第46話 2月28日(月)④
早歩きで帰路についた。住宅街に入り、アパートの入り口前に立っている人影を視界に入れ、小走りで駆け寄る。
瀬川くんは、土曜にも見た私服姿で、例のかつらも付けていた。
「ごめん、待ってた?」
「いや。悪いね、これから遊びに行く予定だった?」
「大丈夫だよ」
二人と別れた後、瀬川くんから『今どこにいる?』というメッセージをもらっていた。『もうすぐ帰るところ』と返すと『じゃあアパートの前にいるわ』と返信が来た。
時折硬い表情を見せていた岸くんへの思いが残りつつも、頭の中は、再び目の前の瀬川くんと朝井さんのことで蠢き始めた。
「どうしたの?」
「いや、今日も学校サボったんだけどさ」
瀬川くんが悪びれもなく言う。卒業式のリハーサルでいなかったのは、やはりそういうことだったらしい。
昨日は結局、朝井さんとはどうなったのだろう。話はしなかったのだろうか。
「ちょっとここに逃げてきたんだ」
「……逃げて?」
なんとなくの意味を察しつつも、聞き返す。
「家にいると、前みたいに香澄が来るかもしれないからな」
バツが悪そうに見えたのは、僕に対してのものか、朝井さんに対するものか。
「香澄ちゃんから逃げてるの?」
「ああ、なんか話がしたいとかって昨日からうるさくて」
まともに話は出来なかったようだった。改めて、昨日朝井さんに話した自分の言葉が本当に良かったのか、考えてしまう。
そんな嫌な緊張に体を支配されそうにな状態で、かばんの中にある携帯が震えた。あたふたしながら携帯を取り出して、その名前を見る。
思わず瀬川くんへ顔を上げた。
瀬川くんもすぐにその意味に気付いた。
「香澄か?」
「うん、電話」
「俺のこと聞かれたら、知らないって言っといて」
「……うん」
曖昧に頷き、迷いながら電話をとった。
『もしもし?』
電話の向こうから、焦りを抑えているような、上ずった声が聞こえてきた。
「もしもし」
『泰樹くん? あたしだけど』
「うん、どうしたの?」
『あのさ、今日、竜のこと見ていない?』
――。
「あ、うん……」
罪悪感がありつつも、頷くことしかできなかった。
『そう……。あいつ、今日学校休んでてさ。携帯も出ないし。それで今マンションの部屋に来たんだけど、いないみたいで……』
「……うん」
当然だ。目の前にいる。瀬川くんの読みは当たったわけだ。
『あのね、昨日、泰樹くんと会った後、話そうとしたんだけど、でも、まともにできなくて……』
「うん」
頷く以外の行動ができない。
『じゃあ、もし泰樹くんのとこに来ることがあったら、教えてくれない?』
「うん……」
『お願い。また電話するかも』
「うん」
間をあけず聞こえてきた「ツー」という機械音が、朝井の急いた感情をこれ以上ないくらいに伝えてきた。
ゆっくりと携帯をしまい、ゆっくりと顔を上げて瀬川くんの方を見た。
「探してるみたいだよ」
なるべく平静を保って言葉を出した。しかし表情を作る必要などなく、瀬川くんはこちらを見ていなかった。そっぽを向いたまま、面倒くさそうに口を開く。
「いいよほっといて」
「いいわけないと思うけど」とは言えなかった。それだけ棘のあるものだった。
どうすればいいのだろうか。
「とりあえず、部屋に入る?」
「悪いね」
こんな場所で、冷たい風の中での立ち話も何だからと、二階の自分の部屋へ瀬川くんを通した。
一方で、朝井さんへの罪悪感に支配される。その場の流れに身を任せてしまった。どちらの味方をする、という考え方ではなく、ただ目の前にいる瀬川くんの言葉に従っただけだ。先に頼まれたから、という言い訳は用意できるが、ただ嘘をつきやすい方に嘘をついただけ。目の前にいる瀬川くん、電話の向こうにいる朝井さん、そんな立場の違いだけが、僕の行動を決めた。




