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トレイシーの献身 3

トレイシー視点になります。

本日二話投稿しています。

 王立貴学院。貴族の子息令嬢ならまず誰もが絶対に入学し、卒業することが当たり前とされている学びの場だ。十四歳の誕生日を迎えた後の秋に入学式があり、貴学院の学生としての生活が始まる。


 トレイシー・カラーとしての僕は、侯爵家の三男という立場があり、将来的には侯爵家から出ていく身。だから、貴学院在学中に平民となることも含めた身の振り方を考える期間になるのだと考えていた。

例えば爵位を継ぐ嫡男のいない家の令嬢もしくは当主となる令嬢との婚約とか、文官とか、騎士…とか。他にも研究職に就く者もいるし、商会を起こす者もいる。

 マーガレットと婚約をする前は教師も少し考えていたし、文官もいいかもしれない、そんなふうに考えていた。だけど、マーガレットとの婚約を機会に僕の将来も決まった。

 現状、コキア男爵家には後継はマーガレットの母上のミモザ様ということになるが、マーガレットの父親である方と婚約していた時にはその方が後継になる予定だったらしい。色々あってその方との婚約は破棄されてしまい、けれどその時に既にミモザ様のお腹にはマーガレットが宿っていて、結局はコキア男爵家でミモザ様はひっそりと出産し、ミモザ様とマーガレットを守る意味合いもあってコキア男爵は「隠居したい」と呟きながらも現役でいるらしい。

 だから、僕がマーガレットの婚約者となったのを機会に、男爵から「次期後継者として是非!」と言われ、父からも「まだ明確な将来を決めていないのなら、そうすればいい」と言われてしまった。

元々僕自身は何かを成し遂げたいというような明確なものがあった訳じゃない。ただ、マーガレットと一緒にいられるなら、どんな仕事でも出来ると思っていたから。

 それが…男爵家の後継となると、予想外に仕事としては大きいのでは? と思ってしまったわけだけど。

ま、父のように侯爵ではないため気楽な部分はある。王都に拠点を設けなくていいこととか、登城しなくてはいけないようなことも、高位貴族よりは圧倒的に少ない。その辺りは実の父親に丸投げしておこうと思っている。

 婚約を機会に将来があっさりと決まってしまい、在学中から領地に戻るならコキア家に滞在することも確定になった。尤も頻繁に戻れるわけではなかったから、長期休暇の時になってしまうけど。

まだ入学もしていない時点でそこまで決まったことに、正直戸惑いはあった。でも、これがマーガレットと一緒に生きていくという実感も伴うものだったから、戸惑いよりも喜びのほうが大きかったのも事実だった。


「マーガレットを守る為に、一緒に歩いて行くために、がんばろう」


 そんな僕の呟きは、子供の頃からずっと一緒にいる侍従にしか聞こえてはいなかったけど、同い年の彼はいつだって聞いていない振りをしてくれていた。


 §


 貴学院入学式の日、僕はマーガレットの為にも自分が出来ることをやっていこうと心に決めて、その場に臨んだ。

 勉強をしっかりとすること、成績も出来る限り良い評価を得られるように努力すること、叶うなら人脈を広げること、五年後マーガレットが入学する時に少しでも僕の影響力を残せるように。

それから、ただただマーガレットにとっての自慢の婚約者であるために。


 貴学院での日々はただ学ぶだけではなかった。出会った友人達は皆愉快で、一緒に過ごしていて気負わず、とてもいい令息達だった。多くの友人達は同い年か、一つ年下くらいの年齢の婚約者がいたが、中には二~三歳年下や逆に年上の婚約者もいた。

 僕はマーガレットが年下の婚約者というのもあって、年上の婚約者を持つ友人にはどういう経緯で婚約したのか訪ねたことがある。てっきり政略的な意味があるかと思ったからだ。

