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敗戦国シリーズ 外伝

私たちは恋をあきらめない

作者: 神田 貴糸

 約束は簡単にしてはならない。特に妖精とは非常に注意が必要だ。彼らは口約束でも必ず守るし、解釈も人間と違う。だから……


「お嬢さん。助けてくれてありがとう。お礼に願いを叶えましょう」

「本当?! 好きな人と結婚させてください」

「いいよー。でも代わりに君の命を少しもらうよ」

「少しですね? いいですよー」


 こういうのは絶対にやってはいけない物語の定番なのだ。




 ペルテノーラの若き王ティムフェースは、王に就任して二年になるのに、未だに妃を迎えられていなかった。側近たちは頭を抱え、毎日のように奔走し王の気にいる相手を探す。国を挙げて祝われる千年に一度の大祭が間近に迫っていた。この儀式のためにどうしても妃が必要なのだ。


 王の従妹であるフローレンスは、ようやく学校を卒業して成人したばかり。彼女もまた結婚相手が決まっていないにも関わらず、余裕の笑みを浮かべていた。


(私の場合は求婚者がたくさんいて選んでないだけ)


 器量良し家柄良しの彼女に縁談は多い。しかし、彼女は話が進まないようにするため裏工作に明け暮れる毎日である。なぜなら彼女には決して結ばれない想い人がいるからだ。

 今日も彼女の母親は縁談話のため、自室に戻りたい彼女を離さない。


「とても評判のいい方よ? 今日あたりお茶にご招待してはどうかしら?」


 母は嬉々として、お茶会の段取りを取ろうとする。それを絶対に阻止したいフローレンスは優雅かつ威圧的な態度で言った。


「お母様。非常に残念ですが、私、本日グラディアス王女とお約束がございますの」

「ま、まあ。それは光栄な事ね。また後日にしましょう」


(お母様にはこれが一番効く)


 フローレンスはほくそ笑む。父は前王の弟で元王子。母は特権階級でも下位。両親の情熱的な結婚エピソードは噂になるほど有名だ。だが身分差を一番気にしているのは母だった。


「お母様。そろそろ王女がいらっしゃいますわ」


 フローレンスの言葉でようやくすごすごと引き下がる。彼女はようやくホッとため息をついた。





 グラディアスは現王の妹でフローレンスと同い年。幼い頃から仲良しの従妹だ。学校の間もずっと一緒に過ごした親友だった。大切な彼女のため、庭の美しい景色を見ながらお茶ができるよう椅子と机を庭に配置して、美味しいお茶を用意する。


「グラディアス!!」


 彼女の姿を見たフローレンスは思わず声をあげてしまう。護衛の制服を着たグラディアスは男性顔負けの凛々しさと誰にもまねのできない美しい所作で、フローレンスの心を鷲掴みした。


(やっぱり。どうしようもなく惹かれてしまう)


「許可が下りたのね」

「ああ。どうにか。正式に兄上の護衛に決まった」

「良かった」

「全部フロウのお陰。兄上と母上が折れたのはフロウが城まで説得に来てくれたからだ」


 彼女の兄上はペルテノーラ王であるティムフェースだ。『フロウ』とはフローレンスの愛称だった。

 グラディアスは小さな頃から体を動かすのが得意で、ずっと護衛の仕事にあこがれていた。しかし王女である彼女が男だらけの職務に就くことは許可されていなかった。


「母上は予言のことが最後まで引っかかってた」


 グラディアスは生まれる時に予言されていた。『王の母になる』と。


「また結婚しろって言われたの?」


 グラディアスは黙って頷いた。フローレンスは彼女の思いつめた顔を痛々しく思いながらも、為政者としての立場は分からないでもなかった。


「まあ、王を産むと言われたらね……」

「逆だろう。騒乱の種だ。私は子など産まない。兄上が治めにくくなる」


 この予言のせいで王ティムフェースは微妙な立場になっていた。彼の子供は王になれないかもしれない。彼は現ペルテノーラ王にも関わらず、他国にも国内にも結婚相手としては不人気だった。

 フローレンスは話しながら、グラディアスの頬にかかる髪に触れる。


「切ってしまったのね。綺麗な栗色だったのに」

「同じ栗色ならフロウの髪の方が綺麗さ。いいんだ。切ってさっぱりした。母上もこれで諦めてくれた」


 グラディアスの栗毛は風にふわりと揺れる。肩にもつかない長さの髪は風に遊ばれるようにふわふわ揺れ続けていた。彼女はそっと椅子から立ち上がり、フローレンスの足元に(ひざまず)く。美しい紫色の目で彼女をとらえた。


