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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月26日(土)
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第14話 2月26日(土)①

 二月二十六日、土曜日。


 朝、目覚まし時計の電子音で目を覚ます。


 考え事をしたまま落ちたのもあってか、夢を見た、ような気がする。だけど内容は覚えていない。夢なんてそんなもの。顔を洗い、朝の準備を始めているうちに、夢を見たことを忘れている、ということ自体を忘れていた。


 これから四人でボウリング。約束した以上、行くしかない。

 出かける準備をして外に出る。目的のボウリング場へは電車で向かうが、一度駅で待ち合わせることとなっていたため、待ち合わせ場所である東戸ノ上駅へ向かう。


 天気は曇り。ここ数日と同様、頬を硬くする冷たい空気の中、億劫な気分が混じりながらも、足が歩みを止めることなく、駅にたどり着いてしまった。


 バス停やタクシー乗り場が並ぶロータリーを横目に、地下に広がる構内へ降りる。端っこ売店と和菓子屋がある簡素なワンフロアとなっているつくりで、多少の人通りによる喧騒はあるものの、都会のような、人でごった返すという光景には程遠いものだった。


 約束の時間である十二時の十分前、まだ誰も来ていないようだった。構内中央の改札口近くにある時刻表が掲示された太い柱の傍で待つことにする。


 そうして時間を持て余すと、これまで以上にそわそわしてきた。高校に入ってからほとんど会話をしていない二人と遊びに行く。市川さんも一緒に。


 市川さんはどんな思いで朝井さんの誘いを受けたのだろう。


 最後に会話を交わしたのはひと月くらい前だ。学校で偶然顔を合わせたときだった。進路のことを少し話した。学校以外で約束をして会ったのは、そのさらに二ヶ月前、まだ年が明ける前のことだ。ずっと会っていないのは、朝井さんが言っていたように喧嘩をしたわけではない。明確な別れ話のようなものもなかった。ただ、遠ざかった。


 ともあれ、今日は朝井さんが瀬川くんと仲直りするための場だ。そう思うことにする。朝井さんが何を考えているのか分からない部分もあるけど、個人的な感情は出さないようにする。きっと市川さんも、同じことを考えているんじゃないだろうか。


 そう考えると、市川さんだって、朝井さんと瀬川くんの仲直りのために来るのであって、僕のことはひとまず置いておく、そう思っているだろう。


「おはよう。泰樹くん早いね」


 明るい声とともにやって来たのは朝井さんだった。


 ファー付きの黒いショートコートに、下は短めのキュロットスカートで、黒のタイツをはいている。さらに、学校では後ろで結っていた髪の毛を下ろし、なめらかな黒髪が肩のあたりにまで伸びている。昨日の制服姿の朝井さんとはだいぶ違う雰囲気だった。


 顔の印象も、全体が少し不自然に明るいというか、パーツがはっきりとしているというか……そこで、化粧をしているのだと気付く。


 その綺麗な顔に少し緊張してしまうが、その感情をごまかすように挨拶を返した。


「おはよう」

「うん。で、ついさっき、いっちゃんから駅に着いたってメールが来たから……」


 朝井さんはそう言って改札の奥の方へ視線を向けた。市川さんはこの駅まで電車で来る。普段の通学も、僕たちとは違って電車通学だ。


「あ、ほら」


 市川さんを視界にとらえたのか、朝井さんは笑顔で手を振って改札の方へ足を向けた。朝井さんの視線の先を見て、市川さんを視界にとらえる。


 少しウェーブのかかった黒髪のボブカット、ブラウンのピーコート、ブルーのデニム。市川さんは自動改札を出ないまま、脇にある腰高のステンレス柵越しに、朝井さんと目を合わせ、一重の丸い目を細め、頬を緩めた。


 その次の瞬間、こちらと目が合う。

 久しぶりという思いと、気まずいという思い。


 向こうも同じ感情が走ったのだろうか。少し視線が固くなった。

 その様子に気付いたのかそうでないのか、朝井さんが言葉を広げる。


「おはよう、今日は急にごめんね」

「おはよう。ううん、大丈夫だよ」


 市川さんが朝井さんに視線を戻して答える。その間、どうやって声をかければいいか迷いながらも、口をつぐんだまま近づいていく。


 市川さんは朝井さんに向けた笑顔のまま、こちらを向いた。


「水穂くんも、久しぶり……だね」


 何とか自然に、という思いが見て取れるものだったが、やはりぎこちない口調だった。


「そうだね、久しぶり……」


 こちらも同じようにぎこちないものになってしまう。朝井さんは何も口を挟まないが、どんな顔で見ているだろう。


 そして、朝井さんを見た後だから思ってしまったが、市川さんは化粧をしていないようだった。柔らかそうな丸顔の頬は、これまでの知っている印象のままだ。今までも化粧をした顔は見たことがない。リップが少し違った時はあったけれど。


 そんな中、背後から声が飛んでくる。


「もうそろってんだ。早いな」


 みんなで視線を向ける。そこにいたのは瀬川くんだったが、誰もがすぐには声を出せなかった。


 僕は、朝井さんと同じマンションなのに別々に来たのだろうか、なんて考えたのだが、二人が口を結んだのはそういうことではないだろう。おととい会ったときの格好だったからだ。ブラウンのダウンジャケットと、ベージュのサムエルパンツ。そして、茶髪のロン毛のかつら。


「何それ」


 奇妙なものを見るように、朝井さんは低い声を出した。どうもこの姿を見たのは初めてらしい。

 しかし瀬川くんはそんな視線をものともせず、


「ただの気分転換だよ。じゃ、行くか」


 改札でICカードを当て、ようようと歩いていく。

 市川さんはその姿にきょとんとした様子で、朝井さんも首をひねる。


 そんな瀬川くんの図太さ、という表現でいいのか分からないが、ともかく感心していた。

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