カラー侯爵邸にて 1
カラー侯爵家の面々が色々動いてます。
現在、カラー侯爵家の三男であるトレイシー・カラーは、父親であり当主でもあるロナウド・カラーの目の前で幼い頃でも見たことがないというくらいに、必死になって懇願する姿を見せている。
幼い頃に見せたそれは、親バk…もとい家族仲が良好で有名なカラー家では、三男で末の息子であるトレイシーをある意味親も兄達も溺愛していると言っていいほど可愛がっていたこともあり、案外些末なことしかトレイシー本人が望まなかった為、少し首を傾げて「お願いです」と言うだけのものだった。
…つまりは、トレイシーが常に愛されていると感じていて、満たされた環境下にあるため、多くを望むことのない子供に育ったとも言う。
そんなトレイシーが初めてと言っていい、腰から体を曲げ、深い礼を取っている。それほど必死だというのが誰の目にも理解出来る状況だった。
「トレイシー、とりあえず話を詳しく聞くから、座ろう。そんなふうに腰を折っていても、こちらも戸惑うだけだ」
「はい、お父様」
ロナウドは子供を落ち着かせるため、話を詳しく聞くため、トレイシーを自身の執務室にあるソファに座らせた。ちょうど執務に一区切りをつけたタイミングだった為、ロナウド自身もまだ執務机の前にいる。トレイシーが座ったことで、自身もトレイシーの対面に座ったのだった。
「で…。何を希望しているのかな? トレイシーがそんな風にするのは、初めて見るんだが」
「婚約したい方がいます。今日、その方とそのご家族の方々とお話しをさせて頂いて、了承も得てきました。お父様にも婚約を許可して頂きたいのです」
「おお、そうかそう、か…。な! 婚約だと!? だ、誰なんだい? そのお相手は!!」
「コキア男爵家のマーガレットです」
「……マーガレット」
「ダメ、でしょうか? でも僕はマーガレットじゃないとダメなので、もしお父様が許可しないと言うのであれば、許可を出してくれるまで粘るだけですが」
「いやいやいやいや! 大丈夫! と言うよりもマーガレットをカラーの家に迎え入れることが出来るなんて、そんな嬉しいことはないよ! ローズも間違いなく賛成だ。でかした、トレイシー!」
「…じゃぁ」
「ああ、許可しよう。マーガレットはある意味私達夫婦にとっても娘のようなものだ。トレイシーが彼女と結婚してくれたらいいな、とずっと思っていたのさ」
「よ、良かった…。お父様、ありがとうございます!」
この日の夜は家族揃ってトレイシーの婚約の話で話題は尽きない状況になったカラー家だった。
家族の時間を皆が充分に過ごした後、夫婦は二人きりになるためロナウドの執務室へと移動していた。執務机で作業をしながらロナウドは話をしている。ソファには妻であるローズが寝酒用にと少しのワイングラスを傾けているところだった。
ロナウドは婚約の為の書類を調えながら、ローズに一つの懸念材料を漏らした。
「ローズ、覚えているかい? あの男のことを」
「ええ。ミモザの元婚約者、でしょう?」
「ああ。あれほど仲睦まじくいたから、心配などしていなかったんだが…」
「そうね。好青年ではあったわね。でも…放蕩が過ぎたわ」
「幸いだったのは、女はミモザがいれば他は要らないと言い切っていたことと、実際そうだったことくらい、か…。あぁ、でも酒癖は悪くなかったか。そもそも酔わなかったしな」
二人は同時に大きくため息を吐いていた。ロナウドが再び口を開く。書類を全て調えたためローズの座るソファの隣へと移動してきた。
ソファをきしませながら座るロナウドを見るローズに、ロナウドは頬へとキスを贈る。
「ブランドン…。奴の瞳の色を覚えているだろう?」
「ええ、アイビー家独特の瞳の色が様々に変わるのよね。マーガレットちゃんもそうだわ。……まさか?」
「今代のアイビー家当主は大丈夫だよ。当主とブランドンはアイビー家の瞳を持って生まれてきているからね。ただ…次代のアイビー家を担う子供達にはアイビー家の瞳を持つ子供はいない」
「…でも、御嫡男は片鱗があったと聞いているけれど?」
「確かにそう聞いているよ。実際に見たこともあるが、間違いなくアイビー家だと思える色変化はしていた。でもマーガレット程じゃない」
「そうなのね。それで、何か気になることでも?」
「そうなんだ。君に相談したいことがある。聞いてくれるか?」
「ええ」
トレイシーの父親のロナウドとして、またカラー侯爵家当主として、そして…何よりマーガレットの母ミモザの幼馴染みとして懸念していることを妻に伝えた。
マーガレットが婚約していた相手が、アイビー伯爵現当主の弟であること、またアイビー伯爵家の瞳のこと。それがどういう意味を持つか改めて考えると、非常に面倒な事態を招きそうだと予想していることも。
「ええ、そうだったわ。アイビー伯爵はこの国の始まりから王家を支えてきた家系の一つだったわね。しかも、アイビー家の瞳はこの国では無理だと言われている妖精に祝福された証だと言われてる…のよね?」
「ああ、そうだ。だから厄介なのさ。あの瞳の色に固執する者が多い。特にアイビー伯爵家の傍系の者達だな。もし伯爵家にあの色がないなら、自分達にも同じ瞳の色を持つ者は生まれるのだから、と取って代わろうとしているのは、この国の貴族なら誰もが知ってる話だしな」
ワイングラスをテーブルへと置いたローズは考えるように、少しだけ頭を傾げている。そして、おもむろに隣に座るロナウドへと視線を向けて、でも酷く不機嫌な声で低く言葉を発していた。
ロナウドも同じように不機嫌さを隠すことなく、妻に応えていた。
「そうね。…待って? という事は、マーガレットちゃんがアイビー伯爵に目を付けられる可能性もあるってこと?」
「そうだよ。もしかしたら、だ。縁戚達が今の伯爵は良いとしても嫡男程度の瞳の色では満足はしないだろうから、きっと難癖を付けてくるはずだ。マーガレットは当主殿の弟の子供だ。しかも、あの瞳の色だ」
「……マーガレットちゃんはお茶会には全く出ていないから、社交界で知られてはいないわ。でも…気付かれるのに時間は…かからないわよね。ミモザとあいつが婚約してたことを覚えてる人達がマーガレットちゃんに目を付ける可能性が高いわけでしょ?」
「そう、そこが問題なんだ。今からその対策をしたいんだが…。アイビー伯爵家のことで何か知っていることがないか、と思ってローズに相談をしているわけだ」
「…そうね。アイビー伯爵のことは私はあまり。あ、でも…夫人と親しくしている方を知っているわ。それに近々ドレスも作ろうと思っていたのよ。あの服飾店のマダムなら色々と御存知のはずだわ」
「だったら、その辺りはローズに任せる。私は別方向から探ってみるよ」
「ええ。任せて頂戴」
「期待しているよ、私の奥さんは優秀だからね! そうだ。トレイシーの婚約も決まったことだし、ドレスはマーガレットの分も一緒に作るというのはどうだい?」
「勿論そのつもりでいるわ」
「流石だ、私の奥さんは本当に優秀でありがたい」
「どういたしまして」
こうしてカラー侯爵夫妻は、三男のトレイシーが決めた婚約者であるマーガレットの為に、秘かに動き出したのだった。
お読みいただきありがとうございます。
活動報告で、ちょっとお遊び的に書いたものを置いておきます。
本編とは全く関わりのない内容なので、読まなくても問題のないものです。
気になった方だけ覗いていただくだけで大丈夫です。




