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クラークの初恋 1

マーガレットの婚約者だった時のクラーク視点になります。

 十三歳の誕生日を迎える少し前、婚約者を決めたと父親に言われた時に、特に何も感じなかった。

両親にも姉達にもずっと可愛がられてきた自覚はあったが、特段不自由もなくきたから、何が問題だとも感じたこともなかった。

ただ婚約者に対しては「大事にするように」と言われただけだった。でも、大事にというのは…どうやってすればいいんだろう? そんな疑問は感じた。

まぁ、別に気にすることはないだろう。僕の婚約者になった相手なんだから、僕の言うことを喜ぶはずだし、両親や姉達のようにきっと僕がいるだけで、問題ないはずだ。

だったら、僕が婚約者の隣にいるだけで大事にするということなんだろう、という結論になった。


「なんだ、何も難しいことじゃないね」


 あの時の僕はそう思っていたし、それが何も間違いじゃないのだと信じて疑わなかった。

僕が傍にいれば問題がないのだから、こちらが相手の機嫌を窺う必要性も感じなかった、というのがあの頃の僕の感覚だった。

それが間違いだなんて気付く機会すらないままだったけど、果たして気付けたかどうかもあやしかった。


 そして、婚約者になった相手と初めて会うことになったのは、父親から婚約者が決まったことを告げられた日から十日は過ぎていたと思う。

 屋敷内が朝から慌ただしいな、と思いはしたが、まぁ迎え入れる側だから仕方ないんだろうと思うだけだった。

 婚約者の乗った馬車が着き、親らしい男性が下りてきて、次に少女が下りて来るのを応接間へと向かう廊下の窓から見かけた。僕の従僕が早く応接間へ行きましょうと焦った様子で促すから、イライラはしたけど、婚約者の少女が少し気になった僕は仕方ないな、という態度で応接間へと向かった。

 まだ少女は部屋にはいなかった。従僕は安堵した様子で僕の後ろに立っていた。従僕にソファに座って待っていましょうと言われ、どうしてこいつに指図されなきゃいけないんだ? と思いはしたが、間もなく少女が来るのは間違いない事実だから、諦めてソファに座った。すると、扉を叩く音がして、両親が応接間へと入ってきた。二人が二人掛けのソファに並んで座った。僕は一人掛けのものに座り直した。しばらくすると、また扉を叩く音がし、父親が執事長の声を確認し、扉を開けさせていた。


「お招きいただき、感謝します」


 そんな言葉を発したのは、とても変わった虹みたいに多くの色がキラキラして見える瞳の三十代後半か四十代始めくらいの男性だった。馬車から降りた、あの男か、と僕は思った。そして、その隣には男と同じ瞳の色をした、でも男とは似ても似つかわない少女がいた。

 線の細い、触れたら溶けて消えてしまいそうな、まるで雪の精のような、華奢で儚い、この世の者とは思えないような、可憐な少女がそこにいた。

僕は少女に見惚れた。そしてこの少女が僕の婚約者なのか、と理解した。


(そうか、この少女が僕の婚約者になるのか。なんてついてるんだろう! この少女は本当に運がいい。僕の婚約者になれるんだから)


 少女がスカートを摘まみ、お辞儀をし母親がため息を吐いていた。どうやら少女は母親に気に入られたらしい。さすが僕の婚約者だ。幸先がいい。

 両親と僕はソファから立ち、二人に向けて笑顔を送る。

男の方はアイビー伯爵だと言う。そして少女、僕の婚約者はマーガレットという名前だと分かった。

マーガレット。うん、少女に似合う清楚な花だ。僕はマーガレットの花が咲き乱れる中、少女が佇む様を少し想像してみた。ああ、間違いなく愛らしい。名前の通りの、可愛らしい少女だ、と思った。

 緊張気味な様子の僕の婚約者は、伯爵と一緒にソファに座り、そこからは大人達が話を始める。両親から気に入られたマーガレットは、慣れないせいだろう落ち着かないようだった。

 大人達の話が一区切りしたところで、婚約者である僕達二人で庭で過ごすよう言われ、僕はマーガレットをエスコートし庭へと向かった。


「マーガレット、と呼んでもいいかな?」

「は、はい」

「僕の事はクラークと呼んでくれてもいい」

「は、い。クラーク…さま?」

「…あぁ、それでいい」

「はい」


 庭に着く前に名前呼びの許可を貰えたのは良かったが、まさか自分が名前を呼ばれることに、これほど喜びが勝るものかと驚くことになった。

マーガレットに名前を呼ばれた。マーガレットと呼ぶ許可を貰うよりも、歓喜が大きいとは思わなかった。

 庭を案内しながら、ゆっくりと歩いた。マーガレットは花が好きらしい。想像したよりも、マーガレットと花の取り合わせは似合い過ぎて、少し目を逸らしてしまった。

僕の中では、マーガレットへの気持ちがあふれ出しそうで、この想いをどうすれば彼女に伝えられるだろうか? どうすれば喜んでもらえるだろうか? 色々考えるけど、何一つ正しい答えが出そうにない。

