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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月26日(土)
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第19話 2月26日(土)⑥

「よく吸うの?」


 そんなことを聞いていいものか微妙だったが、聞いた。


 人差し指と中指ではさんだタバコを口にくわえ、息を吸い、タバコを外して、煙を吐く。今度は器用に親指と中指に持ち替え、灰皿へ、人差し指でタバコの背中をちょんちょんと軽くたたいて灰を落とす。手慣れた動きだ。


「そんなに吸ってないよ。今年に入ってからは始めてだし、高校に入ってからでも両手で数えられるくらいじゃないかな。ただ最初の一本ってなると、中学だったな」


 いたずらっぽい笑みとともに答える。昔の噂を思い出した。


「そういえば中学のとき噂があったけど、あれは竜くんだった?」

「タバコの噂?」

「うん、トイレだったかな。吸殻が見つかったって」

「ああ、あったな。でもそれ、結局犯人が誰だったかばれてねぇんだよ」


 つまり、そうだったと?


「そうなんだ。結構噂は広がってたみたいだけど」

「そっか。ま、なんか気持ち悪い連帯意識みたいのがあった感じはしたな」


 なるほど、と思った。周りの人たちは、決して瀬川くんを庇おうとしていたわけではないけど、「知られたら先生が怒る」という暗黙の認識に、誰ともなく口を閉ざしていたのかもしれない。


 瀬川くんは短くなったタバコを灰皿で潰すと、当然のように箱から次の一本取り出した。そして、ふと何かに気がついたように手を止め、


「泰樹くんも吸う?」


 おもむろに、その一本を差し出してきた。


「いや、遠慮しておく」


 笑って断る。すると瀬川くんは表情を緩めたまま、


「ま、その方がいいよ」


 差し出した手を引き、自ら口にくわえ、ライターで火をつけた。やはり慣れたその手つきを見ながら。笑うしかなかった。


 さっきまでイライラしていた人とは別人のように悠然としている。あの瞬間のあの朝井さんの言葉は、よほど癇に障るものだったのだろうか。あるいは、将来の話は、瀬川くんにとってタブーな話題だったのか。今の様子ならそれを聞いてみることも可能かもしれない、とも思ったが、その前に、瀬川くんはため息をつくように、ふぅっと煙を吐き出して言った。


「にしても、あいつはなんで、あんなに上から目線なんだろうな」

「え?」

「香澄」


 返事に困る。


 瀬川くんはそう感じたわけだ。朝井さんの口から出た言葉は、本当に心配しているからこそのものだったと思うが、瀬川くんからすると、そうではなかった。


 あのとき、瀬川くんが席を外した直後、朝井さんは「子供じゃないんだから」と毒づいていたが、瀬川くんは、朝井さんのそういう意識を感じ取ってしまっていたのかもしれない。だから「上から目線」に聞こえてしまう。


 そうやって真面目に原因を考えていたのだが、瀬川くんは茶化すように笑う。


「顔はいいんだけどなぁ。綺麗だと思わん? 香澄」


 急な言葉に戸惑っていると、さらに続けられた。


「体もいいんだよなぁ。おっぱいがもうちょっとあればもっと良かったけど」


 冗談で言っているのは分かる。でも、それを聞いてどうしろと。

 もちろん二人は付き合っているのだから、そういう関係になっていてもおかしくはない。でも……、あんな綺麗な子が……、きっと……、いやいや。


「竜くん」

「え?」

「想像しちゃうからやめて」


 すると瀬川くんはポカンとした表情を見せた後、


「あはははは、さすがだな泰樹くん」


 大きく口を開けて笑った。何がさすがなのかはよく分からない。

 その反応は置いておくとして、瀬川くんと普通に話ができている状況に、少しばかりのおかしさを感じていた。自分の声は少し上ずっているような気もするが、スムーズに言葉を出せている。


 茶色の長髪のかつらをかぶるような、なんというかやんちゃな瀬川くんは、気後れしまうタイプだ。そんな友達はいたことがない。でも、ちゃんと話ができている。幼馴染だし、昔は仲良かった、だからといえばそれまでかもしれないけど、岸くんや鶴木くんのような友人と話しているときと、そう変わらない。


「なぁ泰樹くん」


 瀬川くんが遠くを見たままに言った。

 その言葉のちょっとした間で、雰囲気が変わった。


 緊張感。だけど、硬い感じではない。こちらが感じているような、心地よい違和感は共有できている気はする。重たくもあるが、さりげない空気間。


「こないださ……」


 だけど瀬川くんはそれだけ言ったのだが、言葉が詰まった。

 続きを聞こうと「うん」と相槌を打つも、


「いや、ごめん、なんでもない。忘れていいよ」

「うん……?」


 気にはなるが、そうやって切られてしまうと何も聞き返せなかった。


「じゃあ、戻るか」


 瀬川くんは手にしていたタバコを灰皿ですりつぶし、遠くを見たままに言った。

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