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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月27日(日)
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第34話 2月27日(日)⑥

「だからね、いっちゃんから泰樹くんの話を聞いたとき、ちょっと安心したんだよ。ちゃんとやることはやってるんだなって……あ、変な意味じゃなくてね」


 朝井さんは慌てて訂正する。

 付き合っているということを聞いて、間接的にでも様子を知ることができて、安心したのだろう。


「それで、いっちゃんはすごくいい子だからね、なんか二人の間に引っかかってることがあれば、ちゃんと解決してほしいなって思ったんだ」


 とてもありがたいことだった。そして、とても重くもある。


「あとね、うちのお母さんも気にしてるよ。たまに泰樹くんのこと言うもん」


 同じマンションに住んでいたため、家族ぐるみの付き合いもあった。小学校のころ、僕と母親と、朝井さんとその弟とお母さんと、それと瀬川くんとでテーマ―パークに遊びに行ったこともあった。


 朝井さんの言葉に、感謝の言葉を言えばいいのか、謙遜すればいいのか、あるいは他にどんな態度を示せばいいのか。全く整理ができず、無言になってしまう。

 そうしてこの店に入ってどのくらいの時間がたったのか、朝井さんが切り出した。


「じゃ、今日はこの辺にしようか。泰樹くん、バイトあるんでしょ?」


 時計を見ると時間はまだ一時前で、バイトは夕方からのため全然余裕はあるが、頷き、店を出ることにした。


 それから、途中までは同じ帰り道を並んで歩く。

 小学校のとき、一緒に帰ることはしょっちゅうだった。中学のころもたまにあった。そんな昔のことを思い出す。朝井さんは相かわらず人懐っこい柔らかい表情で笑っていた。あまり見たことのなかった険しい表情もするようになったけど、やっぱり綺麗な人だ。


「あ、それと、あと一つ聞いていい?」


 朝井さんが唐突に、口をもごもごさせながら開いてきた。


「いっちゃんのことなんだけどね、迷惑だった?」

「……いや……」


 朝井さんはちらちらと何度かこちらを見て、言葉の意味をとらえあぐねているようだった。


 だけどうまく説明できない。市川さんと会わなくなる前、特に別れの言葉があったわけでもないけれど、このまま過ぎていくのだろうと思っていた。それが少し変わった。それが良かったのか悪かったのか、本当に分からなかった。


 何の言葉も返せずにいると、朝井さんは苦笑いで「ごめんね」と言い、それ以上話を振ってくることはなかった。


 そして、しばらく歩いて分かれ道にさしかかる。


「じゃあ、今日はこれでね、つき合ってくれてありがとう」

「うん、そっちも、色々話してくれて……」

「気にしないで。あたしが話したかっただけ。迷惑だったら忘れちゃっていいよ。正直、あたしも恥ずかしいし。多分、家に帰ったらベッドの中にうずくまると思う」


 朝井さんはそう言って笑う。


「じゃあ忘れるよ」


 同じ表情を返し、軽い口調で言った。


「はぁ、そんなあっさり言われると悲しいんだけど?」

 朝井さんは「あはは」と声を上げた。


 当然、忘れることなんてない。瀬川くんの件もそうだし、今まで僕をそんな風に思っていてくれていた。思わせてしまった。それは、僕のせいなのだから。でも本当に人のことを思ってくれる朝井さんは、いい先生になるのだろうなと、不意にそう思った。恥ずかしくて、口には出せなかったけど。


「じゃあ、また明日、学校でね。バイト頑張ってね。あそこのスーパーだよね」

 五階建ての、このあたりにしては少し高い建物である駅前のスーパーを振り返る。そこで気づいたように、


「あ、てことはこの道また往復しなきゃいけないのか。それもごめん。ちょうどいい時間にすればよかったね。ていうか言ってよ~」


 確かに、またこの道を通って向かう。でも昨日の時点でそんなことまで考えられなかった。


「いや、別に大したことじゃないから」

「本当? そう言ってくれるんならいいか。じゃあね」

「うん、じゃあ、頑張って」


 そう返すと、朝井さんはまた少し照れたような表情で、

「うん。ありがとう。頑張るよ」


 今日、僕の言ったことがどれだけ的を射ているか分からない。やっぱり不安だらけだ。でも、朝井さんは僕のことを考えてくれていた。だから、僕の言葉が朝井さんのためになってほしい。少しでもお返しができたらいい。

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