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カラー侯爵邸にて 3

カラー侯爵邸での話は今回で終わりです。

 リビングに長男を除いた家族全員が揃って話をし、話題も区切りが付いた後の事だった。今回話題の中心となっていたアイビー伯爵家の瞳を持つマーガレットの婚約者となったトレイシーが、父親のロナウドに視線を向けて口を開いた。


「お父様、お話しがあるんですけど…お時間をいただけませんか?」

「トレイシー、それは大事な話かい?」

「はい。マーガレットの事です」

「分かった。それじゃ食事の後のほうがいいだろう。夕餉の後ならすぐに時間も取れるから、執務室の方へ来なさい」

「はい! ありがとうございます」


 ロナウドは、トレイシーが幼馴染みの、婚約を望む相手であるマーガレットのことを色々気遣っていて、カラー侯爵家の伝手が何か欲しいのだろう、と単純に考えていた。この時はただそう単純なものだとばかり感じていた。


 §


 和やかに食事を終え、それぞれが自室に戻った後のことだ。トレイシーは父親であるロナウドの執務室へと向かった。

扉をノックし、部屋主の誰何にトレイシーが応えれば、扉を開けられる。ロナウド自身が招き入れてくれた。

トレイシーは少し照れくささを感じながら、部屋へと入る。そして、執務机の前に置かれているソファセットの二人掛けソファに座る。大ぶりのソファのせいか、余程大柄な人でなければ、三人並んで座っても余裕だろうと思うトレイシーだった。


「お父様、お時間ありがとうございます。早速なんですけど、マーガレットのことで悩んでるんです。相談に…のってほしいのです」

「マーガレットのことで悩んでる、というのは?」


 トレイシーはロナウドに、マーガレットから聞いた話をそのままに伝えた。きっと誰も理解出来ないような状況で、実際にトレイシーも完全には理解出来ていない。ただ、マーガレットは嘘を言う人間じゃないことは知っている。

何よりあれほど朗らかで、いつも笑っているような愛らしい少女が、笑うことがなくなった。

それ以上に表情が抜け落ちてしまっている。異常なのは見ているだけで分かることだった。嘘を言わない少女の、異常な様子に、死にたがっていることもその異常さに拍車をかけていた。

 ロナウドはただトレイシーが話を終えるのを黙って聞いていた。話し終えたトレイシーは、まだどこかしら信じ切れてはいないのだとロナウドは感じたが、それでもマーガレットの言葉に嘘がないのだとトレイシー自身が信じているのも感じた。矛盾をトレイシーが抱えてはいるのに、マーガレットを疑うつもりがないのが分かるからだろうか、息子のことを誇らしく感じているようだ。


「それで、トレイシーはどうしたい?」

「僕は…マーガレットに死んでほしくない。だから、支えていきたい」

「そうか、だったらトレイシーがすることは一つだな」

「何をすればいいんですか?」

「ただマーガレットの側にいてあげることだよ」


 そんなこと…と小さく呟いたトレイシーに、ロナウドは少しだけ息を吐く。


「正直なところ、マーガレットの身に起きた出来事は、普通じゃない。それは信じられるものでもない。だけど…あの子は、妖精に祝福をされた血筋の子だ。だから、妖精がマーガレットに生きてほしいと望んで、なんとか生き延びる方法を探すために、繰り返し生き返らせている可能性もある、と私は思うよ」

「!! お父様、信じてくださるんですか? 僕は…まだ、ちゃんと信じきれてはいなくて、でもマーガレットは嘘を吐くような子じゃないから、嘘だとは思ってなくて…」


 きゅっと上着の胸元を掴んだトレイシーは、下唇を噛んでいた。


「トレイシーだってまだまだ子供だよ。難しいことはこれからいくらでも出てくるだろうし、悩むことだって多いものだ。だから…今感じている気持ちも、葛藤も、当然のこと。ただマーガレットに寄り添うことだけを心掛けていればいい」


 ますます上着を掴む手に力が入っているようだった。それを見守りながらもロナウドは言葉を続ける。


「ただ、焦ってはいけないよ。マーガレットがいなくなったら困るのは、コキア男爵家の皆が一番だが、トレイシーもそうだろう? 私やローズだってそうだ。あの子は、私達にとっても可愛い娘みたいな子だからね」

「…でも、毎日見ているだけしか出来ないのが、歯痒いです」

「それでもだ。マーガレットが死にたいと思っているのなら、死なせないようにするのが一番大事なことだけど、焦って追い詰めてしまったら取り返しのつかないことになってしまうからね」


 ロナウドがそう言えば、トレイシーは眉尻を下げならも頷いていた。


「今はただトレイシーが傍にいて、マーガレットのことが大事だというのを伝えていくしかないだろうね」

「…はい! 僕がマーガレットの一番傍にいる人間になります」

「その調子だ。…きっとマーガレットは妖精の助けを得ているはずだから、マーガレット自身も信じていいと思う」

「はい!」


 やっと上着を掴んでいた手を緩めたトレイシーに、ロナウドは少し安堵していた。思い詰めるような状況があるとトレイシーは無意識に胸の辺りをぎゅっと掴む仕草をするからだ。後三年もすれば成人を迎える。体付きもすっかり少年から青年へと変わってきている。が、まだまだ成長していくだろう。

大事な婚約者を守る為にも、もう子供ではいられない。だからロナウドはトレイシーがいい意味で早く大人になれ、と思う。



「そうだ、トレイシー。私がマーガレットの話を「悪夢のせいで心が疲れてしまっている」として話を聞いているということにしておいてくれないか。きっとマーガレットもその方が安心すると思う」

「分かりました。…確かにそうですね。マーガレットの事情は容易に信じられるものではないですし。

お気遣い、助かります。ありがとうございます」


 ロナウドの執務室から出ようと扉の前まで行ったトレイシーに、思い出したように声を掛けたロナウドだったが、実際に悪夢が原因でマーガレットの心が疲れてしまっている、そう説明をしたと聞けば、彼女自身も自身の置かれた状況を理解しているから、安堵するだろうと考えての事だった。

 トレイシーもそれを理解し、父親に礼を言い部屋から辞した。

お読みいただきありがとうございます。

今回も活動報告にカラー一家を置いてます。

気になった方は覗いてみてください。

次から主人公視点に戻ります。

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