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女騎士アイナの受難

★今回は、女騎士アイナさん目線です。


 ◇


 第ニ聖都・アーカリプス・エンクロードの王宮では、連日のように贅を尽くした宴会が開かれていた。

 今宵の客は、西方の領地を支配する公爵、ディブリード・メルグ。

 公爵は美食家として知られ、並大抵の料理では満足しない。故に特別な趣向を凝らした料理が並んでいた。希少な子竜の肉、長寿の力を秘めた火焔蛇のスープ、精力剤として高値で取引される南方の禁断のザクロの果実――。


「ぶちゅっ、んうっ、んふむっ……実に美味ですねぇ」

 脂ぎったヒキガエルのような男は、肉を味わうと指についたソースを、床に座り込んだ半獣人の奴隷にむけて差し出した。

「綺麗になさい」

「……んっ」

 黒髪の猫耳少女は床に両ひざをついたまま、主人の指を舌先で嘗めた。綺麗に、汚れがなくなるまで懸命に。


「ぐぅふふ、流石は本場の宮廷料理、余の口にも合いますねぇ」

 広大な西方領域はすべてディブリード・メルグ公爵の属領であり、重要な食料供給地、安価な奴隷労働者の供給源として千年帝国(サウザンペディア)を支える要衝の地である。

 あらゆる贅を知り尽くした男。だから今夜の宴は特別なものだった。


「それは……何よりでございます」

 執事長ジョルシュは表情を変えず、静かに頭を垂れた。給仕たちも努めて事務的に礼をする。

 仕事とはいえ、最悪の気分だった。

 下品でブヨブヨと太った男は、すべてが悪趣味で醜悪だ。

 食べ散らかした料理も、奴隷少女に汚れた指を嘗めさせる行為も、本当に見るに堪えない。下劣きわまりない。他の貴族も似たり寄ったりではあるが、これ程酷くはない。

 更にどうしても耐えがたいのは、この宴席の相手が、自分がお仕えするマリアシュタット姫だということだ。

 何故なら――


「おっと、当たりのようです。ゲフフ、実に、実にぃ、これは面白い趣向ですねぇ」

 ディブリード・メルグ公爵はニチャァとした笑みを浮かべると、次にスープ皿をかき混ぜた。スープの皿の底にも金貨が何枚か沈んでいた。スープから掬い上げた金貨は、奴隷少女に嘗めとらせ綺麗にする。

 テーブルの両脇には、掛け金のように金貨が積み上げられてゆく。

 この狂った(うたげ)を企画したのは、今や宮廷で絶大な力を振るうSランク王宮魔法師、ラソーニ・スルジャンだ。

 美食と黄金をたらふく与えれば、何者とて意のまま――。

 女王陛下の威厳を笠に、メルグ公爵が支配する領地で生産される食料の全てを調達する契約交渉が成立した記念すべき夜。

 最大限のもてなしをするように。との厳命が女王陛下から下ったのだ。


 目下、千年帝国(サウザンペディア)では領土内の食料生産量が激減、自給率が急速に悪化していた。

 穀物も野菜も、海の幸も山の幸も、すべてが不作、凶作続き。庶民は次第に飢え、荒廃した農地を捨てて難民となり、豊かだと噂される第二聖都へと流入を図る。生産力は更に衰え、第二聖都周辺ではスラムが肥大化するという悪循環が続いていた。

