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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月28日(月)
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第51話 2月28日(月)⑨

 朝井さんの涙の意味は、そこにあった。本人が口にした「何も知らなかった」の一言につきる。何も知らず、無理矢理つき合わせてしまった。そのときの瀬川くんの感情を想像したのだろう。自分はひどいことをした、ひどいことを言った。知らなかったから仕方ない、そんな無責任にはなれない。


 その後も、朝井さんは二人で話そうとしたが、瀬川くんは拒んだ。話をするとなれば、この話をしないわけにはいかなくなる。だからなのか。


「それで、死んだっていうのも、昨日、聞いた」


 瀬川くんが声を落とす。

 江川くんのことだ。


 少し間をおいて、瀬川くんは続ける。


「それでさ、まあ母親も親父とか、事故の相手にも会ってたんだろうな。だいぶ参ってたみたいで。それでさ、母親が泣くんだよ。俺に泣きながら謝るんだよ。『ごめんね、子供は親を選べないからね』って、バカみたいなこというんだ。あの、いつも怒ってばっかの母親が」


 瀬川くんのお母さんのことは僕も知っている。確かに、小さいころ瀬川くんをよく叱っていたイメージはある。背の高い人で、失礼な表現ではあるけど、威圧感は会ったかもしれない。


「正直さ、母親の顔、久しぶりに正面から見たよ。そしたら、ずいぶん自分のイメージと違っててさ、こんなに頬が緩んでたっけとか、しわがあったのかとか、白髪がずいぶん増えてるとか……いや、なんでもない」


 瀬川くんは、また自虐的に笑みを浮かべて言葉を切ると、


「ごめんごめん。悪いね、変なこと言って」


 そう続けた。

 とりわけ、僕に対しては素直なように見えた。


 でもなんとなく、その理由は想像できる気がした。距離感が、絶妙だから。仲がいいわけでもなく、だけど、知らない相手でもない、その距離感。


 仲の良い友人を相手にすれば、それまでの付き合い方がある。瀬川くんを見ていると、相手に弱みを見せることにはとても抵抗を感じるんじゃないかと感じる。だけど、僕相手だとそういった前提がないから、普段とは違う装い方ができる。攻撃的な感情を抑えなければならないという自制が働く。でも、何も知らないわけじゃないから話すことに抵抗は少ない。家族のこと、両親が離婚したことを知っているから。


 元々事故の話をするつもりでいたのかは分からないけど、さっきの朝井さんと同じように、誰かと何かを話したいという感情があったのだと思う。事故の次の日だったという久しぶりに話したあの日、瀬川くんは僕と話せて「良かった」と言った。本当に不思議に感じたけれど、あの日は、誰でもよかったけど、偶然だけど僕に会えて、攻撃的な自分を出すことなく話ができて、どこか、落ち着けた部分があったのではないか。


「香澄ちゃんも心配してるよ」


 とても重い言葉だとは分かったが、言った。


「そうだろうな」


 自分の感情を吐き出せたからか、柔らかい口調だった。そしてさらに続けた。


「あいつは中三のとき、勉強を教えてくれたんだよ。今の高校に行けたのもそのおかげだった。ついでに反抗期ってやつかな、母親に対してもそうだけど、結構いろいろやんちゃなこともしてて、でもなんか香澄と話してたら落ち着いたんだ。付き合ったのはそのくらいからだった。」


 万引きとか、たばことか、そういうことだろう。


「ただここ最近、というか高三になってくらいかな、また同じような感覚になったんだよな。さすがに中学ん時みたいにはしなかったけど、ただイライラして、進路先を決めなかったのも、ただの反発みたいなものなんだ。なんとなく周りに会わせるのが嫌だった」


 瀬川くんは、自分の感情を改めて確認するように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「多分、ただの意地だ。香澄には中学の時に勉強教えてもらったり、それ以外にかっこ悪いところを見られてるから、これ以上、下に見られたくもなかった。だから本当のことなんて話せなかった。意地になってる自分はバカみたいだとも思ったけど、それでも」


「その感情を、そのまま言ってみたら?」


 そう聞いてみると、瀬川くんは「はっ」と息をはいて笑った。


「そんなにかっこよくもなれないよ。無理だよ。もうそういう関係なんだ。思ったことを言えない。多分、向こうもそうだよ」


 どこか、諦めたような口調だった。朝井さんの前でも、きっと他の友人の前でも、うまく自分が表現できない。だから、僕の前に現れたのか。そんな考え方はうぬぼれかもしれないけど。


 そうして、瀬川くんが部屋にいたのは一時間くらいだろうか。


 コップのお茶を飲み干すと、「じゃあ俺はこれで」と立ち上がった。もう、朝井さんからは逃げ切ったと思ったのだろうか。それとも、感情を吐き出した相手に、このまま顔を合わせているのは気恥ずかしいのか。


「帰るの?」

「そうだな、誰もいないけどな」


 それから玄関で靴を履いているとき、もう一度聞いた。


「明日は学校来るの?」

「どうかな、卒業式だろ、行ったところでな、退学届出したし」


 その言葉に返事をできずにいると、


「そもそもこんなことがあればな、どうなるか分からないし。母親も親父のことをあんま詳しく教えてくれないし、どうなってんのかな。ま、泰樹くんは気にしなくていいよ。俺のことだから」


 無理だよ。気にしないというのは。

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