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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月27日(日)
33/66

第32話 2月27日(日)④

 一つ息を飲み、


「もしかしたら、コンプレックスみたいのがあるんじゃないかな? 香澄ちゃんに対して」


 それは、昨日布団の中で思い至ったこと。頭の中でぐるぐる回っていたことを、何とか言葉にしてつないでいく。


「え?」


 大きな目をさらに大きくして、声を漏らした。


「昨日、竜くんは、大学、っていうか将来のことかな、それを話したとき、居心地が悪そうというか、イライラした感じになってたから」

「うん」

「香澄ちゃんは、はっきりしてるから。やりたいことがあって、先のことも考えてる。でも、竜くんにはそれがないのかもしれないから」

「それがコンプレックス? だから、あたしと話をしたくないの?」

「そのことを指摘されたくないんじゃないかな。それだけじゃないかもしれないけど、そういうのも含めて」

「それは、逃げてるだけじゃないの?」

「うん……。あまのじゃく的なものもあるかもしれない。竜くんには将来のことについてのイメージがなくて、でも香澄ちゃんにはそれがあって。だから、劣等感とか焦りとか、うまく言えないけど、そういうものが、竜くんの中にあるのかもしれないなと思って」


 瀬川くんから朝井さんがどう見えているか、考えたことはそれだった。そして、市川さんの話にも出てきたコンプレックスに思い当たった。瀬川くんの感情は、朝井さんへの劣等感から来ているのではないかと。昨日、瀬川くんの「上から目線」なんて言葉も卑屈な感情からの言葉なのかもしれないと。


 とはいえ、根拠や自信があるわけでもない。まったく見当違いの言葉かもしれない。だけど、少しでも朝井さんの役に立つならと思った。


 朝井さんは、言葉の意味を考えるように頷くと、もう一つ、聞いてくる。


「でも、周りのみんなは大学なりなんなり決めてるわけでしょ。それを見ていれば、考えるきっかけなんてたくさんあると思うし、選択肢は見つけられそうなものでしょ? それでも、何もしないのはなんで?」

「……う、ん」


 少し考える。でもすぐに答えなきゃと、言葉を選ぶ余裕がなく、どもりながら口にしていく。


「想像だけど、竜くんが、本当に何も考えてないってことはないんじゃないかな。香澄ちゃんの言う通り、この時期になって、周りを見れば、嫌でも考えるだろうし、だから、竜くんも焦ってる部分はあると思う。だから、その焦ってることを指摘されて、よけいにイライラしちゃうんじゃないかな。もしかしたら、誰かを見て、それと同じことをするのが、真似をしてるようで抵抗を感じるのかもしれないし……。タバコも、本人も昨日吸ったのは久しぶりだって言ってたから、いつも吸ってるわけじゃないと思うから……」


 この前瀬川くんが部屋に来たとき、将来のことについて「周りはうるせーんだけど」とも言っていた。朝井さんだけじゃなく、先生だったり親だったりにも言われているのだろう。それが相乗効果になっている可能性もある。


「そんな、子供みたいなこと……」


 朝井さんは眉間にしわを寄せる。それこそ、瀬川くんに「上から目線」と感じさせてしまうものなのだろうけど、と、それを指摘する言葉は出せなかった。

 性格の問題だ、なんて言葉は苦しいだろうか。だけど、それ以上言葉が思いつかない。


「……あたしのせいなの?」

「え? いや……、そんな風に考えると、なんていうか……」


 変なことを言ってしまっただろうか。朝井さんのせいではない。朝井さんに自分のやりたいことがあったから瀬川くんがイラついた、なんて考え方はおかしい。言葉を選び間違えただろうか。


 朝井さんはうつむいて考え込んでいる。不安になる。

 僕が瀬川くんの言動を振り返って想像したことを口にした。嘘をついてはいない。だけど、それは朝井さんに言うべき言葉じゃなかったかもしれない。他に、もっと違った見方や言い方はなかったか。むしろ、全然見当違いのことを言ってしまったのかもしれない。


 しばらくじっと難しい顔をしていた朝井さんは、フッと窓の外へ視線を向け、力を抜いたように椅子の背もたれによりかかった。


「あんまり気にしてなかったなぁ……。あたしは、竜のためだと思って言ってたけど、自分の考えを押し付けちゃってたのかな……」


 そして顔を上げて、少しだけ表情を緩める。


「正直に言うとね、あたしも怖かったんだ。昨日はさ、言い合いをしたとき以外は普通に話しをしてたつもりなんだけど……やっぱりなんか気持ち悪いっていうか、変な感じで、怖かった」


 やっぱり普段とは違っていたようだった。どうにかしないといけない、そう思っていても、どうしたらいいのか分からない。不安や戸惑いを持ちながら話をしていた。


「竜と話をするときね、あたしも悪いのかもしれない。仲直りしたいけど、でもそれが言えない。『喧嘩してる』って事実を認めるのが怖くなってる。だって、喧嘩してるってことはどっちかが悪いってことだから。正直……自分が悪いとは思ってなかったし、向こうを悪者にもしたくないし。だから、『仲直り』なん言葉自体が出せなくて」


 もし同じ立場にいたら、僕は、自分が悪いと思うことに抵抗は持たないだろう。そしてそれを口にすることもしない。ただ心の中で思って、そのまま相手から距離を置いていくのではないか。


「でも、あたしがそう思ってるってことをちゃんと出せば、竜は反応してくれるのかな。あたしも、ちゃんと向き合ってないんだよね、きっと」


 朝井さんは、今度は視線を落としてコーヒーを見つめた。


 この前の廊下での出来事を思い出す。瀬川くんに押されて尻もちをついた朝井さん。怒気を含んだ瀬川くんの言葉。それも頭に染みついているだろう。それでも瀬川くんを悪者にもしたくない。だから、朝井さんはその事実を僕に話すこともしない。


 だけど、その行為によって瀬川くんへの恐怖が生まれたのも事実だから、市川さんのことがあったとはいえ、二人きりで会うのが怖くて、僕を誘った。


「でもやっぱり、そういうのにもちゃんと向き合わなきゃいけないんだよね」


 僕が何を言うでもなく、朝井さんは自らを納得させるように頷いた。顔を上げ、笑顔を見せる。強がっている。


 そのまま黙っていることもできず、

「そう、だね。何かを言わなきゃ、変わらないこともあるかもしれないし」


 言った。「どの口が言うんだ」と自虐の言葉が反射的に浮かんだが、朝井さんはその言葉を素直に受け止めてくれたようだった。やっぱりいたたまれず、続ける。


「でも……、時間が解決することもあるかもしれないから、あまり思い詰めない方がいいかもしれないよ。言いすぎると意地になっちゃうかもしれないし……」


 だけど、すぐに言うべきじゃなかったと後悔する。他人事のような言い方になっている。それに、ただの自分への保険だった。なんて無責任なのだろう。


 それでも、朝井さんは力が抜けた笑顔をくれた。


「ありがとう。そう考えるとちょっと楽になるかも。頑張れそうな気がする」


 少しだけ、自分の力も抜ける。

 自分で言ったことが正しいかなんて分からないけど、少しは手伝いになったのだろうか。当然、本当の解決は朝井さんと瀬川くんがちゃんと話すことにある。何か決意を決めたように見える朝井さんに、うまくいってほしいと、本当に心の底から願った。

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