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トレイシーの献身 4

トレイシー視点二話目です。

本日二話投稿しているので、こちらを先に見た方は前の話から先にお読みください。

 マーガレットはコキア領の男爵邸で過ごしている。そして僕は貴学院の学生でいる間は王都で過ごしている。正直言うと、マーガレットに会いたくて仕方ない。手紙のやり取りはしていても、やっぱり会いたい。

 友人達が婚約者と一緒に過ごしているのを間近で見ていると、仲睦まじい彼らに幸せを分けてもらっているからこそ、寂しくはある。だから、王都にマーガレットがやってくる日は、足りなかったマーガレットを補充するための日ということになる。

 僕が貴学院に行っている間、マーガレットは母から侯爵家の一員としての振る舞いを学んでいる。相当厳しいと思う。長兄と次兄の婚約者の二人の御令嬢は、母からの厳しい指導にかなり大変だったと溢していた。彼女達は伯爵家の御令嬢だ。それでも厳しいというのなら、男爵家令嬢のマーガレットはもっとだろう。

 それでも、マーガレットの何度も繰り返しアイビー伯爵に引き取られた過去があるせいなのか、母もそれほど厳しく指導してはいないようだ。義姉となる二人の御令嬢と同程度の指導らしい。

母もそのことに、納得している節がある。もしかしたら、父からマーガレットのことを聞いているのかもしれない、と僕は思った。

 それはともかく、マーガレットが拘束される時間が思いのほか減った事実も大きくて、その分僕はマーガレットと一緒に過ごすことが出来ている。例え月に二度、いつも三日間程の滞在だとしても。

…間違ってもマーガレットに手を出してはいない。そんなことできない。当たり前だけど。

ただ、一緒にいるだけ。マーガレットの負った心の傷は、きっと僕には理解出来ないくらい深くて苦しいものだから。せめて僕の前だけは無理しなくていいんだって思って欲しい。本音で言うなら、笑っていて欲しい。でも無理に笑わなくていいし、ただ泣きたいなら泣いていいんだって思っていて欲しい。

 マーガレットの心のまま、僕はただ受け止めるだけだから。

苦しそうにしていることも、まだまだある。だけど、僕はただそっとマーガレットの隣で座っているだけ。何もしない。頭を撫でることはある。でも、それだけ。

 マーガレットが時折、僕にしがみ付いて泣くこともあった。けど、そういうことも徐々に減っていった。

 最初の頃は感情が欠落していた。それが今では感情の起伏が激しい時があって、負の感情を押さえられないということもあった。酷いと、自分を傷付けたいわけではないようだったけど、掌を握り込みすぎて、爪で掌を傷付けていることもあったし、唇も噛み締めすぎて下唇が切れていることもあった。

 それでも、僕に頼ってほしいと伝え続けた。気付けば、感情をうまくコントロール出来ない時には、僕にしがみ付くことでなんとかなっていったらしい。本当ならいつだって僕に頼ってほしい。他の人間ではなく僕だけに。でも、今は二人共ずっとは一緒にいられないから、その役目はミモザ様やコキア男爵や夫人にお任せすることにはなるけど。

 早く結婚したい。でも、マーガレットはまだ貴学院に入学する年齢じゃない。まだまだ待たなくちゃいけない。でも…その時間が、マーガレットにとって心の傷を癒す時間になると思う。だから僕はいくらでも待てるよ。マーガレットがまた穏やかに素直に笑えるようになるまで、ずっとずっと待てるから。


「トレイシー兄様、私ね…少しだけど、前のように生きていきたいって思えるように、なったと…思うの」

「本当に? 良かった! マーガレットが苦しいままだったら僕も苦しいから、本当良かった」

「うん。それでね、兄様…少しだけ、思い出したことが…あって」

「ん?」

「私ね、何度も繰り返し生きてた間ずっと、兄様のこと…ばかり思い出して、会いたくて…でも無理だったから苦しかったなって」

「…苦しいことを、思い出すのは…」

「うん、やっぱり辛いなって思うの。でもね、それと同じくらい…大事なこと、も…思い出した、から」

「どんなこと?」

「兄様の…こと、大好きだなって。何度死んでも…兄様のこと、ずっと好きな私…ばかりいたの」

「マーガレット…」


 まだ幼い少女のはずなのに、繰り返し何度も生きてきたというマーガレットの心は、もうずっと大人なのかもしれないと思った瞬間でもあった。それと同時に、マーガレットの告白は、僕の心を鷲掴みにするには充分で、いつだって僕を振り回すのはマーガレットだけなんだって思い知らされた。

