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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月27日(日)
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第33話 2月27日(日)⑤

 それから、朝井さんは手元のサンドウィッチを食べ終えると、話題を替えて、明るい口調をこちらに向けた。


「でもさ、泰樹くんと久しぶりに話したけど、昔とちょっと変わった感じあるよね」

「そう?」

「うん、なんかちょっと落ち着いたっていうかな」


 また「落ち着いている」、市川さんにも言われた。そんなことは全然ない。外からはそう見えるのだろうか。


「昔はそれこそ『ミズホちゃん』って感じの、かわいい印象だったんだよね」


 そのあだ名は小学校の低学年くらいにできたものだった。岸くんや鶴木くんは今だにそう呼んでいるし、朝井さんも、同じクラスだったころはそう呼んでいた。


「まぁ、元々前に出るタイプでもなかったと思うけど、ドライになった感じ?」

 朝井さんは笑う。


「正直なとこね、ずっと気になってたんだよ、泰樹くんのこと」


 少しトーンを落とした朝井さんの言葉が、昨日の市川さんの言葉と重なる。


「おじさんも、おばさんも亡くなってからさ」

 朝井さんの言葉は自然と静かなものになっている。


「……うん」


 極めて明るい笑顔をつくって頷き、目を逸らすようにコーヒーカップを持ち、口をつけた。

 そのことを直接口にされたのは初めてだ。正直なところ、言って欲しくない言葉だ。何かがうずく。ずっと体の中に押し隠していたものを覗かれたような感覚。


 朝井さんは続ける。

「小学校のときもさ、結構、無理してたんじゃない?」

「そう、かな?」


 小学四年のときに父親が亡くなった。当時、朝井さんは同じクラスだった。


「うん、いっつも笑ってた。そのときのあたしでも不自然だって思えるくらいに」


 それは、つい最近のことのように思い出すことができる感情だ。

 自分がクラスで浮いている気がしてならなかった。周りからたくさん声をかけられた。当時の担任もすごく気を遣ってくれた。授業中も、休み時間も、給食の時間も、何かにつけて話しかけてくれた。内容は先生自身の失敗談とか、クラスでの出来事とか、とりとめのないものだ。


 だけどそれが、たまらなく居心地を悪く感じてしまうものになっていた。心配してくれているという何よりの証拠に申し訳なさも感じたが、それ以上に、自分が特別な存在になってしまった感覚になった。何かが変わってしまったのだと、父親が死んだのだと、深く意識させられた。だから、なんでもないというように笑っていた。


「あたしはずっと同じクラスだったから分かるけど、泰樹くんはみんなに優しかったし、気遣いもできる子だったから、みんな、泰樹くんに元気になって欲しいって思ってたんだよ。でもあたしは、どうしていいか分からなくって、上手く話しかけられなくて。それがずっと頭にあったの。もしあたしが男の子だったら、上手く話しかけられたのかな、なんて、そんなどうしようもないことを考えたりもしてた」


 卑屈気味に笑う朝井さん。


 どういう顔をすればいいか分からず、目を泳がせる。朝井さんがそんな気持ちを持っていたなんて知らなかった。そのとき、自分を取り繕うことで精一杯だった。


「おばさんが亡くなったときは違うクラスだったよね。あたしね、同じクラスじゃなかったことに少しだけホッとしてた。おじさんのときのことを思い出して。そんな自分がすごく嫌だった」


 母親が亡くなったのは中学三年のときだ。


「そのとき、竜とは付き合い始めたころだったんだけど、自分を責めてたあたしを元気づけてくれたの。『大丈夫だ』って。何の根拠のない曖昧な言葉なんだけど、そのときのあたしには、それだけでも心強かった」


 あのときはこれ以上ないくらいに心が揺れた――揺れたどころじゃない。何も無くなる。本当に何も無くなった。ただそれだけだった。生きた心地がせず、何も見えなくなった。


 だけど、学校では父親のとき以上に冷静を装った。もう時期は冬を終えようとしていて、進学先の高校も決まっていて、そのクラスで過ごす時間は残りわずかだった。だからより意識して、普段通りに振舞った。高校に行けば、そのことを知っている人なんて一握りだけ。それを自分に言い聞かせて、装った。誰にも気を遣わせたくないし、遣ってほしくもない。


「その後、泰樹くんも同じ高校だって聞いて、安心したのと不安なのと両方あった。泰樹くんの様子を見ていられるのは安心できることだったけど、でも、あたしに何ができるんだろうって。なんて声をかければいいんだろうって。だから、あたしはそのことばっかり意識しちゃって、結局一回も話しかけられなかった」


 市川さんの言葉につながる。

『香澄ちゃんは水穂くんのことも心配だったんじゃないかな』


 高校に入ってから三年間、朝井さんはずっと考えてくれていたらしい。でも、うまく話せなかった。僕が感じていた気まずさなんて人見知り的な軽いものだった。でも朝井さんはそうじゃなかった。もっとずっと重たいものを抱えていた。


 そして卒業の迫ったおとといに、ようやく朝井さんは、僕に電話をすることができた。

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