「フロウ。君に最大の感謝を。私は君のために何でもしよう」


 彼女はそう言うとフローレンスの手を取り口づける。フローレンスは真っ赤になりながらも、淑女らしく受け入れる。


(して欲しいけど、今は言えない……)


 実は二人は時々口づけをする関係だ。二人きりで会う時はもっと妖艶で甘い。


(グラディアスが求めてくるのは、人目が全くないとき。主に夜。でも……)


 フローレンスはそれが本気のものでないと知っている。グラディアスもまた実ることのない切ない恋に身を焦がしている。彼女は実の兄ティムフェースの事を幼い時から好きだった。血が近すぎて結婚できない。だから彼女は誰にも自分の気持ちを漏らさない。フローレンスは彼女のことが小さな頃から大好きだったから気づいてしまっただけだ。


(私が知っていると気づいたら、態度を変えてしまう。きっと私に触れなくなる)




 お茶の途中で側人がフローレンスに耳打ちをしてきた。母から至急の用だった。


(絶対至急じゃないと思うけど?!)


 母は少々大げさなのだ。グラディアスの事を待たせてまで話す理由など、まず無い。母は顔を合わせた途端、見たこともないような嬉しそうな顔で言った。


「王から求婚の書状が届いたわ。明日一緒にお城へ行きましょう」

「はあ?!」


 フローレンスは呆れかえる。


(ついに側近どもが妃選びに(さじ)を投げたわね。私なんて、親戚で顔見知りでお手軽だからってだけでしょう!!)


 愛も政略もない。とにかく誰でもいいから結婚させたい、という意図が見え見えだった。気づかないのは母ぐらいのものだ。でも断れない。流石に王には逆らえない。

 そこへ待ちくたびれたグラディアスが、ひょこっと顔を出した。母の声は大きい。全部聞こえたはずだ。美しいグラディアスの顔から表情が消えている。母を放っておき、彼女に駆け寄る。


「グラディアス……」

「フロウ。今日は帰るよ。またね」


 グラディアスは弱々しく微笑むと、立ち去って行った。フローレンスは何も言えないまま後姿を目で追った。彼女の結った後れ毛が風に揺れる。






 夜になってもフローレンスは眠れない。必死で頭を廻らし、この縁談をどうやって乗り切るかを考えていた。


(小さい頃、妖精にも頼んだことあるのよ? 好きな人と結婚できますようにって。全然駄目じゃない)


コン コンコン


 玻璃(ガラス)の窓が叩かれる。小鳥が一羽飛び去るのが見える。魔法で作られた鳥だ。いつもの合図にドキドキしながら上に布を羽織り、こっそり外へ出る。ペルテノーラは夏だ。ただ夏といっても元々が寒い地域なので、夜は多少冷える。フローレンスは真っ暗な闇の中を走り抜ける。


 家の森の奥には、いつものようにグラディアスが待っていた。息を切らしてフローレンスは彼女の元まで走った。


「グラディアス……」


 息を切らすフローレンスに、グラディアスが切なく悲し気な顔で言う。


「フロウ。あの……」


 彼女は言いかけて止める。彼女の手に力がこもり、堅く握りしめる。昼に別れた時の状況を考えれば当たり前だ。最愛の人に親友が嫁ぐなんて話、悪夢以外の何物でもない。ようやく結婚をせず仕事が出来る人生を歩み始めたのに。

 フローレンスはグラディアスに触れあえそうなほどまで近づき、紫色の目を捉え言う。


「私。あなたが大好きよ。あなたの幸せのためなら何でもしたい」


 それを聞くと、グラディアスは苦しそうにきつく目を閉じた。そしてゆっくり目を開けるとフローレンスの栗色の髪に手を差し入れ、顔を上向かせると唇を重ねる。そのまま深く口づけた。フローレンスは頭のどこかが痺れたような感覚を覚える。

 グラディアスは押し黙ったまま何も言わない。そしてそのまま立ち去った。


(グラディアス以外と結婚するなら、他は誰でも一緒だもの。それならあなたが幸せになれる方にかける!)