 僕はただそっとマーガレットを抱き締めた。それだけで、胸がいっぱいだった。何度も繰り返した人生にどれくらい辛いことがあったんだろう。

それでも、僕のことを好きでいてくれた、その言葉はとても重たくて、だけど僕にはただただ嬉しくて。

それと同時にマーガレットが本当に繰り返し何度も死に続けたのだと、僕も疑うことなく信じていくことにもなった。それが酷く悲しいことだとも感じながら。

 改めて心に誓った。マーガレットを全身全霊で幸せにすると。


 §


 僕達の間には、本当に何もなかった。確かに婚約が決まる頃に、色々…してしまった…という、気は…する。でも、婚約してからは必要以上に触れないように気を付けていた。

理由は、マーガレットと一緒にいる時、どういう状況なのかは分からないけど、互いに手を繋いでいるという状況にあっても、体をぎゅっと縮こまらせるようなこともあったし、何かに緊張したのか指先が急激に冷えるようなこともあった。もちろん、全く触れないということはない。本当にどうしようもないくらい体が震えるようなときには、抱き締めて大丈夫だと伝え続けたこともあるし、マーガレットのほうから抱き着いてくることだってあった。

 でも、マーガレットが怖がらない範囲での触れ合いしかしていない。マーガレットは、咄嗟に自死しそうになるんじゃないのか、と自身を信じられないところがあるようだった。だから、僕に抱き着くのはそういう自分を押さえるため、らしい。

 普段のマーガレットは僕と手を繋ぐことは無邪気に出来たとしても、少しでも好意を示せば途端に頬を染めるくらいには初心な少女だった。それが、僕に抱き着いてくる時は間違いなく蒼褪めた顔で何かを必死に堪えている時ばかりだった。

 一体何が切っ掛けでそんな風になるのかは、本人にも分かっていないのかもしれない。だからこそ、いつだって僕が傍に居て、守りたいと思う。それが難しいことだと分かっていても。

こんな時は本当に五歳差が辛い。でも、僕が年上の分だけマーガレットを守る為の手段をいくらでも考えられる。そう思って納得するしかない。

 貴学院の入学当初は、ただマーガレットの自慢の婚約者になるためにと入学したけれど、それは早々に違うものへと変わっていった。

マーガレットを守る為の手段を一つでも多く得るために、学ぶべきことを貪欲なくらいに学ぶということに。

おかげで成績は常に上位をキープしていたし、人脈もかなり広げることが出来た。

 後にマーガレット自身が隣国の王女殿下と友人になったことを考えると、僕の人脈なんてどうという事はないな、と思ってしまったが。それでも、国内での影響力を考えれば、一地方の男爵家の人間になる僕の人脈としてはかなりのものになったと思う。

 マーガレットのため、マーガレットを守りたい、マーガレットの…。僕の一番はマーガレットだから、いつだってマーガレットを優先していたら、結果的に最良のものになっていった気がする。


 そうして、マーガレットが今まで繰り返してきたという辛い人生とは別の、全く違う、幸せになるための道程を歩み始めていると彼女自身が感じるようになるのに、然程時間はかからなかった。

その切っ掛けの一つに僕がいるのであれば、どれだけ幸いだろう。


 婚約した後に僕がマーガレットに贈った指輪は、隣国の習慣だ。婚約した者同士が、左手の薬指に互いの名を刻んだ指輪をするというもの。

どうして隣国の習慣である指輪をマーガレットに贈ったのかと言えば、ただの独占欲でしかないと自覚しているし、牽制するためのものとも言える。

それでも…マーガレットには指輪を身に着けていてほしいと思った。

 貴学院には、マーガレットが心を病む原因となった男がいることも分かっていたし、きっと目敏い者ならマーガレットに惹かれるだろうから。

そういう不安要素を考える度に、五歳という年齢差に苛立つことだってあった。そういう自分の精神的な弱さ、いやマーガレットを信じ切れない脆さだろうか、そういった事にも非常に苛立ちもする。

 だから、そんな情けない自分を慰めるように、指輪を贈ったのも事実だった。

マーガレットは指輪を見て、彼女自身が何も用意をしていないと酷く狼狽えていた。けど、そういうことを求めているわけじゃないことと、マーガレットだけではなく僕も指輪をすることを伝えれば、安堵した様子だったから、こちらもほっとした。

 何より、指輪を喜んでくれたから。


 これからもマーガレットの隣に並び立ち、ずっと彼女を守り続けていくことを心に誓いながら、ただマーガレットが心穏やかに過ごせるようにと祈り続ける。

お読みいただきありがとうございます。

トレイシー視点終わりました。

次から主人公視点に戻ります。

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