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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月28日(月)
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第43話 2月28日(月)①

 二月二十八日、月曜日。


 朝の七時を告げる目覚まし時計が、無機質な電子音を響かせていた。

 続く寒い冬の朝。寝不足のせいか、全身がだるい。


 夢を見た。夢で見た光景が頭の中を巡る。夢だと分かっていても、いい気分ではなかった。


 いつもより重たい体を起こし、布団たたんで押し入れへ突っ込むと、顔を洗って、歯を磨いて、制服に着替える。空腹感はあるが食欲はない。それでも食パンを牛乳で無理やり押し込んで、学校へ向かった。


 冬晴れの空は、澄んだ水色が広がっているが、心の中はその逆で、どんよりしている。嫌な気分だった。なかなか頭から離れない。今日の夢もまた、はっきりと残るものだった。その内容を繰り返すことができる。そして、今までにないくらい強烈だった。


 どうしてあんな夢を見るのか。

 道徳的とか、倫理的とか、そんなことは関係なく、ありえないことだ。あんなことは、僕には特に。


 もちろん、たかが夢ではある。

 朝井さん。昨日のことがあるかあらだろうし、あのときの瀬川くんと朝井さんが頭に残っているせいもあるだろう。人が人に敵意を剥きだす場面を、目の前で初めて見た。


 市川さんのこともそうだ。市川さんとは、おとといに会ったあれが最後になるだろう。そう割り切っているはずなのに、昨日もあんな夢を見て……。

 夢は所詮夢でしかない。そこに意味なんてない。そう言い聞かせる以外なかった。


 学校では朝のホームルーム後、三年の生徒全員が体育館に集まった。卒業式のリハーサルが行われる。

 クラスごとに並べたパイプ椅子に生徒みなが座ったところで、学年主任が前方のステージ上に立ち、大まかな流れを説明した。それから、通しで最初から行うことになる。入場から始まり、再び並んで座り、卒業証書の授与。


 ステージ脇のスタンドマイクでクラス担任が生徒の名前を呼ぶと、ステージ上左袖で待機している生徒が「はい」と返事をする。そしてステージ中央で学年主任から卒業証書に見立てた白紙を受け取る。全員の注目が集まるステージ上を一人で歩くその光景を見ながら、きっと緊張するだろうなと思った。


 そして案の定、一組が終わり、二組である自分の番近づいてくると、徐々に緊張が高まって来た。出席番号が三つ前の生徒が呼ばれたとき、それまでの流れの通り、椅子から立ち上がり、前方へ向う。さらに一つ前の生徒が呼ばれ、ステージ左側に設置された階段を上り、そこで待つ。そして、当たり前の様に自分の番になる。


「水穂泰樹」

「はい」


 返事をしてステージ中央へ向かう。ひざが笑っていて、ちゃんと歩けているか不安だった。ステージ中央で皆がやっていたのと同じように、両手で丁寧に白紙を受け取ると、体を返してステージ右へ抜けた。そして、ステージから降りようともう一度体の向きを返したとき、体育館全体の光景が目に入る。


 広い体育館。前方のみに人が密集しているのとは対照的に、後方は誰もおらずガランとしている。今日のリハーサルは三年のみで行われていているため、本番ではその空いている後方に一、二年の生徒、それに卒業生の保護者が入ることになる。それを想像すると、もっと緊張するだろうなと、憂鬱になった。


 ともあれ、無事に自分の番を終えて椅子に座ると、徐々に緊張が解け、思考が瀬川くんと朝井さんのことに切り替わった。

 朝井さんは、瀬川くんと話すことを頑張ると言っていた。あの後、どうなっただろうか。うまく話せただろうか、そうあって欲しい。二人は同じクラスだから、今朝も顔を合わせたはずだ。そのときはどうだったのか。そんなことを考えながら、その名前が呼ばれるのを待っていた。


 しかし、瀬川くんは来ていなかった。


 五組の順番になり、その中で「瀬川竜」と名前が響いた。

 だけどその生徒の姿はない。すぐに次の生徒の名前が呼ばれ、その生徒がステージ上を歩いた。


 瀬川くんが、学校に来ていない。


 二組には受験のため学校を休んでいる生徒がいたが、その生徒の順番が来たとき、本人はいなくとも、名前だけは呼ばれていた。それと同じ扱いだ。でも、瀬川くんには受験も就活もない。金曜日は体調不良だと嘘をついて学校を休んだらしいが、今日も同じだろうか。


 同じ五組の朝井さんは来ていて、ステージ上に姿を見せ、しっかりと返事をした。市川さんも同じだった。ステージ上の二人の姿を見た時、不意に今朝の夢が頭をかすめたが、それよりも何よりも、瀬川くんはどうしたんだろうというざわついた気持ちから逃れられない。


 朝井さんと上手く話すことができなかったのか。さらにこじれてしまったのか。顔を合わせたくなくて学校に来ていないのか。もしかして、僕が朝井さんに言ったことはまるっきり見当違いで、でもそれを朝井さんは話してしまって、その結果がこれなのだろうか。


 不安だけが頭の中に充満していくが、何もできることはなく、滞りなく進むリハーサルに流されてい行くだけだった。


 卒業証書の授与が終わると、来賓の祝いの言葉やらなにやら、代理として学年主任がステージ上に上がり、何も話すことなく、最初と最後の挨拶だけを進行役の教師の掛け声に合わせて繰り返した。


 一時間強かけて一通り終えると、学年主任から簡単な総括があり、最後に校歌の斉唱、退場の流れを確認してリハーサルは終了となった。


 そして、クラスでの簡単なホームルームの後、今日も午前中のうちに下校になった。

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