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モラトリアムの檻  作者: ナナイ
2月25日(木)
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第9話 2月25日(金)①

二月二十五日、金曜日。


 今日は、朝のホームルーム後に卒業式の練習があった。三年生と学年主任、それからこの時間に授業を持っていない数人の教師が体育館に集まっていた。


 クラスごとに区切ってパイプ椅子を並べ、自分たちの場所に着席してから、卒業式の流れが簡単に説明される。休み明けの月曜に行われるリハーサルの、リハーサルみたいな感じだ。


 話を聞いている間、寝不足で少し体がだるかったが、眠気はなかった。三年の生徒全員が体育館に集まっているはずのため、瀬川くんや朝井さん、市川さんと顔を合わせてしまうかもしれないと、どこかそわそわしていた。加えてその三人は同じクラス。市川さんはともかく、瀬川くんと朝井さんは、今朝教室で顔を合わせたはずだ。どんな気持ちでその時間を過ごしたのだろう。


 しかし、誰に会うこともなく練習は終わり、クラスへ戻り、そのまま下校になった。ホッとしている自分もいたが、それでも朝井さんは、昨日、電話を無視してしまった事実がある。こちらから連絡しなければと、朝井さんのいる五組に顔を出すことを考える。


 だけど、ここ数年まともに話をしていない相手だ、そう思うと、自分から顔を見せに行くことに躊躇が生まれる。しかも五組へ行けば、瀬川くんと顔を合わせてしまう可能性もある。「昨日の着信は香澄ちゃんだったよ」なんて冗談を言える余裕なんてない。


 その結果、一人で教室を出て、校舎を出て、少し歩いて、そこで朝から切っていた携帯の電源を入れた。ここで電話をかける。学校内で携帯電話を使用することは禁止されているから、という理由をつけて。


 そうして、昨日来ていた不在メールを開こうとしたときだった。


「泰樹くん」


 後ろから声をかけられた。

 女の人の声。

 僕を下の名前で呼ぶその人が誰なのかと、慌てて振り返る。


 綺麗な色白の肌に大きな目。白いマフラーを巻き、学校指定のコートに、制服である紺のスカートをはいた女子生徒。


 そこにいたのは、朝井香澄さん……だった。


 朝井さんは駆け足で来たのか、少し息が上がっていた。だがすぐに呼吸を整え、頬を緩めた。中学のころと変わっていない、柔らかい、人懐っこい笑みだった。


「久しぶり」

「あ、うん……」


 昨日瀬川くんに話しかけられたときと同じように、ぎこちない返事になる。


「帰るの早くない? あたし、ホームルーム終わってすぐ二組の教室行ったんだけど。いつもこんな感じ?」

「うん、まあ、そうだね」

「そっか……あ、今電話しようとしてくれてたの?」


 僕の手の携帯を見つけて言った。「うん」と頷く。


「いっちゃん――市川さんが言ってくれてた?」

「うん、メールが着てたよ」

「そっか。でもそれなら教室に来てくれればよかったのに」

「そうだよね」


 白々しく気付かなかったふりをしている。そうすべきと思った上で行動しなかった。


「ごめん、走らせちゃったみたいで」


 それだけ謝った。

 朝井さんは「ううん」とはにかむようにしてから、


「途中まで一緒に帰ろうよ」


 頷く以外のことはできず、二人で足を進めることになる。


 二人で帰るのは中学のときにもあった。当時は岸くんも同じクラスで、三人で帰ったこともある。とはいえ、それもいつもというわけではなく、岸くんや朝井さんが部活など用事の無いときだけだった。さらに言うと、こうやって近くで顔を合わせるのは、今のアパートに引っ越す際、前のマンションで挨拶をしたとき以来だ。


 だけどどこか気まずい。小学校に入る前から知っていて、中学二年まではずっと同じクラスで、それなりに話をしていたといっても、ここ最近は会話を交わしていない相手だ。しかも異性、綺麗な女の子。


 すっきりとした眉、大きなぱっちりとした二重の目、整ったシャープなあご。前髪はまっすぐ下ろしていて、後ろは一つに結っている。歩くたびに微かに揺れて、シャンプーの香りだろうか、甘い匂いが鼻をくすぐる。


 小さいころは意識もしなかったし、昨日瀬川くんを見たとき程、記憶の中の朝井さんと目の前の朝井さんの違いを感じることはないが、少し距離をとってしまう。目を見るのさえ気恥かしい。


 そんな姿と、おとといの出来事が重なって思い出される。肩を押されて尻もちをついた朝井さん。信じられないというように目を見開いていた。用事というのは、あの事なのだろうか。市川さんに電話番号を聞いてまで……。でも、それを僕に話す理由があるかと問えばない気もする。じゃあ何の用事なのか……また、考え込んでしまう。

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