 各地を統治する貴族たちも同様の問題に直面していた。生産量の低下と共に税収が減少、国内での発言力も弱まる。

 そこで頭角を現したのが、Sランク王宮魔法師のラソーニ・スルジャンだ。


 無限に錬成できる黄金、金にものを言わせた悦楽を与えて懐柔し、王族であれ貴族であれ己の意のままに操る。

 どんな人間も欲望の前には脆いもの。

 黄金と美食、そして女。甘美な接待の魅惑に逆らえる者などいない。そういって憚らない。

 そして、ラソーニ・スルジャンが今夜、このヒキガエルのような公爵に献上しようとしているのは、それだけではなかった。


「さぁて……と」

 欲望に(たぎ)った視線を向ける先。長いテーブルの対面では、美しく着飾った姫が座っていた。

 神聖王国、第三王女、マリアシュタット姫。

 まだ少女の面影を残す十五才の姫君は、悲しげで、困惑した表情を浮かべている。


 これが女王陛下がお決めになった婚姻の相手とは――

 マリアシュタット姫は唇を噛んだ。


「……げふぁ、ぐぅひひ。あぁ今宵はじつに愉しい。ささ、姫もお食べください、この熟したザクロなど……実に美味ですぞぉ? んんふ、じゅるじゅる」

 下品に蠢く舌を、ザクロの果実の隙間に挿し入れて見せる。


「う……」

「これ、精力剤だそうですからねぇ、うぐふふ」


 姫は嫌悪に顔を背けた。


「……き、貴様ッ」

 耐えきれず、ついに声をあげたものがいた。


 儀礼用の礼服を身に着け、壁際で控えていた近衛騎士の一人だった。

 藍色の艶やかな髪をポニーテールに結った女騎士、アイナ。

 口を真一文字に結び、凛々しい眉をつり上げている。大柄な体格の女騎士は、拳を握りしめ、我慢ならんという表情で一歩、踏み出そうとした。


「いけません、アイナ殿」

 だが執事長ジョルジュに制止された。小声で、他人には聞こえないほどの、けれど強い口調で。


「しかし……! 耐えがたい、こんな無礼な」

「私とて同じ気持ちです。しかし、今宵の宴の趣旨は、メルグ公爵を喜ばせよ、との女王陛下からのお達しなのです」

「ぐ……ぬぬ」

 思わず睨み付ける殺意のこもった視線に、ディブリード・メルグ公爵が気づいた。


「……おやぁ? 折角の私と姫の愉しい晩餐に、何やら言いたげな、醜い俗物がいるようですなぁ」

「く……!」

「あぁ、ひどい顔を見たせいで、食欲が失せそうになりましたぞ、これは……マリア姫に寝処で癒していただきませんとぉ」

 顔の傷のことを言うよりも、大切なマリアシュタット姫への侮辱が許せなかった。

 怒りで震え、腰のサーベルに手を伸ばしかける。

 公爵はふてぶてしい態度で、やれるものならやってみろとばかりに、しゃぶっていた肉の骨をアイナのほうに投げつけた。


「無礼はゆるしません。アイナは私の近衛騎士です」

「姫……!」

 マリアシュタット姫がテーブルの向こうから言った。震えるような声だが、毅然とした態度だった。

 

「……ふうん、そうですか、そうですか、んぶふぅ? その醜い顔の騎士の、健気にも示した忠義に、このディブリード・メルグ、深く感銘いたしましたぞぉ」


 ぱん、と手を打ちならす。


 すると晩餐会場の陰から静かに一人の男が歩み出た。

 Sランク王宮魔法師、ラソーニ・スルジャンだ。


「ラソーニ卿……!」


「お楽しみにところ、失礼致します。……ディブリード・メルグ公爵領への遠征討伐隊、編成の準備が整いました」


 金髪碧眼の美青年は、静かに礼をしながらディブリード・メルグ公爵の横に立った。


「なんのことですか?」

 マリアシュタット姫が問いただす。


「おや? マリア姫さまは聞いていらっしゃらないのですか? ディブリード・メルグ公爵領地内で農民の一部が蜂起したとのこと。その制圧に――」

「そんな……!? 聞いてはおりません!」

「マリアシュタット姫には少々お難しいお話かと。それと、辺境地では魔物が大量に発生。食料生産に支障をきたす事態となっておりますゆえ、討伐せよとのお達しです。が……少々手数が足りません」

 困った、という風に唇を歪め、公爵と視線を交わす。


「ぐぅふふ、余の領地に戦力を派遣して貰う算段がついたのだがねぇ。国内の魔物討伐ギルドはどこも手一杯、戦力が足りず困っておったのだがぁ……。今、ちょうどいい人材をみつけましてなぁ」

