表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月28日(月)
54/66

第53話 2月28日(月)⑪

 いつの日だったかと同じように、香澄ちゃんと二人で歩いていた。

 言わなければならないことがある。頭の中でそれを必死に手繰り寄せる。


「竜くんとはどうなった?」

「うん、結局駄目だった」


 あっさりと、そんな言葉が返ってくる。心臓の鼓動が早くなる。


「そっか」


 感情を取り繕って相槌を打つ。


「ごめんね、心配してくれて」


 そして香澄ちゃんは、間をおかずに聞き返してくる。


「でも、泰樹くんは大丈夫なの?」

「え?」

「泰樹くんは?」


 有無を言わさぬような口調。


「大丈夫だよ」


 気圧されながらも返事をする。


「本当に?」

「うん。心配してもらうことなんてないよ」

「そっか」


 香澄ちゃんは一つ息を吐いて、呆れたように、


「いっちゃんにも、そんな感じだった?」

「どういう意味?」

「何も言わなかったのかってこと。自分のことを隠してる。いっちゃんは泰樹くんのこと、もっと知りたいって思ってたはずなのに。一緒にいて気付かなかった?」

「自分のことを知って欲しいなんて思ったことはないよ」


 嘘だ。強がりだ。香澄ちゃんは少しの険を見せ、


「そういうことじゃないんだけどね。泰樹くんは何処までもひとりなんだ」

「そうだね」

「肯定しちゃうの? 泰樹くん、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だよ」


 だんだん泣きそうになってくる。体の奥の方から、何かせりあがってくるものがある。


「大丈夫なわけないでしょ。いっちゃんは、泰樹くんのこと好きだったはずだよ。泰樹くんはどうなの?」


 最近、同じことをどこかで誰かから聞かれた気がする。そのときは――。

 あのとき、いつかの学校の放課後、市川さんの言葉がよみがえる。


『今度の休日、二人で遊びに行かない?』


 そう言いながら浮かべた恥ずかしそうな笑みが、とてもかわいいと思った。二人で映画を観に行った。ファミレスでご飯を食べた。そのときに、ボソッと言った。


『あたし、水穂くんのこと、好きだよ』


 驚いた。びっくりした。そして何より、嬉しかった。それに応えたいと思った。舞い上がっていただけかもしれないけど、確かにそう思った。


「でも僕は、好きって言われたから好きになっただけなのかもしれない」


 その口から吐き出されたそんな言葉に、香澄ちゃんは呆れにも似た溜息を吐く。


「それが何? それっていけないの? 別にいいじゃん。ここが好き、あそこが好きって思って、言ってあげなきゃってこと? 確かにそれは嬉しいし、そうして欲しいとも思うけど、でも、多分分かってると思うけど、いっちゃんってそんなに前に出る方じゃないから、だから、泰樹くんとのことは、相当頑張ったんだと思うんだ」

「そう、かな」

「冗談だよね? 怒っていいのかも分かんないけど。泰樹くんってそんなに難しい性格だったっけ。勝手に自己完結しないでよ。それじゃあ何も伝わらないよ」

「市川さんのことは、悪かったと思ってる。会おうと思わなかったわけじゃないけど、元々こっちから誘うことは少なかったし、秋くらいになってからは大学受験もあったし、塾は何曜日だったかな、とか、追い込みの時期だし、とか、今まで誘わなかったのにどうして今になってと思われないか、とか。色々考えてしまって、気が付いたときにはどうしようもなくなってた。悪いのは、僕だよ」


 矢継ぎ早に言葉をつなぎ合わせた。なんでこんなに必死になるのか。なんで。


「そうやって、自分をごまかすんだ?」


 また呆れたように息を吐かれる。他に何を言ったら納得してくれるだろうか。

「女々しいね。過ぎたことをいつまでも悩んで、言いたいこともろくに言えなくて、それでまた悩んで。自分の頭の中だけで考えて、内にこもって自分を責めて。いくら表面を装ったってしょうがないよ」


 香澄ちゃんには似つかわしくない、強く攻めるような口調だった。


 だけど痛い言葉だった。本当のことだ。何も言い返せない。でも、言い返さなければならない。終わりにしなければいけない。


「言いたいことは今言った。それに装おうと思ってるわけじゃない」

「言い訳だよ、嘘ばっかりついて」

「いつも言い訳をしてるとは思ってない。嘘だって……」


 その後の言葉をはっきりと言葉に出すことができない。当たり前だ。


「泰樹くん、本当に面倒くさいね」


 顔を上手く見れない。というより、なんだがよく見えなかった。目の前の香澄ちゃんは、泣いているようだった。でも、その輪郭自体がはっきりしていない。なんだか視界すべてに靄がかかったような――。


 ふと、デジャブを感じた。こんな場面、最近見たような気がする。


 ――夢だ。これは夢だ。

 前にあったこの状況は夢で、今のこの状況も夢だ。


 そう自覚すると、目の前の香澄ちゃんは消えていた。

 嫌な気分だ。こんな夢は見たくない。目を覚まそうとする。頭の中で「起きろ、起きろ」強く念じてみる。


 ふと、どこか見覚えのある場所にいた。海の見える場所。少し高い場所から海を見下ろしている。


 しかし気持ちのいい海風は感じられない。一面海が広がっているはずだが、視界に靄がかかっていてよく分からない。右を向いても左を向いても同じだった。それでも、なぜかそれがそこだと分かっていた。


 不意に、背後から声が聞こえる。


「やっと来た。待ってたよ」


 振り向くと、市川さんがすぐそこにいた。


「聞いたよ」


 満面の笑みでこちらを見る。


「辛かったでしょ。苦しかったよね」


 その声には、心からの同情が乗っているように感じた。


「でも、もう大丈夫よね。一緒の大学に行くんだし。一緒にいれば、きっと、どんなことでも乗り越えられるような気がしない?」


 恋愛の歌詞にでも出てきそうな、どこかセリフがかったものだったが、市川さんは笑って励ましてくれて、それでいて市川さん自身も嬉しそうに見えた。僕も嬉しくなる。


「これまでのことなんて気にしないでいいよ。ねぇ、本当のことを言って。水穂くんの本当の気持ちが聞きたい。自分に嘘はつかないで。そうしてくれると、あたしも嬉しい」


 考える。自分の言いたいこと、本当の気持ち。


「僕は――」

「うん」


 言葉に口にする前に、市川さんは頷いた。


「あたしも、同じ気持ちだから」


 目の前の市川さんは、全てを理解していた。

 何もかも、都合が良い。


「ねえ水穂くん。あたしと――」



 そこで、目が覚めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