結果的に言えば違っていた。友人が年上の令嬢に情熱的に気持ちを捧げ続けて、令嬢が応えてくれたということだった。年齢差もあってすぐに結婚出来ないことが悔しいと言っていたけど、すぐに結婚出来ないという点では僕も同じだったから、気持ちはよく理解出来た。待つのか、待たせるのか、では意味合いが違うけれど。

 年下の婚約者のいる友人達には、出来る限り婚約者も含めて会う機会を設けてもらっていた。それに応じてくれる友人達や婚約者の令嬢達には本当に感謝しかない。

どうやら、僕の申し出を機会にして皆と会った後には二人きりのデートを楽しめるから、と決して嫌ではないと言われている。僕の願いがただの口実になってるらしい。それなら僕も正直気兼ねがなくなるから今後もそうさせてもらおう。目的はマーガレットの為の人脈作りだから。

 マーガレットが貴学院に入学した後も、友人達の婚約者が学院にいるのを想定してのこと。だからマーガレットのことを盛大に宣伝しておかなくては、と思う。

友人達の婚約者と話をするうちに気付いたことだけど、彼女達は性格は当然様々だった。けど、基本的なところで友人達と同じで、接する相手を家格で判断しないところや、貴族だから平民だから、と差別しない令嬢達だった。マーガレットを託すかもしれない相手としては、充分安心できると思ったのは間違いない。

 マーガレットのことを話すようになってからのことだが、彼女達からマーガレットのことを詳しく教えて欲しいと言われることが増えた。だから、請われるまま答えていたのだが、ある時友人達から「それ以上は答えなくていい」と言われてしまい、何故なのか問うと、非常に困った顔をしたり、異様に照れた顔をしたり、顔を伏せるようなする友人がいて、こちらが戸惑うくらいだった。


「トレイシーがマーガレット嬢のことを私達の婚約者に伝えるだろ? すると、婚約者は…マーガレット嬢の仕草とかを…真似る、んだ」

「…マーガレットの?」

「で。マーガレット嬢の仕草を真似た婚約者が…異様に、可愛く……なる、んだ…」

「…それで?」

「今までだって、可愛かったのに…これ以上可愛くなったら、他の男達の注目を浴びるから止めさせたいんだ!」

「悪い事ではないと思うが…」

「トレイシーだってマーガレット嬢が他の男に注目されたら嫌だろう? 他の男が言い寄るのは…」

「…それ、は…確かに、嫌かも」


 彼らが矢継ぎ早に言うことをゆっくりと咀嚼するように理解してしまえば、酷く納得がいったし、でも腑に落ちさせたくなくて、少し考えてしまった。


「婚約者の御令嬢方には、マーガレットのことを話すのを少し控えるよ」


そう伝えれば、彼らも安堵した様子で、笑っていたから僕もこれで問題はないな、と思ったのだったが、後日また友人からまた「止めてくれ」と言われる事態に陥る。

何を止めてくれて、と言われたのかは…相変わらずマーガレットのことではあったものの、そのマーガレットと一緒にいる時の僕自身のことも含まれていた。

 どうやら御令嬢方は友人達に僕の振舞とか態度とかを、強要…とは違うのだろうけど、要するに僕の振舞を真似てほしいというようなことを彼らに言ったようだった。


「…そ、れは。僕と君達とじゃ、性格も違うし同じには出来ないだろう?」

「そう! それを伝えているのに、婚約者だから、『私は特別でしょ?』という具合に言うばかりで…」

「特別なのは、でも…事実だろう?」

「そうさ。彼女は私にとっての至高なのは事実だ。でも…トレイシーのように振る舞うのは別!」

「……僕のよう?」

「もしかして自覚がないのか?」

「?」

「あー! こいつはカラー侯爵家の人間。婚約者を溺愛する家系だった!」

「!?」


 友人達と話しているうちに、彼らの言いたいことを理解したのは良かったけど、カラー侯爵家や親類縁者の間ではごく普通のことだったから僕も忘れていたが、恋愛結婚が多い家系だということと、政略結婚だったとしても、婚約期間中に恋愛関係を築くのが当たり前な血筋だった。