「ほほぅ? それは」

「あの、近衛騎士など、どうかと思いましてねぇ、ラソーニ卿」

「なるほど、それは素晴らしいお考えで」


「姫、その女騎士を派遣してもよろしいですかな?」

「それは……困ります」

 同じ女性として常に側にいてくれたアイナ。時には本当の姉のように頼れるアイナを手放したくはなかった。


「実は、女騎士さまに是非とも討伐してほしい魔物がいるのですよぉ、げぇへへ。豚人間、オークの群れでしてねぇ」

「なん、だと……」

「実に醜悪で不愉快で……。発情期のオスどもが、村の娘を連れ去り、困っていたのです。ぶふっ、ぜひ、その威勢のいい騎士どのに、討伐いただきたいものですなぁ」


 ディブリード・メルグ公爵は下卑た視線をアイナに向けた。


「どうせ、殿方の相手をするしか脳のない姫の騎士、たいした仕事もしておらぬでしょうし」


「姫への侮辱だけは許さんッ!」

 アイナは我慢の限界だった。剣の柄に手をかけた。


「宴の場で無粋な。口を閉じたまえ」

「なっ……かはっ!?」

 ぱちん、とラソーニ・スルジャンが指を打ち鳴らすと、アイナは首を押さえて顔を青ざめさせた。

 ――息が……できな……い!?


「あらゆる魔術に精通しているのでね」

「ぐ……」

「魔力耐性のない人間の、神経系を侵すことなど造作もない。糸のようにした魔力を体内に入れることで、ほら心臓さえも」

 心臓に激痛が走り、アイナは膝を折った。


「お、おやめください! ラソーニ様!」

 姫の声にもラソーニは術を解かない。

 アイナは動けなかった。剣を抜こうとしていた手が震え、視界が暗くなる。

 

 何故だか不意に、故郷の村が脳裏に浮かんだ。

 美しい緑ゆたかな村。そのライラックの咲き乱れる丘の上で、微笑む少年に駆け寄ると、アイナは手を伸ばす。


 ――ディーユ


 また、あの丘の上で。


 と――、その時だった。


 何かが小さく爆ぜたような音と共に、アイナの胸ポケットから無数の葉が弾けた。それは爆発的に増殖した小枝と青々と繁った葉だった。胸に忍ばせていた小枝。それは幼馴染みの魔法師、ディーユがくれた「お守り」だった。


「ディ……ユ?」

 お前なのか。

 アイナの視界で、見る間に青い小花が咲き乱れた。良い香りを振り撒く花弁がまるで嵐のように舞い踊る。


「なにっ!?」

 流石のラソーニ・スルジャンも驚愕する。


 魔法力が女騎士の心臓に届かない。

 忌々しい命を宿した葉が、花が、邪魔をしているのだ。

 魔力の糸の流れが阻害されている。いや――吸着され変換されているのだ。魔法がキャンセルされた。致死性の呪いの術が、花弁へと昇華され消えてゆく。

「ばかな……!?」


「これは、ライラックの花……!」

「騎士アイナ殿に、ディーユ殿の加護(かご)が!?」

 マリアシュタット姫の元に、執事長ジョルダンが驚きを口にしつつ駆け寄った。


「う、うぉあおおおっ……!」

 アイナの身体に力が戻った。

 全身を駆け巡る怒りが突き動かす。姫への侮辱、重ね重ねの狼藉。もうとうに限界は超えていた。


 ――感謝するよ、ディーユ。


 誇りを失ったまま、屈辱的な死を迎えずに済んだことを。

 優しい魔法への感謝を込めて、祈るように剣を抜く。

 騎士であるために、騎士であるが故に。


「ぬ、抜いた……けけけ、剣をぉおお抜きましたぞぉお」

 ディブリード・メルグ公爵が椅子から転げ落ちた。


 鈍く光る銀色のサーベルをアイナは構えた。

「姫に謝れ! さもなくばその首、テーブルの皿に乗ることになる!」 

 騎士が剣を抜く、それは究極の忠誠。

 死を()して、命を捧げる覚悟を決めた時だ。


<つづく>

【作者からのお礼】

いつもありがとうございます★

評価★★★★★やブックマークなど頂きますと、

とても励みになります!


さて次回は、アイナさんぶちギレます。

おのたしみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本日も二本目の投稿、ご苦労さまです。 「めぇぇ(俺たちの活躍は、文字数が少なかったのはこういうことか!)」(笑) 場面が変わって、今度はディーユの幼馴染である女騎士のアイナ視点ですか。 そ…
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