砂漠のオアシス 色褪せない宝石
BGMを元に作品を集います!『仙道企画その3』参加作品です。
「……サラ、起きなさい。もうじき夜明けだ。それにご覧、街の灯りも見えてきた」
父さんに声を掛けられて微睡みから覚醒する。
砂漠の夜、特に夜明け前は冷え込みが厳しい。キリリとした冷気に身震いしながら毛布を手繰り寄せ頭まですっぽりとくるまる。
ぼんやりとした意識のまま船首へ目を向ければ、はるか彼方に小さな光の塊が見える。
「わあ……あれがメナスの街なの? 父さん」
「ああ、これからお前が暮らすことになる街だよ、サラ」
私たちは母なる河ナユルの上流に暮らす山の民。
普段はその大半が地下を流れているナユルも、水量が増える雨期になると大河として姿を現す。
私たち山の民は、その時期に合わせて船で下流の街メナスへ、主に果物や毛皮などの山の幸、採掘した宝石などを売りに行くのだ。
私は今年からメナスの街で働きながら学校に通うことになっている。
読み書きや計算が出来ないと商売は出来ないからと、10歳になると山の民の子どもたちは、親元を離れて街へ出る。
寂しくないと言えば嘘になるけれど、私の場合は当分の間父さんたちと一緒だし、初めての大きな街、学校、実は楽しみの方がずっと大きかったりする。
「おーい!! 叔父さん!! サラ!!」
大きく声を張り上げているのは、従兄のマリクだ。
まだ薄暗く、輪郭すら見えないが、聞き違えることなどありえない懐かしい声。
マリクは一つ年上で、去年から一足早くメナスで学校に通っている。物心ついた頃から、実の妹のように可愛がってくれた大切な家族だ。
早く街に出たかったのも、じつはマリクの存在が大きかったりする。
「朝早いのに出迎え悪かったな」
「いえ、俺の役目ですから。それに少しでも早く叔父さんたちに会いたかったですし」
「ふふ、俺というよりもサラにじゃないのか?」
「な、なななに言っているんですか!!」
「あら? 私には会いたくなかったの、マリク?」
「い、いや、そうじゃなくて……と、とにかく案内するから!! 長旅で疲れているだろ?」
長旅と言っても、私は寝ていただけなんだけど、それでも慣れない船旅でたしかに疲れているような気もする。
「サラは先に行って休んでいなさい。父さんたちは荷卸しがあるからね。マリク、頼んだよ」
「はい、叔父さん。じゃあ行こうか、サラ」
マリクの案内でこれから私たちが暮らす場所へと向かう。
「ここだよ、サラ」
立派な二階建ての白亜のお屋敷。白塗りの壁が瑠璃色に映えてとても綺麗。おとぎ話のお姫様が暮らしていそうだわ。
マリクによれば、ここは山の民がこのメナスの販売拠点として共同で運営している店舗兼集合住居なんだとか。雨季に山から運ばれてきた積み荷は、ここに保管され販売しているのだそう。
ナユルは雨季が終わる頃、上流に向かって逆流を起こす。
積み荷を降ろした空の船には街で仕入れた品物を積み、逆流する河を利用して山へと帰ってゆくのだ。
管理運営する人間は交代制なのだが、幸運なことに今年は父さんの番。つまり次の雨季がやってくるまでは、父さんも一緒にここで暮らせるというわけなの。
「朝食の用意が出来たら起こしに来るから、それまではゆっくりおやすみ」
部屋にはふかふかでお日さまの匂いがするベッドが用意されていて、私はあっという間に眠りに落ちてしまう。
「サラ、街を案内するよ」
遅めの朝食を済ませマリクの案内で街へ出る。
メナスの街は巨大なオアシス都市。
たくさんの隊商が行き交い、見たことも無い肌や髪色の人々が通りを闊歩している。街角では、大道芸人たちが芸や音楽を披露していて大変にぎやかしい。
まるで異世界に迷い込んだみたいだ。
はぐれないようにマリクの袖をぎゅっと握りしめる。
香辛料のスパイシーな香りと不思議な甘い匂いに釣られて市場へ向かうと無数の出店が軒を連ねていて、さっき食べたばかりなのにもうお腹が空いてくる。
「うわあ……美味しそうね、マリク」
「ああ、旨いモノがたくさんあるぞ、この街には。俺もまだまだ食べたことないものが山ほどあるんだ」
自慢げに胸をはるマリクがなんだか可笑しい。
「ああっ!? なんで笑っているんだサラ? せっかくご馳走してあげようと思ったのに」
「ふふっ、何でもないの。なんだかワクワクしてきちゃって……」
これから三年間、この街で生きることになる。
最近では、そのまま街で暮らすことを選ぶ者が増えていると長老が嘆いていたっけ。
でも私は誇り高い山の民。
いずれ山へ帰ることになるだろう。
だからしっかりと焼き付けるのだ。この黄砂と白亜の景色と記憶を。
いつか想い出に変わるとき、いつまでも色褪せない宝石をたくさん、たくさん作るのだ。