第42話 2月27日(日)⑭
「やっぱり泰樹くん、悩みがあるんじゃないの? あたしで良ければ相談に乗るよ?」
いつもの学校からの帰り道。隣を歩く香澄ちゃんが聞いてきた。
優しげな口調に、うつむく。
「何にもないよ」
「言葉に出すだけで楽になることもあるから」
どこかで聞いたような言葉だったが、何か、とても癇に障る言葉だった。
「泰樹くんって全然相談とかしないよね。そんなに苦しんでるのに。他人が信用できない?」
「苦しんでないよ」
「そんなことないでしょ。そんなにため込んで」
「……他の人は、きっと、もっと色んな悩みを持ってる」
嫌な感情が湧き上がって来るのを抑えきれず、つい言ってしまう。
「ほら、悩みがあるってことじゃん。苦しみを人と比べる必要なんてないよ」
「ただのわがままだし、自分で解決しなきゃいけないことだから」
「そんなこと言わないで。あたしなんかじゃ泰樹くんの立場を理解するのは難しいかもしれないけど、いつから悩んでるの? 何について悩んでるの? 最近のこと? 将来のこと? 周りはみんな進学で、泰樹くんだけ就職だもんね」
「別に、悩みなんてない」
無意識に、投げ捨てるような口調になってしまった。しかし香澄ちゃんは気にする様子もなく、言葉を続ける。
「おじさんとかおばさんのこと? それともいっちゃんのこと? それとも――」
「いいから。何もないって」
何度も同じことを言わせないでほしい。
「泰樹くんがあたしを避けてたのは、亡くなったおじさんやおばさんのことを気にしてたからじゃないの? あたしに気を遣って欲しくないって思ってたんでしょ? 一番気にしてるのは泰樹くん自身なんだよ。だから、そのことを知ってるあたしや竜の存在に敏感になってる」
いつ、誰がそんなことを言ったんだろう。それは、そっちの感情じゃなかったか。
「そうだよ、あたしも竜も、泰樹くんのことをそういう風に意識してたから、すれ違っちゃったんだよ」
だとしても、どうして今更そんなことを言うのか。
「今だから言うの」
なんで。
「まだ終わらない。そう言って欲しいんでしょ?」
意味が分からない。
その言動にカッとなった僕は、その顔を見据えた。
――。
ふっと、何が起きたのか、香澄ちゃんは何かの勢いに押され、尻もちを付いた。
不思議な気分になる。
この景色はなんだ。これは、僕のやったことなのか。どこかで見たようなもの、デジャビュを感じる。
なんとなく、視界がぼやけている。一面靄がかかっている。目の前のそれが、なんであるのか、よく分からなくなってくる。
何もかもに、違和感がまとわりつく。
――。
気が付くと、どこかを歩いている。知っている場所だ。直感的にそう思った。
でも足が重い。まるで自分の足ではないかのようだ。腿を上げ、踏み出しているはずなのに、感覚は鈍く、動いているのかどうか分からない。前へ進んでいるのかも分からない。
視界は変わらず靄がかかったように不鮮明。息苦しい気もする。
しかし、その場所にたどり着いた。
海が見える。
展望台の様な場所から、海を、水平線を眺めていた。
そして不意に、隣から声が聞こえた。
「水穂くん、待ってたよ。来ると思ってた」
市川さんだ。笑顔で、軽く手を振っている。
「ここ、いい景色だよね」
そう笑顔を見せると、僕の顔を見据えて唇を結ぶ。
「ちゃんと話さなくちゃいけないと思って」
つい最近、同じような言葉を聞いた気がしたが、よく思い出せなかった。
「聞いてもいい?」
これもだ。どこかで聞いたような……。
「水穂くんは、あたしのこと、好きだった?」
聞いた瞬間、体がカッと熱くなった。
「好きだった」
はっきりと言った。
そして手を伸ばし、乱暴に力を込めて市川さんの腕を掴んだ。体を引き寄せる。
唇を寄せた。
力任せにその場へ押し倒した。もう一度、唇を寄せる。何度も繰り返した。胸をまさぐる。期待した感触がない。強引に服を脱がしにかかった。
目の前の、香澄ちゃんが、どんな表情をしているかなんて、どんな思いでいるかなんて、気にもならなかった。ただ、自分の衝動のままに体が動いた。
体が熱い。興奮している。
もっと。もっと。
――。
ジリリリリリリリリ。
どこか遠くの方で、何かが聞こえる。
そこで、目が覚めた。




