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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月27日(日)
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第38話 2月27日(日)⑩

 そうこうしつつ、みんなで運ばれてきた料理を食べながら、テンションを落ち着かせた福岡さんが尋ねてきた。


「水穂は就職するんだっけ?」

「あ、はい」

「そっか、偉いよなぁ」


 まただ。瀬川くんや朝井さんにも言われたけど、偉いことなんて何もない。大多数が大学へ行く中、就職というのは珍しいのかもしれないけど、意味があってのことではない、なんて思いながら、


「福岡さんはそろそろ就職活動する感じですか?」


 聞き返した。高卒と大卒では違う部分があるだろうし、一概に比較はできないかもしれないけど、三年の福岡さんにとってはそんな時期なのかと思った。


「俺、大学院に行くから今年は就活しないんだよ」

「大学院」という言葉も、また新しい言葉だった。知ってはいても、身近な言葉ではない。

「え、そうなんすか? まだ勉強するんすか?」


 川岸さんが信じられない、というように、高い声を上げた。


「まぁ、そういうことになるのかな」

「俺もう勉強したくないっすよ。大学でも十分です。今でもしたくないですけど」

「お前まだ一年だろ。浪人してるんだし」

「だからこそですよ。あ~勉強したくねぇ。授業なんてほとんど寝てるし」


 朝井さんのことを思い出す。朝井さんは先生になりたくて、そのための勉強ができそうな大学を選んだらしい。だから聞いてみる。


「大学って勉強するために行くところじゃないんですか?」

「じゃないよ」


 川岸さんが一切の間を開けずに言うと、福岡さんは苦笑いを浮かべる。


「全否定もどうかと思うけど、まぁ、俺も働きたくなくて先延ばしにしてるって理由もあるよ。ただ真面目な話をすると、大学に三年通ったけど、まともに勉強したなって思うことはほとんどないんだよ。川岸の話じゃないけど、俺も定期テストなんて高校のとき以上に直前の詰め込みだし。ただ、最近卒論の関係で研究室に入ったんだけど、それが割と面白くてさ、せっかくだし、真面目に勉強してみようかなって思ったんだ」


 引きつけられるような口調だった。心からの言葉なのだろう。しかし、川岸さんは間の抜けた声で対応する。


「真面目っすねぇ。研究室とかってよく分かんないですけど、多分、俺じゃあその考えには行きつかないですよ。もっと楽しみたいなぁ、みたいなことしか考えてないです」

「俺の中ではそれと同じだよ。それがたまたま研究室にあったってだけで。それに、大学の金出してくれてる親からしてみれば、今更かって話しだしな」

「いやいや、勉強してみたいって気持ちになれるだけですごいっすよ。そういうのが俺にもあったらいいんですけどねぇ」


 川岸さんはどこか卑屈気味に笑う。


「本当にそんなたいしたことじゃないんだけどな。自分の感情に少しでも素直になれば何かしらあるものだよ。勉強っていう考え方を度外視してみればさ」

「うーん……と」


 福岡さんの言葉に、川岸さんは首をひねる。


「まあ、その感じたものが自分に合うかどうかはまた別の問題かもしれないけどな」

 なおも川岸さんは眉をひそめてうなる。その様子を見て、福岡さんがさらに続ける。

「そうだな……。俺は今やりたいことをしようとしてるけど、それを見つけたのは、勉強しようと思ったからじゃなくて、面白そうに感じたものを、もっと知りたいと思っただけなんだよ」

「それが、研究室で見つけたものですか?」

「そう、それを勉強だと感じるかどうかってことだよ。だけど、それが俺に合うかどうかっていうのは、また別の話だしな。今は面白そうだと思ってるけど、途中でつまらなくなる可能性だってあるし、仮にそうだとしても、途中で投げ出すわけにはいかなくなるけどさ。まぁ、極端な言い方すると、何年後かの将来、今を振り返ったときにこの分岐点をどう感じてるかったことだ。納得してる可能性だって、後悔してる可能性だってある」


 朝井さんのように、やりたいことさえ見つかればおのずと勉強したくなる、ということなのだろうか。ただし、それが自分に合っているかどうかはやってみないと分からない。


「はぁ……なんかでかいっすねぇ」


 川岸さんは大きなため息をつくと「やっぱりよく分かりません」と、体をだらんとして椅子にもたれかかった。そして、視線を横にずらす。


「美衣ちゃんはなんか決めてる?」

「まだ何も。そろそろ決めなくちゃいけないんだけどね」


 藤野さんは今二年だから、四月からは三年になる。川岸さんよりは身近な話なのだろう。考え込むように呟いた。


「そんなもんだよなぁ。それに引き換え、福岡さんはさすがっすね~」

「なんかバカにしてないか?」


 照れ隠しもあるのか、福岡さんが口をとがらせると、川岸さんは悪乗りする。


「そんなことないっすよ。俺、福岡さん尊敬してますよ~」


 表情までわざとらしくつくって言った。


「うぜえ」


 三人がお互いに笑っていた。

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