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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月26日(土)
27/66

第26話 2月26日(土)⑬

 アパートに戻ったとき、すでに日は傾いて、辺りはオレンジ色に染まっていた。


 部屋の灯りをつけて携帯を炬燵の上に放ると、炬燵の電気を入れ、まだひんやりとしたその中に足を突っ込んだ。そのまま座布団を枕にして横になる。今日はバイトがないためゆっくりできる。


 すごく疲れた。嫌だったとは言わないけど、疲労がひどい。

 頭の中で繰り返される市川さんとの会話。最初はどうなることかと思ったが、最後には色々な話をしてくれた。


 二年で同じクラスになったとき、クラスメイトとしての市川さんは、物静かというほどではないが、あまり話をするタイプでもなく、おとなしい感じの印象だった。二人で会うようになって、意外とよくしゃべることも知った。それでも、今日はそれ以上だった。


 朝井さんが心配しているということ、それに対する後ろめたさ。市川さん自身の思いを、たくさん話してくれた。それなのに、ただ頷くだけになってしまった。できれば、ちゃんと言葉にして答えたかった。とても申し訳なく思う。


 そして、ボウリング場での瀬川くんと朝井さんの空気。喧嘩というには大げさかもしれないけど、お互い攻撃的な口調になった。おとといのこともある。軽く押しただけとはいえ、瀬川くんが手を出した。あの後、うまく話をすることができただろうか。そうであればいい、そうあってほしい。


 喧嘩なんて、経験したことのないものだ。小さいころ、親にわがままを言ったことくらいはある。でもそれくらいだ。相手が間違っていると反論したり、自分が正しいと突っぱねたり、会話の中でちょっとした意見交換くらいはあったとしても、本気で主義主張を前面に出したことはない。論じ合ったこともない。単に、自分には主義も主張もないから、口論にもならない。自分が相手より正しいと思えることもない。


 だけど、喧嘩なんていうのは、そんな理屈を並べられるものでは無いのか。朝井さんは「仲直りしたい」という気持ちを持っているにもかかわらず、口調を強くしてしまった。頭で思っているように行動できていない。その場の感情や流れに支配されてしまう。


 自分だって、感情がコントロールできないときは当然ある。思っていても言えないこと、思ってもないことをその場しのぎで口にしてしまうこと。その延長線上にあるのが喧嘩になるのかもしれない。


 そんな風に、今日の出来事が何度も繰り返されるようにうつらうつらしていると、携帯が炬燵の上で震えた。


 突然の音に驚いて身を起こし、携帯の画面を確認すると、朝井さんからの電話だった。ちょっとした緊張とともに、通話ボタンを押して、耳へ当てた。


「もしもし」

『あ、泰樹くん? あたし、朝井ですけど。今大丈夫?』

「うん」

『あの、今日は本当にごめんね。ちゃんと謝ってなかったから』

「あ、別に、大丈夫だけど……」


 その先を聞いていいのか迷う。

 しかし朝井さん自ら言葉をつなげる。


『でもあの後、結局あんまり話せなかったんだ。話、しようとしたんだけど、竜は、なんかまともに話す気がないみたいで……』


 薄れていく語尾から、寂しさや悔しさが感じられる。


『それでさ、そのことも含めて、ちょっと泰樹くんと話がしたいなって思ってるんだけど』

「話?」


 思わず復唱してしまう。何を話すというのか。

『あんなことになっちゃって、それを横で見てた泰樹くんはどう感じたのかなって。今日はもう遅いし、明日、お茶でもしない? お詫びにおごるから。何か予定あったりする?』

「あ、いや、ないかな……」


 もう遅い、という表現に疑問を持ちながら時計を見ると、八時を示していた。夕方帰って来てから、いつの間にか寝てしまったらしい。


『そう? じゃあ――』

 と朝井さんが話を進めようとしたところで思い出す。


「あ、でもバイトがあった。夕方の五時からだけど……」

『そっか……じゃあ、午前中かお昼くらいはどう? 難しい?』

「いや、大丈夫だよ」

『本当? よかった。ならお昼に駅前の――』


 朝井さんはチェーン店のコーヒーショップを口にした。


「うん。分かった」

『ありがとう。じゃあよろしくね。急にごめん。また明日ね。おやすみなさい』

「うん、おやすみ……」


 そうして通話が切れる。

 耳から離した携帯を、そのまま見つめた。

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