方を見てはいたけど、気の毒にと言いながら笑っていた。結局友人も僕と同じ穴の狢ってことだ。
あの日。友人が元婚約者を切り捨てる切っ掛けは僕にあったし、そして友人自身も元婚約者に思うところがあったから、切り捨てたんだろう。
「まぁ、まだまだあの御令嬢の後釜を狙う御令嬢方はたくさんいるわけだから…がんばれ。遠くからそっと見守っておくから」
「友達甲斐のない奴だな。いいけどさ。恨まれるならお前を巻き込むのは避けたいしな」
「ははは。でもそうだな…。どうしても厳しい状況になったら声掛けてくれよ。何かしら助けることは出来るだろうから」
「ああ、そういうことがないように気を付けるけど」
僕達は予鈴が鳴るまで中庭で過ごし、急いで教室へと戻ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
精神的にガリガリやられてる気がする今日この頃です。
なので、全く別のお話の設定を考えて気分転換をすることが増えました。
気分転換でしている作業が、いつか形になる日もあるのかなぁ…。
さて。
クラークの初恋がもうしばらく続きますが、これが終わるとやっと本編も数話で終わりということになります。




