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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月28日(月)
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第44話 2月28日(月)②

 五組に顔を出してみようかと思ったが、昨日、的外れなことを言ってしまったのかもしれないという考えが行動を止めた。周囲に人がいる状況で顔を合わせることになるという想像も、億劫さを助長する。かわりに、早々に校門を出て携帯の電源を入れた。


 瀬川くんか朝井さんから電話があるかもしれない、そう思ってのことだったが、何もなかった。こちらから電話してみようかとも悩む。だけど、やっぱり言い訳がよぎる。昨日、二人は何らかの話をして、今はまだその途中なのかもしれない。でしゃばることで余計な感情を与えてしまうかもしれない。そう考えると、何もできなくなった。


 乾いた冷たい風が吹く中、国道沿いの歩道、アパートへ向かって歩いた。もうすぐ三月になるという晴れた日でも、季節はまだ冬、寒い。


 しばらく一人で歩いていると、後ろから自転車で走って来た岸くんと鶴木くんが、ブレーキを鳴らせて隣へ付けてきた。


「おっす、ミズホちゃん」


 大柄な鶴木くんが軽く手を上げる。

 瀬川くんと朝井さんのことが頭にありながらも、表情をつくり直して二人を見る。


「おはよう」 


 帰宅中ではあるが、今日顔を合わせるのは初めて、かつ午前中のため、そう返した。それが間抜けに感じたのか、鶴木くんはちょっとおかしそうに笑う。相変わらずのブレザー姿で、コートもマフラーもつけていない。


 隣の厚着の小柄な岸くんも同じように笑っていたが、少し表情が硬いようにも見えた。どこか不自然な笑みに見える。そう感じて視線を止めていると、岸くんは弁解するように声を上げた。


「にしても今日のリハーサル、だるかったよなぁ」

「ああ、超眠かったわ」


 鶴木くんが同意する。


「全員の名前を呼ぶ必要はないよな。流れを確認するだけなら、最初と最後のやつだけでいいと思うんだ」


 六クラスある三年全員の名前が呼ばれ、それだけで一時間近くかかっていたことを考えれば、頷けるものだった。リハーサル時間の七、八割を占めていて、その間は大半の人には関係が無い。


「先生の練習も兼ねてるんじゃないの? ぶっつけ本番でやるより一度やっておきたいって感じで」


 僕がそんなことを言うと、岸くんが呆れたように、


「ミズホちゃん適当に言ってるだけだろ」

「名前を呼ぶ練習なんて、家で一人でやりゃいいじゃん」


 鶴木くんがそう繋げると、岸くんが「ふっ」と噴き出した。


「家に帰って一人で生徒の名前を呼ぶって、その絵を想像するとすごいシュールだ」


 鶴木くんもこらえきれずに噴き出した。その様子を見て、僕も笑う。岸くんの硬かった表情は気のせいだろうか、と、一度それは置いておくことにした。


「でもあれ、緊張するよね」


 ステージ上で証書をもらうときのことを言う。


「ああ、ミズホちゃんあがり症だっけ」

「うん。かなり緊張した。膝が笑ってた」


 だが鶴木くんは不思議そうに首をひねる。


「どこに緊張する要素があるん?」

「お前が神経太すぎるだけだ」


 岸くんはからかうように笑る。


「お前も緊張したんか?」

「少し」

「ただ紙をもらうだけなのに」


 もちろん、ただ紙を貰うだけの場面を生徒全員が集中して見ているとは考えづらい。退屈であくびをしている生徒も、居眠りをしている生徒も少なからずいるだろう。だけど、そんな正論が頭にあっても、緊張するのはどうにもならない。


「何百人の前に立つなんてこと滅多にないからさ、慣れてないことをすりゃ少しは緊張するだろ」


 岸くんが言うも、やはり納得がいかないのか、鶴木くんは眉をひそめる。


「そんなもんかな。でも、本番はもっと人多いだろ。一、二年もいるし、三年の保護者も入るんだろ? うちの親も行くって言ってるし――」


 瞬間、息を飲んでしまう。

 そんな自分をごまかすために苦笑いを浮かべ、とっさに言葉を返す。


「それは思ったよ。本番はもっと人がいるんだろうなって。だから、卒業の認定だけしてくれればいいから、卒業式なんてやらなくていいと思うんだ」


 すると、二人があきれたように笑う。


「すげー後ろ向き」


 普段のそれで言えていただろうか。愛想笑いをしながら思う。

「親」という言葉。朝井さんはそのことを随分気にしてくれていたようだった。そんな昨日のことがあったから、いや、そんなことが無くても、意識してしまっただろう。


 岸くんも鶴木くんも、そのことは知っている。だけど二人の様子を見ると、別段気にしているふしはなさそうだ。頭から抜け落ちているだけかもしれない。こういう場で、あえてそんなことを考える必要も意味もない、そんな感覚だろうか。何にせよ、とても救われる。


 気心の知れた友人との会話は、その場の心地よさに身を任せることができた。瀬川くんや朝井さんと話すときはやはりどこか力が入っていたかなと、改めて確認させられたような気もした。


 だけど、もし僕が逆の立場だったら、それを想像すると、気にしてしまうかもしれない。朝井さんが話してくれた、声をかけづらかったという感情は、容易に想像できる。

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