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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月24日(木)
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第3話 2月24日(木)③

 岸くんも鶴木くんも、今は同じクラスではないが、小、中、高と、ずっと同じ学校で、何回か同じクラスになったこともあり、気心の知れた仲だった。こうやって集まることも時々ある。気を遣わずに済む、何を口にするかを頭で考えることなく言葉を出せる、そんな居心地のいい時間だった。


 店内に入ると、ここでも朝の中途半端な時間帯のせいか、客は少なく、三人で座れる席もすぐに見つけられた。それぞれカウンターで注文したハンバーガーやポテト、ドリンクをトレイに乗せて席に着く。


「ミズホちゃんは今日バイトあんの?」


 鶴木くんが、四段に重ねられたハンバーガーを一口かじり、聞いてきた。時間を気にしてくれているようだった。


「あるけど、いつも通り夕方からだから。気にする時間じゃないよ」


 自分のハンバーガーを一口かじってから答える。


 そして岸くんも同じように一口食べ、


「そういやさ、さっき喧嘩があったらしいの知ってる?」


 ドクンと、心臓が脈を打つ。


「喧嘩?」


 動揺を隠すように、手元のハンバーガーに視線を向けたまま、もう一口かじり、聞き返した。その喧嘩が、思い当たるそれでないことを願った。しかし、


「うん。直接見たわけじゃないんだけど、なんか廊下で瀬川が朝井を殴ったらしい」

「え? マジで?」


 驚きの言葉を返した鶴木くんに、岸くんは「らしいよ」と頷く。


 体が硬くなる。口の中のものを必要以上に噛み続けながら、手元のハンバーガーをじっと見つめ続ける。「殴るってほどのものじゃなかったけど」なんと言葉も浮かんだが、口にはできなかった。


「確かに帰るとき、廊下んとこちょっとざわついてたかもなぁ……」


 鶴木くんが視線を上げてその場の様子を思い出すよう呟く。


 あのとき、瀬川くんが目の前を通って階段を下りて行った後、尻もちをついていた朝井さんは、友人の手を借りて立ち上がった。僕もそこまでは見ていたが、すぐにいたたまれなくなり、逃げるように立ち去った。


 きっと朝井さんがそこを離れた後でも、その場の動揺した空気が消えることはなかったのだろう。僕以外にも目撃している人はいた。人から人へ伝染するように移り、その場に残っていたのだろう。鶴木くんはそんな雰囲気を感じ取った。


「でもその二人、瀬川と朝井さんって、付き合ってんじゃなかったっけ?」

「うん、確かそうだった」


 鶴木くんの言葉に岸くんが頷くと、同意を求めるように僕を見た。


 なんとか「らしいね……」とだけ曖昧な言葉を返す。喧嘩の場面が頭で巡っていたのもあるし、そもそも二人が付き合っているかどうかも、人づての噂でしか聞いたことがない。


「でも、瀬川って中学のころもそんな噂なかったっけ?」

「ああ、喧嘩の噂はあったな」


 確かに耳にしたことはある。同じクラスの男子生徒と殴り合いをした、というものだ。他にも、校内でタバコが見つかったとき、その犯人がそうだとか、万引きをしたとか、そんな瀬川くんの噂も耳にしたことがある。


「でも、その噂もどこまで本当なんだろう」


 自身をなんとか平静に保ちながら言う。


「さぁ、中学のころの話だし、分かりようがないなぁ」


 瀬川くんと朝井さん、岸くんと鶴木くん、僕。みんな、小、中、高と同じ学校だ。とはいえ、岸くんも鶴木くんも、瀬川くんと朝井さんについてそこまで仲が良いわけでもないようだ。同じクラスになったことはあるはずだが「あまり縁のない同級生」くらいの感覚なのかもしれない。


 そんな中、岸くんがこの話はここまで、とでもいうように、再びハンバーガーをぱくついた。


 仮に「喧嘩を見ていた」と言うならば、このタイミング以外なかっただろう。ここを逃せば二度と自分から言うことはできない。しかし無理だった。口に出すのが怖かった。


 瀬川くんの重く響く声――「なんだよ」――。尻もちをついただけとはいえ、手を上げて相手を押し倒した。ドラマや映画、フィクションの世界でしか見たことがない情景。その恐怖が、目撃した情報を言葉にする思考と行動を邪魔をしていた。


 そして、それがこんなにも強く焼き付いてしまっているのは、僕にとって、瀬川くんと朝井さんが意識してしまう存在でもあるからだ。いわゆる、幼馴染だから。


 小さい頃、三人とも同じマンションに住んでいた。同い年ということもあって、親同士の仲も良く、小学校に入る前から家族ぐるみで付き合いがあった。特に瀬川くんは、部屋が隣同士だったため、小学校の低学年くらいまでは、学校の帰った後や休みの日など、お互いの家を行き来したり、外で遊ぶこともよくあった。


 しかし、僕と瀬川くんは小学校から高校まで、一度も同じクラスになることはなかった。小学校でも学年が上がって来ると、次第にそれぞれ学校でできた友人と遊ぶことが多くなり、二人で遊ぶ機会は徐々に減っていった。中学に入ると、学校内で偶然顔を合わせることはあっても、約束をするなどして意図的に会うことは一切なくなった。


 一方の朝井さんは、小学校の一年から中学の二年まで、ずっと同じクラスだった。そのため、それなりに話をすることはあった。しかしそれ以降は同じクラスにならず、異性ということもあってか、学校外での接点は無いに等しく、やはり顔を合わせる機会は無くなっていた。


 その瀬川くんと朝井さんが付き合い始めたのは、二人が同じクラスになった中学三年の終わりごろだったらしい。直接本人たちに聞いたわけではなく、人づての噂だ。だから二人にどんないきさつがあったかは知らないし、今どうなっているかも分からない。


 そんな二人にさっきのあれ。全く知らない生徒同士の喧嘩であったとしても怯えていただろうが、その二人だった。パニック、その一言では片づけられない感情だった。体がすくみ、身動きが取れなかった。しかも、瀬川くんとは目が合った。


 その視線が、これ以上ないくらいに、深く、強く、頭の奥を貫いていた。


 そんな考え事が頭の中を支配しつつも、岸くんと鶴木くん、三人で一時間程度の時間が過ぎると、ファストフード店を出て、改めて帰路についた。国道沿いの歩道を行き、駅の方へ歩く。


 人口八万人ほどを抱えるこの市は、都会でもなければ田舎でもない、そんな街並みだ。さっき入ったような全国チェーンのファストフード店もあれば、牛丼屋も、ファミリーレストランもあるし、コンビニも多くある。本屋もレンタルビデオ屋もある。駅の周辺には、小さな服屋から喫茶店に居酒屋、病院などが入っている雑居ビルがいくつか並ぶ。


 駅から少し歩けば、マンションやアパートの並ぶ住宅街が広がる。交通の便も悪くなく、都心まで電車で一時間もかからない。ベッドタウンとして人気があるらしい。


 とはいえ、人によっては田舎だと言われる街でもある。数十階もあるような高層ビルやデパートなど、天を仰ぎ見るほどの大きな建物はない。せいぜい十階建ほどのマンションか、あるいは駅前に立つ五階建ての大型スーパーくらいだ。


 駅から数十分も歩けば、畑が広がるような場所もある。デパートのような、買い物で品ぞろえを求めたり、おいしいものを食べたり、多くの選択肢を求めるならば、電車で出かける必要もあった。

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