 フローレンスはとても大事なことを一人静かに決めた。彼女の澄んだ目に夜空の星が映り込んでいた。





 翌日ペルテノーラの城に行くと、顔見知りで仲の良いフローレンスの両親とティムフェースの母親はすぐに別室へ消えてしまう。すでに人払いされていたので、残されたフローレンスはティムフェースとの気まずい沈黙を味わっていた。耐えられないフローレンスは自分から声をかけた。


「王就任おめでとうございます」

「……それ、二年前の話題だね」

「……」


 共通の話題など無い。うなるフローレンスにティムフェースが言う。


「フロウはこの結婚が嫌?」

「はい。私は人付き合いが楽で、自由のある結婚生活を望んでいました。妃なんて地獄です」

「もし、その望みが叶うなら妃になる?」


 フローレンスは呆れ顔になる。ティムフェースは見た目は悪くない。男装の麗人グラディアスと同じく、栗色の髪と紫色の目でいい男の部類に入る。


(そんなに困ってるの? そんなに儀式が大事?)


 でもそんな状況ならいけるかもしれない、とフローレンスは少し強気になる。


「条件を飲んでいただけるなら」

「?!」

「グラディアスを口説いて子供を作ってください。その子は妃になった私の子として育てます」


 ティムフェースが息を飲んだのが分かった。フローレンスは反応を伺う。ティムフェースはゆっくりと話し出した。


「どうしてそれが条件? グラディアスはどう関係がある」


 ティムフェースがフローレンスから少し目をそらす。ちょっと雰囲気が甘くなっている。


「もしかして王はグラディアスと……」

「何を勘ぐっているか知らないけど、言いたいことは何?」

「私はグラディアスのことが大好きなんです。彼女には幸せになって欲しいんです。それに予言の子供がペルテノーラに必要でしょう?」


 ティムフェースが額を手で覆い、大きなため息をついた。


(多分この二人はすでに何かあったな……)


 フローレンスは上手く行きそうな雰囲気を感じ気を抜いた。ティムフェースが静かに言った。


「……フロウも同じ時期に妊娠することが必要だよ。周囲をあざむくにしても、突然子供ができるのは無理がある」

「そ、そんな上手く時期なんて合わせられるんですか?」

「私ならばできる」


 夫婦生活やむなし……とつぶやきうつむくフローレンスに、ティムフェースはそれは妃の義務でしょ、と小さく(うなず)く。彼のくせのある栗色の髪がふわりと揺れる。フローレンスは決断した。


「求婚お受けします」

「ありがとう。世話になる」


 ティムフェースは契約の印のように、フローレンスに優しく口づけた。それがグラディアスを思い起こさせるもので、彼女はどきっとした。






 フローレンスが求婚を受け入れてからのティムフェースの動きは早かった。段取り一切が猛烈な勢いで進められた。そして、その間もフローレンスはのんびりさせてもらっていた。


(約束通り楽させようとしてるんだろうな。ありがたい)


 でも手持無沙汰だと考えてしまうのは、グラディアスのことだ。彼女がもしこの約束を受けてくれなければ、話は変わってしまう。


(それに真面目なグラディアスは、私を避けるようになるかもしれない。それが一番心配だな)


 実際にグラディアスは会いに来なくなっていた。そのことはフローレンスを深く落ち込ませた。


 




 千年祭はペルテノーラの神獣『玄武』に感謝を捧げ、次の千年への御代(みよ)代わりを祝い平安を祈る祭りだ。

 結婚式はこの千年祭と一緒に行われ、華々しいものになった。フローレンスは自分の役目を果たすため、人懐っこい笑顔を張り付け、式に挑む。久々に会ったティムフェースは豪華な衣装を着こなし、王として晴れやかに儀式を行っていた。

 フローレンスにとってはすべてが芝居のようだった。段取りに合わせ必要な部分で歩き微笑む。ようやく公の儀式が終了する。最後に聖域での儀式をして終了だ。


 聖域内に入るとティムフェースは労わるように、フローレンスを見て言った。


「フロウ。これで最後だ。もう少しだけ頑張ってくれ」

「……はい」


 彼は見ていたのだ。彼女がどれほど我慢して今日を過ごしていたか。フローレンスは少しだけ楽になった。聖域には誰もいない。もう人の目に気を配らなくてもいい。

 聖域の中に古いルーン文字と黒い文様でかたどられた印があった。


「ここに一緒に手を触れれば儀式は終わる」


 ティムフェースはそう言うとフローレンスの手をとり、そのまま手を当てた。するとほんのり印は温かくなり、体の中と繋がったように感じた。あまりにも一瞬でフローレンスが目を白黒させていると、ティムフェースは柔らかく微笑み、彼女の手に口づけた。


