第39話 2月27日(日)⑪
なんとなく周囲の流れにのって笑っていると、福岡さんがこちらを向いて申し訳なさそうに謝った。
「悪いな。話が大分ずれちゃったな。水穂が主役のはずなんだけど」
「いえ、そんなことないです」
実際、感じたことのない感覚を多く味わっていた。
「まあ、水穂もこれからの話ってことで」
川岸さんがそう言って、背中をバシンと叩いた。
と、そこまでは落ち着いた話だったのだが、時間が経つと、いわゆる「酔ってきた」状態なのか、川岸さんが妙なテンションで絡んできた。
「水穂もちょっと飲んでようぜ?」
ビールを勧めてくる。すると福岡さんが間に入る。
「やめとけ、マジで」
「俺は明日休みですよ。二月も三月も休みなんで暇なんすよ」
「何の理由にもなってねぇし、お前のことはどうでもいいよ」
そうたしなめられると、今度は箸のすすんでいた藤野さんにちょっかいを出し始める。
「つーか、美衣ちゃん食べすぎじゃない? だからそんなになるんだよ」
「……そんなって何? どういう意味?」
藤野さんがフッと冷めた視線を向けた。ちょっと酔っているせいなのだろうか。それに対し、川岸さんはさらに続ける。
「いや、見た目どおりじゃん」
「は? ひどくない? 適当なこと言わないでよ。そんなことないよね~、水穂くん」
なぜか巻き込まれた。
「そう、ですね……」
「水穂、そういうときは嘘でもかわいいから大丈夫ですって言っとけ」
「あ、と、かわいいので大丈夫ですよ」
「嬉しくない! 棒読み!」
「猫なで声も気持ち悪いって言ってやれ」
「うるさい死ね」
なんだかよく分からない掛け合いに参加させられていた。しかし藤野さんはヤケになってる感じもするが、嫌なことでもあったのだろうか。
「ま、こういう状況に最初はびっくりするだろうけど、そのうち慣れるよ。本当の酔っ払いはもっとひどいからな。ドラマとかで見るろれつの回らない演技も、全然おおげさじゃないって分かるから」
冷静に言ってくれた福岡さんだったが、二人に比べるとあまりお酒に強くないのか、顔が真っ赤だった。
「自信ないです」
二人を見ながら言うと、
「大丈夫、俺も付いていけないから。二度とこいつらとは飲みたくない」
福岡さんはあははと笑った。
そうして十時を回り、店を出た。冬の冷たい風にさらされ「寒っ」とみんなで身を縮める。
「遅くなって悪いな。まぁこれも付き合いの一つだと思え」
福岡さんにそう言われるも、首を振る。
「いえ、ありがとうございました」
「いやいや、俺も水穂には助けてもらったから、ありがとうな」
福岡さんが労いの言葉をくれる。ストレートな感謝の言葉はかなり突き刺さる。
川岸さんと藤野さんも同じようにこちらを向き、
「お疲れ~」
「お疲れさま。ありがとうね」
そう声をかけてもらい、頭を軽く下げる。
「ありがとうございました」
「ま、あのスーパーに来ることがあれば顔出せよ。後一年か二年くらいは俺もこいつらもいるだろうし」
「はい」
「じゃあな、気をつけて帰れよ。元気でな」
「はい、お世話になりました」
そうして、三人は駅の方へ歩いて行き、僕は反対方向にあるアパートのある住宅街へ歩みを向けた。
少し疲れたけど、でも嫌な気持ちはなかった。なんとなく終わるであろうと思っていたバイトの終わりに、節目ができたような気がした。感謝されるようなことは何もしていないけど、感謝の言葉をもらえて、単純に嬉しかった。バイトをしていた二年半という時間が、何か、形になった気がした。




