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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
エピローグ
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第64話 エピローグ②

 夕方の四時過ぎ。そのまま電車には乗らず、バス停へ向かった。時刻表から、目的地と往復できるだけの時間があることを確認し、一つのバスに乗り込む。


 三十分ほどバスに揺られ、目的地で降りると、ビュウっと、これまで以上に冷たい風に煽られた。広い駐車スペースと、横長の建物が立つ道の駅で、レストランやお土産屋、特産品の直売所、観光案内所などが入っている。


 建物のすぐ裏には、砂浜と海が広がっている。ここは、夏場には海水浴場としてもにぎわう、海に隣接した道の駅だ。海に近い場所だから、本当に風が強い。


 観光案内所の建物に入り、階段を上って三階へ向かう。そこから屋外に出ると、展望台のようになっており、海を見渡すことができた。


 小学校低学年のとき、始めて両親に連れられて来た。中学のときも、母親と叔母さんの家族と一度来ている。とはいえ、その二回ともが海の開いている夏場だったため、こんな乾いた寒い季節に来るのは、三年前に母が死んだとき以来だった。


 こんな時期とはいっても、土日を利用してのドライブか、あるいは地元の人の買い物か、少ないながらもお客さんはいる。


 ただ、今、この広がる海が見える展望台には、自分一人しかいなかった。地上よりもさらに強い風に煽られながら、一番奥へ足を向ける。転落防止の、肩ほどの高さがある鉄柵の手前でとまり、目線を遠くへやる。


 広がる海。

 痛く冷たい風。

 冬の夕方の空、沈みかかったオレンジ色の陽が、辺り全体を薄く輝かせる。ブルーグレーの海が、光を反射して静かに揺れている。


 そんな景色がひたすら向こうまで続き、その先に、空と海の境界である水平線。

 視界を妨げるものは何もない。


 空も、雲も、太陽も、当たり前のものが当たり前にある。

 だけど何もない。

 いつも通りの世界の中で、何もない。


 この景色が好きだった。


 こんがらがった思考が、クリアになっていく。

 卒業式の前の数日間で何度も見た夢、その時の海の見える場所は、ここだと思った。


 夢で見た内容は、少しだけの事実と虚像。だけどその虚像の部分も、きっと、心の底にある潜在意識なのだろうと思う。歪んだ形にはなっているけど、大きな意味では、きっと。


 あの卒業式から今日まで、ほとんど寝付けなかった。外に出ることもなく、体力を使っていないせいかもしれないが、いろんなことが頭の中で渦を巻いていたのが大きな原因だった。


 市川さんのこと。卒業式の後、校門でのやり取り。もし「また」と言っていたら、何か変わっていたのか、変わらないだろうとは思っても考えてしまう。


 だけど、言うべきはたった二文字ではなかったはずだ。そしてそれは、卒業式の、あの時じゃない。もっと前。あのボウリングの日か、それより前、会わなくなり始めたときか、あるいはもっと前か。


 好きだと言ってくれた市川さんは、きっと期待していたはずだ。色んなことを話してくれた。楽しそうに。でも、僕は応えられなかった。朝井さんが言っていた「打っても響かない」はそういうことだろう。


 朝井さんが声をかけなければ、改めて市川さんとは会うことは無かったはずだ。それなのに、何で今さらこんな感情がまとわりつくのか。


 そんなことは、考えるまでもない。


 僕は、僕が嫌いだ。

 自分の言動には自信がない。過去の自分の言動や思考を振り返ったとき、粗ばかりが見える。だから、たらればを考える。もし違ったことをしていたなら、と。


 ホームルームでの先生の言葉がよぎる。いろんなことを経験して、選択肢を増やしてほしい、と。そもそも、選択肢を持てる人自体が選ばれた人だ。


 きっと、これまでだったら、そう思っていた。

 だけど今は、自分にも選択肢が欲しいと思えた。もし違う選択肢を持っていたら、何かを変えられたかもしれない。


 これから先、何かあるかは分からないけど、何かあったときに、ちゃんと選びたいと思えた。


 就職すること、それはちゃんと選んだ結果なのか。大学に行ってやりたいことがあるわけではないし、そこで何かが変わるようにも思えず、だから、現実的に一番周りに迷惑をかけない方法は何か、そう考えて選んだ。


 叔母さんは大学を勧めてくれたし、先生も相談の場を設けてくれた。だけど実際のところ、僕は聞く耳を持っていたのか。周りから入ってくる言葉を、聞くふりだけして聞き流していたような気がする。自分が決めたことを変える気はなかった。


 そんなかたくなになっていた自分が、ついさっき、車の中で叔母さんが話してくれたことをきいて、さらに嫌になる。


 僕の知らないところで、進路について先生に相談に行っていたことがあるらしい。そこでやっぱり大学のことを相談して、先生は「可能があるならその方が良いのではないか」と言い、そして「水穂くんなら普通に勉強すればそれなりのところには入れる」そうも言ったと。


 先生は何も言わなかった。何も言わずに、最後のホームルームを終えた。こちらの考えを尊重してくれていたということだ。そして先生が言ったことはもう少しあるらしい。


『水穂くんは、頑固なところはあるけど、自分で考えて行動ができる子だから、どうしても他の躓いてしまう生徒を優先してしまって、あまり話してやれなかったことが申し訳ない』

 それから、

『水穂くんには必死になることと、手を抜くことを覚えて欲しい。彼はずっとそのはざまにいる。メリハリをつけることを覚えて欲しい』


 ホームルームでかけられた言葉は「決して無理はしないように。あともっと羽目を外してもいい」だった。そこに込められた言葉の意味。


 よく見ている、よく知っている。気にかけてくれる人がいる。

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