「ありがとう」


 その言い方があまりに優しくて、フローレンスの心に残った。





 その日から二人は(ねや)を共にする。フローレンスの負担を気遣いながら、ティムフェースは身体を繋いだ。


 フローレンスは日々心が乾いていくように感じていた。グラディアスとはあれから一度も会えない。

 結婚してからずっと沈んでいる彼女をティムフェースは心配する。


「フロウが落ち込んでいると辛い。夫婦生活が嫌? 私が理由?」

「王はお上手なので不満はないです」

「……そ、そう?」


 ティムフェースの赤い顔に気づかず、フローレンスはこわばった顔で話を続ける。


「城での生活も楽だし。でもグラディアスが……私に会ってくれなくて……」

「そうか……。悪かったな。私の力不足だ」

「王に謝っていただくことではないように思います」

「フロウが私に与えてくれたものは大きいんだよ。だから、少しでも報いたいと思っている。グラディアスと君が元に戻れるよう努力する」


 ティムフェースの努力は虚しく、グラディアスはかえって頑な態度になりフローレンスも彼も拒むようになっていった。

 そんなある日、フローレンスは自分の体の変化に気が付いた。妊娠したのだ。

 報告を受けたティムフェースは喜ぶというよりホッとした顔をした。そして、ふんわりフローレンスを抱きしめたまま言った。


「……苦労をかける」

「あの……」

「大丈夫。ほぼ同時だ。何とかするから心配いらない」


 ティムフェースは卒なく進めている。そのことにフローレンスはホッとする反面、違和感を覚えた。




 子供というのは不思議なものだ。結婚を決めてからずっと(しお)れたままフローレンスの心は、癒されていった。子供に会えるのが楽しみでならなくなる。つわりも体の不自由さも子供の存在を伝えるもので、どこか幸せに感じた。


(グラディアスの子供にも会いたい。絶対に可愛いはず)



「彼女はシキビルドに移動している」


 フローレンスはグラディアスの所在を聞くため、忙しいティムフェースに二人きりの時間を取ってもらう。


「なぜシキビルドなのですか?」

「あの国の『医』の力は抜きんでている。サタリー家の現惣領(トップ)は超一流だ」

「もしかしてペンフォールド?」

「よく知ってるな」

「あの天才を知らない人は私たちの年代にはいないと思います」

「そうか。彼は私の友人なんだ」


 ティムフェースは嬉しそうだ。紫色の水晶のような目がきらめくのを眩しい思いでフローレンスは見た。


(久しぶりに笑った顔を見た)


 フローレンスはずっと思っていたのだ。なぜティムフェースが生き急いでいるのか。結婚からずっと仕事も子供のことも全て前倒しで進める。


「護衛と情報管理はパートンハド家にお願いしている」

「王の目、国の良心といわれる異色の家の? 王の知り合いはシキビルドばかりですね」

「そうだな。同じく王政だから考え方が近いからかもしれない。小国ながら人材が豊富だ。フロウは知り合いはいないの?」

「そういえばアンスーリンがシキビルドだったわ」

「パートンハド家に嫁入りしてる」

「え?」

「もうすぐ子供が生まれるそうだ。うちの子供たちと同い年になるな」


 ティムフェースが幸せそうに言った。その表情をみてフローレンスは驚いた。


(子供のことこんな風に語ってくれる人だったの?!)


 そこから大国カンザルトルとウーメンハンの話、世界の成り立ちなど様々なことをティムフェースは語った。その幅広く深い知識にフローレンスは驚きながらも、自分の世界が広がっていくようで楽しく聞いていた。






 フローレンスの出産はティムフェース一人で処置全てを行った。それと同時にシキビルドとフローレンスの部屋を時空抜道(ワームホール)でつなぐ。

 ティムフェースは難なくやってしまうが、本来何人も能力(ちから)を使わなければできない事ばかりだ。フローレンスはティムフェースが只者でないことが分かってきていた。

 時空抜道(ワームホール)から一人の男性が小さな赤子を抱えて出てきた。その男性はさらさらの銀髪に青い目をしていて、顔立ちは恐ろしく整っている。彼は大事そうに赤子をティムフェースに手渡すと軽く頭を下げ静かに言った。さらりと銀髪が揺れる。