でも、今すぐにでもマーガレットに僕を意識させたくて仕方ない。だから、いつも両親や姉達が僕に接してくれているような、そんな感覚のまま言葉を発していた。


「マーガレット、今日からクラーク・オキシペタラムの婚約者になったんだ。だから、喜んでいいんだぞ」


 花壇の前でしゃがみ込み、花を見ていたマーガレットは一瞬動きが止まったように感じた。それから、こちらをゆっくりと振り返って、不思議そうな顔をしていた。

あれ? 思ったような反応じゃない。


「…はい、クラーク様」


 返事はしてもらえた。大丈夫だろう。婚約者が僕なんだから、絶対に自慢のはずだ。両親からも姉達からもいつだって『王子様のよう』『愛くるしい』『金髪が本当に綺麗』『素晴らしい我が家の王子』と言われているのだから。

 そんな僕と婚約したのだから、マーガレットにとっても嬉しいはずなのだから。

そしてこの日はマーガレットが帰るまでずっと一緒にいたのだった。僕はと言えば、マーガレットの可愛さにやられてしまっていた。次はいつ会えるのだろう? そればかり考えるようになっていた。おかげで、従僕からは「マーガレット様に嫌われないように、お勉強を頑張りましょう。きっとお勉強がよく出来る方を好まれると思いますから」と言われてしまう始末だ。

でも、実際にマーガレットに嫌われてしまうのは嫌だから、僕は勉強や礼儀作法、ダンスに剣術などを頑張るようになった。


 §


「クラーク、貴方はマーガレットさんと婚約してからたくさん頑張っているわね。本当に素晴らしいわ。自慢の息子よ。マーガレットさんもきっと貴方の事をもっともっと好きになるわね。良かったわね」


 母親からも以前とは違う褒め言葉をたくさん貰えるようになった。マーガレットのおかげで頑張れる、と僕が言ったせいもあるのだろう。マーガレットをすぐに気に入っていた母親ももっとマーガレットのことを良く思うようになったようだった。

 そして僕とマーガレットは一月に二度から三度の頻度で、互いの屋敷を行き来するようになり、一緒に過ごすようになった。


 十四歳になる頃には、二人揃ってお茶会に行くことが増えていった。婚約者と一緒に行くお茶会は、僕にとっては嬉しくはあるものの、少し不快なものでもあった。

 なぜって、マーガレットのことを不躾に見る令息達が思うより多いからだ。僕に向けてくる令嬢達の視線はどうだっていい。でも、令嬢達のマーガレットに向ける視線も正直言えば鬱陶しい。醜い。それが嫌で、マーガレットを連れ歩くような形になるのが嫌だった。

 だから、どうしても二人で一緒に行かなくてはいけないお茶会は出かけるけど、そうじゃないものは一人で行くようになっていった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 マーガレットのいないお茶会でのことだった。僕の隣の席を陣取った令嬢がいた。いつも僕の近くに寄ってくる令嬢だったから、名前も顔も覚えてしまっていた。

その令嬢が僕にだけ聞こえるように囁いてきた。


「クラーク様、婚約者の御令嬢をどうしてお連れしないのですか?」


 その令嬢がどうしてそれを気にするのか、意味が分からなかったが、どうでもいい相手だから無視をしようとしたところで、その令嬢が言葉を継いだ。


「その方と…あまり良好な関係ではない、のでしょうか?」


 何が言いたいのか、ついその令嬢を眉間に皺を寄せて見てしまった。令嬢は、にこやかに、でも落ち着いた様子で更に言葉を続けた。


「皆様、噂してますのよ。クラーク様にはあの御令嬢は相応しくないと」


 僕はそこでやっと理解出来た。ああ、この女はマーガレットが自分よりも格下の令嬢だと思っているのだ、と。冗談じゃない。お前の方が格下なのに、と僕は思うだけだった。だから、こちらもにこやかに微笑んで見せて、そしてその女に囁いてやった。


「君のようには華やかではないかもしれないね。控え目で、物静かなタイプだから。僕の婚約者は」


 何を勘違いしているのか、僕がお前如きを褒めるわけもないのに、褒められたと思ったのか、うっとりとこちらを見てくる。だから、僕も続けて言ってあげる。


「僕は彼女以上の女性に出会えれば、すぐにでも婚約者を挿げ替える()()()()()()ね」


 もちろん一目惚れした自覚のあるマーガレットから心変わりなんて出来るはずもない。だから、明言はしなかった。『そんな人間がいるなら見てみたい』という言葉を。見てみたいだけだという事実をね。

予想通りこの女は自分がマーガレットよりも格上で、僕に選ばれる立場にあると勘違いしたようだ。この後はもうずっと僕の隣にいた。何かあれば僕の腕に体を寄せてくる。正直ずっとイライラしていた。

 いい加減不愉快で声を荒げたくなったけど、それではマーガレットに令嬢に対して酷い態度を取った男というレッテルを貼られてしまうから、やめた。

 仕方ないからあまり近寄らないようにという意味を込めてその女の手を取って、強制的に僕達の間の距離をとることにした。互いの腕が触れ合わない程度に距離をとりながら過ごすほうが自分の為になるからだ。


 次のお茶会からは常にそういう形で令嬢が近くにいることが増えていくのだけど、その結果がどういうことになるのかはこの時の僕には分からなかった。

お読みいただきありがとうございます。


クラーク視点のクラークは、マーガレットと婚約している時のクラークです。

ループしているという自覚がマーガレットになかった時の、つまりは乙女ゲームでのクラークになります。

マーガレット同様にクラークもゲーム的にはモブなんですけど。

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