第37話 2月27日(日)⑨
それから、雑談がいくつか流れて行ったのだが、うまく話題に乗れていないと、福岡さんが気を遣ってか、声をかけてくれた。
「水穂は成人式二年後か?」
さっきの藤野さんの言葉からなのだろう。
「はい。まだ先の話のような気がしますけど」
本音だ。どうも他人事のような気になる。
「二年なんてすぐだよ」
「それはそうなんでしょうね」
「まぁ、確かに俺も高校のときは成人っていうと先のことに感じてたな。年だけ見ればたいして変わんないんだけど、なんか壁があるような感じだった。ま、実際なったところで何も変わらんけどな。壁なんてなんもないし、何も変わらない」
福岡さんが言うと、川岸さんが入ってくる。
「俺もっすね。大学からこっちで一人暮らし始めたんで、すごい自由だって感じたりはしますけど。むしろ遊ぶ範囲が増えたんで、大人からは遠ざかったような気がします」
「逆じゃない? 遊ぶ範囲が増えたっていうのは、どっちかっていうと大人になったってことのような気がする」
藤野さんの言葉に、川岸さんが頷く。
「ああ、言われて見るとそうなんかな」
「そうだな……」
福岡さんは言葉を選ぶように前置きした後、
「まぁ、変わったのは年じゃなくて環境なんだよな。俺らみたいな学生は高校までとそう変わらないだろうから、変化を感じにくいのかもしれない。高校の同級生でも、就職してたり、中には結婚してたりするやつもいるから、そういうやつらに聞くと、違う感覚かもしれないな」
なるほど、と思った。年が変わったところで、周りの環境に変化がなければそこに違いはないのだろう。年ではなく、環境。
加えて、福岡さんの口から出た「結婚」という言葉も新鮮な感覚だった。タバコと同じように、一般的にあふれているものではあるけれど、身近に感じたことのない言葉だ。そもそもこの場の飲み会というのもそうだ。
ここ数日でなんだか急激に初めてのものに触れている気がする。偶然が重なったものだけど、これも一つの変化だろうか。
そして、川岸さんも似たような感覚を持ったのか、驚いた顔で福岡さんを見返した。
「結婚っすか、福岡さんの同級生ってことは二十一でってことですよね?」
「ああ、そいつが結婚したのは去年だから二十のときだな」
「早いっすね。それはあれですか、出来ちゃったとか」
「まあ、それだな」
「それは失敗したのか狙われたのか」
川岸さんが茶化すように言うと、福岡さんは呆れたように笑って、
「言うなよ。俺だって聞いたときはびっくりしたよ」
藤井さんも茶化すように笑う。
「最低な言い方。普通に欲しかったんじゃないの? もしかしてあんた心当たりあってびびってんの?」
「いやいやいや、何言ってんの? 俺はその場の快楽に身をゆだねたりしないよ?」
と、川岸さんがそんなことを言ったとき、ウェイトレスが注文した料理を運んできた。川岸さんは一瞬にして口をつぐむ。
ウェイトレスが下がると、川岸さんはその後姿を目線で追いつつ、
「やべー、聞かれてなかったよな。結構かわいかったからな」
「聞かれてたらなんかあんの? というかあたしがいるんだけど。下ネタやめてよ」
「あ、今の下ネタの意味分かるんだ? 俺、男の気持ちが分かる美衣ちゃんのこと好きだよ」
「死ね」
藤野さんは真顔で言い捨てた。
そんなやりとりを見て、福岡さんは、
「おまえら、もう酔ってんのか」
「一緒にしないでください」
藤野さんが本気で否定に入った。
「あんたもやめなよ。水穂くんも困ってるじゃない、ねぇ」
川岸さんが藤野さんにあんた呼ばわりされるのはいつものことだが、それにおかしさを感じつつも、急に話を振られてぎこちなく笑う。
「そんなことないだろ。そうだ、水穂さ、今度女の子紹介してよ。女子高生。合コンしようぜ、ねぇ福岡さん」
川岸さんがめげずに声を張る。
「俺はいかねぇよ、彼女いるし」
「そんなの関係ありませんよ」
「最低……というか福岡さん彼女いたんだ」
「うん。だけど俺、女子高生はちょっと無理だな……じゃなくて、今は水穂の送別会だぞ」
福岡さんが一度乗っかりながらも、ため息をついて言った。