「王一族とペルテノーラに多くの幸せが降り注ぎますように……」


 そう言うとフローレンスの抱いている赤子と、ティムフェースの抱いている赤子に何か光るものが降り注ぐように見えたが、幻だったのかすぐに分からなくなった。彼はすぐに立ち去り、ティムフェースは時空抜道(ワームホール)を消し去った。


トン トントン


 ドアが叩かれる。ティムフェースが声をかけた。


「セシルダンテか?」

「はい」

「もう大丈夫だ。片づけと準備を頼む」

「かしこまりました」


 ドア越しの会話が終わると、寝台の上にフローレンスが寝かされる。ティムフェースはそのすぐ横に二人の赤子をそっと寝かした。彼らの髪はティムフェースそっくりの栗色のくせ毛だ。彼は自分の子供たちを愛おしそうに見て、本当に優しい顔で言った。


「君たちが生きていくこの世界を絶対に守り切る。そう誓う」


 ティムフェースが心の奥底からそう思っていると、フローレンスに伝わってきた。彼女は涙が止まらなくなった。




 赤子は二人とも男の子で、フローレンスが産んだ子がカミルシェーン、時間差で少し後にグラディアスが産んだ子はライドフェーズと名付けられた。双子とされ、秘密を知る者は父母以外には側近のセシルダンテだけ。双子の世話が大変という名目で、シキビルドで静養していたグラディアスが呼び戻される。

 フローレンスとグラディアスは久々に会うことになった。しかしカミルシェーンとライドフェーズが交互に泣きだし、二人とも子供の世話ばかりしてしまう。結局昔の話もこれまでの経緯も話すことなく、日常を繰り返す。

 グラディアスはカミルシェーンとライドフェーズのことが可愛くて堪らないようだった。常に自分より彼らの事を優先し、大切に愛おしむ。


 フローレンスのグラディアスへの想いは、行き場をなくしていた。


(グラディアス綺麗になったね。そしてとても柔らかくなった。私の愛していたときのグラディアスはもういない……)


「グラディアスは今幸せ?」


 フローレンスの問いにグラディアスは一度戸惑った顔をしながら、静かに言った。


「幸せだ。とても」


 グラディアスは悲しい表情になり目を伏せる。


「私にはフロウの気持ちも兄上の気持ちも、未だに分からない。予言のためにこれほど振り回される必要があるのか? でも私は自分の恋を諦めきれなかった。そんなどうしようもない私が……カミルシェーンとライドフェーズと出会えて、私の進むべき道がようやく見えたのだ」


 グラディアスはそっと椅子から立ち上がり、フローレンスの足元に(ひざまず)く。美しい紫色の目でフローレンスをとらえた。


「フロウ。君に最大の感謝を。やはり私は君のために何でもしよう」


 彼女はそう言うとフローレンスの手を取り口づける。

 これと全く同じことが前にあった。それなのに、なんと遠いところに来たのだろう、とフローレンスは驚いた。『王の母となる』と予言されたグラディアスは、ライドフェーズの母になっていた。


(良かった。彼女が幸せなら満足)


 そう思った時、フローレンスは急に意識を失いパタンと倒れそのまま動かなくなった。







「フロウ?」


 ティムフェースの声に驚き、フローレンスは目が覚めた。二人は見たこともないところに来ていた。


「王……。ここは一体」

「ここはフロウが知らない場所だよ。あえて言えば聖域の中だ。それより……」


 ティムフェースはフローレンスを抱きしめて、盛大なため息をついた。


「妖精との約束を隠してるなんて……。最後まで君はもう………」

「最後?」

「うん。色んな意味で。私たちはペルテノーラの神獣になった。国では私たちの急死で大騒ぎだ」


 ティムフェースの話は荒唐無稽だ。フローレンスは呆れるばかりだ。


「神獣ですか? 全く意味が分かりません」

「千年祭の話聞いてた? 神獣の御代(みよ)代わりだ。この世界は神々と、国を司る四体の神獣で支えられている。この国は他国と違って二人で一体の神獣になる。本当は父と母で務める予定だったのだけど、父王が急死しただろう? 急ぎ私が務めることになった」


 ティムフェースはこれまでの彼と違い、穏やかでのんびりして見える。フローレンスはずっと聞けなかったこと聞いてもいいのだと感じた。


「王はグラディアスと入れ替わって、私に会いに来てませんでしたか?」

「うん。行ってた。魔法でグラディアスの姿を映して。フロウが可愛すぎて何度も手を出した。ごめん。当時は気づいてなさそうだから、凄い罪悪感で死にそうだった」

「グラディアスに再会するまで気づいていませんでした……。実は今も王に聞くまで確信がなくて。というか、比べられないじゃないですか? 他の人としたことないし。だから多分私……」