 そのことを指摘されれば、何かが違うのかも、と思いはする。だからと言って、友人達も婚約者と良い関係を築いているのを間近で見ているから、疑問符は浮かんでしまう。


「けど、君達も婚約者と良い関係築いてるだろ? 彼女達が求めるものは常には無理でも、特別な時に少しくらい試してみれば、違うのでは?」

「……特別な?」

「そう、互いの誕生日だとか」

「なるほど」


目の前にいるのは三人だったが、実は近くにまだ他の友人達もいる。そんな中での会話だけど、食い気味で他の友人達もこちらを見ている。なんとなくだけど、視線が怖い。鬼気迫るものが…あるのは何故?


「二人だけの特別な日なんてあるんじゃないか?」

「二人」

「だけの」

「特別な?」


三人がそれぞれ僕の言葉を繋ぐように復唱するのもどうなのか、と。でも、何か思うところがあるのか、表情が明るくなったように見えた。


「いや…例えば、初めて会った日とかでもいいし、手を繋いだ日とか、初めてデートした…とか、本当に二人だけが分かるような、特別な日ってことだけど」

「あぁ、それなら出来るかもしれない!」


はっきりと分かる程の表情の変化があって、三人だけじゃなく他の友人達までもが僕を囲むようにやって来て笑っていた。そして、何故か僕に礼を言う。今一つ理解が追い付かない状況ではあったけど、きっと…皆にとって何か意味があったんだろう、と思う…ことにした。

 友人達から困惑と共に訴えられたことに関しては、これで問題解消した、と思っていいんだろうか。よく分からないながらも、婚約者の御令嬢方からマーガレットのことを聞かれることも減っていったし、友人達からも苦情もなくなったし、大丈夫なんだろう。

 それに…彼らが婚約者との仲も良い感じに深まっているようにも見える。皆が幸せであるのは、僕も嬉しくてつい…マーガレットへの手紙にも、今回のことを書いていた。

きっとマーガレットも他者の幸せを自身の幸せに出来る人だから、少しでも穏やかな気持ちになってくれると嬉しい、そんなことを思ってのことだった。

 僕の幸せはマーガレットが幸せでいることだから。少しでも楽しい気持ちや、優しい気持ち、穏やかな陽だまりでうたた寝するようなあたたかな気持ちでいてほしい。僕の手紙から少しでもそういう思いが伝わればいい。

 いつも手紙には野の花のような素朴な花や、大輪の花の花弁、綺麗な葉を選んで押し花や押し葉にして栞を作った。花束を届けるには王都からは遠いから。出来れば僕がマーガレットを想っていることを伝えられるように、自らの手で作りたい。

僕の我儘でしかないような栞を、そんなたくさんあっても迷惑だろうとも思いながら、手紙には必ず同封していた。

 マーガレットからの返事には、必ず栞の感想が添えられていた。色が綺麗、形が可愛い、どの花も可憐でとても嬉しい、そんな簡単なものだったけど、マーガレットの嘘偽りのない言葉だと信じられた。

だから僕は、マーガレットとの婚約期間中ずっと手紙のやり取りで押し花と押し葉の栞を送り続けた。いつからだろうか、マーガレットからも可愛らしい栞を送ってくれるようになった。

 マーガレットの栞は、端切れやリボン、レースなどを厚手の紙に貼ったもので、布で出来たモザイク模様がマーガレットらしくて可愛かった。

そして、いつも刺繍で僕のイニシャルを入れた生地を貼ってくれていて、それだけでも僕は浮かれてしまっていた。僕の方がマーガレットに幸せにしてもらっている。少し…情けないような気もしたけど、それでも嬉しさが勝っていた。

お読みいただきありがとうございます。

引き続きトレイシー視点です。

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