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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月24日(木)
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第1話 2月24日(木)①

 二月二十四日、木曜日。


 それは、偶然目撃した出来事だった。


 校舎の二階、まっすぐ伸びる廊下には、三年生の一組から六組までの六つの教室が並んでいる。その中央付近、三組と四組の間は、上下階への階段とトイレが向い合わせになっていて、少しスペースがあった。


 僕はトイレに行こうとしてそこにいた。そして、同じように偶然そこ居合わせた数人の生徒の前で、それは起こった。


「んだよ!」


 太い、怒気を含んだ大きな声が響いた。


 ちらほらといる生徒たちが談笑している穏やかな廊下には明らかに異質なもの。


 瞬間的に、時が止まったかのように、ピンと場が張り詰めた。一帯が緊張感に支配され、誰もが言葉を失い、視線がそこに注がれる。


 僕も、何かに引っ張られるように、その声がした方を振り向いた。


 教室を一つはさんだ先、五組の教室の手前にその二人はいた。背の高い男子生徒が、髪を後ろで結った女子生徒と相対している。


 睨むように、敵意をむき出した男子生徒が右手を突き出し、ドンと、女子生徒の肩を強く乱暴に押した。女子生徒はその力に対抗できず尻もちをつく。


 場がさらに冷たく凍る。異常に緊迫した空気が、息をつくことすら忘れさせた。


 しかし時間が止まったわけではない。男子生徒にも女子生徒にも、同性の生徒が慌てて駆け寄った。


 一人が男子生徒を背中から羽交い絞めにする。さらにもう一人が女子生徒から離すように正面に入って両手で体を押し返す。女子生徒へ駆け寄った一人は正面にしゃがみ込み、さらに二人が両肩に手を添えてしゃがむ。


 しかし当人たちにはそれらが視界に入らないのか、じっと二人で視線を合わせたままだった。女子生徒は目を大きく開いて見上げ、男子生徒は鋭い眼差しで見下ろしている。


 僕は立ちつくしたまま、その光景を眺めているだけだった。「暴力」と言えば大げさなのかもしれない。だけど、こんな場面を間近にするのは初めてことだった。


 男子生徒の「なんだよ」という言葉。心からの怒りがあふれたような、腹の奥に響く声だった。今まで聞いたことのないもの。恐怖と驚きで、心臓がドクンドクンと強く鳴り続けている。


 やがて男子生徒は、いさめていた二人の生徒を振りほどき、女子生徒と交錯していた視線を切り、足を進めた。


 僕の心臓がさらに強く鳴る。その歩みが、こちらへ向かって来た。三歩、四歩、五歩――。


 目が合った。


 思わず目を逸らす。


 気付いたのかそうでないのか、男子生徒は何を言うこともなく、そのまま前を通り過ぎ、階段を下りて行った。


 体がすくむ。その場に縛り付けられたかのようだ。


 とっさに二人の間へ入った生徒たちは本当にすごいと思った。何もできなかった自分とは違う。本当は、五人の様に動くべきだったと思う。だけど「僕にそんなことができるはずない」と、真っ先に諦めの感情が湧いてくる。


 僕にとって、当事者たちは同級生ではあるけれど、高校ではろくに会話をかわしたことのない遠い二人だ。僕が動いたところでどうにもならない。二人と仲の良い、二人の勝手が分かる人に任せるべきだ。


 男子生徒の名前は瀬川竜。女子生徒の名前は朝井香澄。


 幼馴染の二人だったとしても。

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