 ティムフェースがフローレンスの口を手で押さえ、話すのを止める。彼の顔は真っ赤になっていた。


「わ、分かったから。私が悪かったから、もう止めてくれ。可愛すぎてこっちがもたないよ」


 フローレンスはずっと混乱していた。この場所に来てからの王の態度が、これまでと違い過ぎる。


「王が好きなのはグラディアスですよね?」

「それ演技」

「へ?」

「グラディアスを好きな君が、結婚を決めてくれるよう、とんでもない提案をしてくるよう仕組んだ」


 彼女は呆れ驚いた顔をすると、ティムフェースは切なそうに見つめ彼女の頬に口づけを落とす。


「苦労かけるのは分かっていた。それでもフロウが欲しかった。私はずるいから何も知らない君をだましたまま全てに巻き込んだ。ごめん」

「王は謝ってばかりですね」

「謝っても(ゆる)されない事ばっかりなんだよ。なのに神獣になることも未来のことも生きている人間には話せないから、説明もできなかった。君こそよく何も聞かず受け入れたね」

「王が必死だったのは分かっていたので……」

「本当にありがとう。……君がいたから役目を全うできたんだよ。これからは君のためにできる事をしていきたい」


 ティムフェースはまた彼女を優しく抱きしめる。愛情が伝わってくる。フローレンスの結婚してからの寂しい思いが癒されるようだった。でも……。やはり彼女が一番気になるのはグラディアスだ。


「あの。グラディアスのことは?」

「とっくに振られているよ。予言の子供のために口説いてたのはすぐばれた。そのくせ、あいつはどうせ産まないといけないんだったら、私が良いって面倒なことを……」


(それ本気で好きだったからです!)


 ティムフェースはうんざり顔だが、フローレンスはグラティアスの本音を知っている。彼は紫色の美しい目で彼女をじっと見つめ言う。


「父の予言だったんだ。とても能力(ちから)のある人で、本来神獣にふさわしいのは彼だったんだけど……。異世界からこの世界を壊す者がペルテノーラに入ってきてね。命を懸けて倒した。でもこの世界は全て(よみがえ)るから、すでにもうこの世界のどこかに戻ってきている。二人の子供にはそれぞれ役目があるらしい。君も……」


 ティムフェースはフローレンスの頬に優しく触れながら言う。


「君は異世界の記憶があるね?」

「なぜそれを……」

「結婚すると契約魔法をするだろう? そうすると相手のことが探れるんだ。それにパートンハド家の惣領にも忠告された。彼は異質なものを感知予知する」


 フローレンスは目を(またた)かせる。


「そんな能力(ちから)ってあるんですか?!」

「凄いよね。その彼が言ったんだ。君は異世界の望まない来訪者に対抗できると。そして父も言った。君の子供がその力を継ぐと」

「え?!」

「いくら子供が必要でも君が他の男と……。なんて我慢できなかった。だからごめん。すっごーく仕組んだ。言ってない事山ほどある」


 ずっとフローレンスの方を向いていたティムフェースは、くるりと背中を向け彼女から離れる。彼の栗色の髪がふわっと揺れる。フローレンスは慌てて追いかける。


「な、なにしたんですか?!」

追々(おいおい)言うので、今はこれまで。君が望んだ人付き合いが楽で、自由のある神獣生活についてあっちの部屋で説明するよ」

「私は結婚生活って言いましたよ……」

「まあ。同じようなものだろ? あと千年あるんだし。今度こそのんびりいこう。私もたくさん謝って許してもらえたら、君をもう一度ちゃんと口説く。そして、君を私だけのものにする。ようやくだ」

「せ、千年?!」

「聞いてなかった? 次の御代代わりは千年後。もちろん世界を壊すような大異変が起こったらそこまで持たないけど、グラディアスとカミルシェーンとライドフェーズがいるから大丈夫でしょ?」


 いつの間にかフローレンスに向き合っていたティムフェースは、彼女の栗色の髪に触れると、甘えるように顔を寄せ優しく口づけた。


(これって好きな人と一緒になれたということ? あれ?)




 ティムフェースの言う通り、何とか世界は壊されず神獣生活は千年続く。ティムフェースとフローレンスは力を合わせてペルテノーラと世界を守り切った。




 

 


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