花咲かディーさん
◇
「急いで、始まっちゃう!」
「ミスティアが居ないにゃ!?」
「どこいったの?」
「ディといたはずにゃ」
どたばたと朝から騒がしい。
コロとミゥが走り回ると、増築したばかりの借家の梁がギシギシと音を立てた。
「あっ、ミゥ後ろ向いて」
「にゃ?」
「リボンが曲がってる」
ミゥの長い黒髪をハーフアップに結わえたリボンを、コロがそっと手直しする。
「ありがとにゃ」
「うん! 似合ってる」
「コロもにゃ」
「えへへ」
それぞれの頭には、髪を留める小さなリボンが飾られていた。
街のシルバーアクセサリー店で、ディーユから買ってもらったものだ。
アクセサリーだけではない。コロは桜色の愛らしいワンピース、ミゥもブルーのワンピースを身に着けていた。
手の込んだ刺繍と、裾がふわりと広がった優しいデザインが可愛らしい。どちらも街の裁縫屋であつらえた余所行きの服だ。
「なんだか慣れないね」
「ミィたちは根っからの貧民だからにゃぁ」
ひらひらの裾をつまんで照れくさそうに微笑む。
「そうだね、でも嬉しい」
「にゃはは」
向かい合って手と手をぱしぱしと打ち合わせ、軽やかにターン。広いリビングダイニングの中央で、二人の少女がステップを踏む。
コロとミゥの新しい暮らし、新しい幸せのかたち。
家族とご飯を食べ、お風呂に入り、暖かい寝床で眠る。
週に一度は町の「学舎」にも通えるようになった。
ディーユとアイナの婚姻も、公の知るところとなった。
二人の婚姻を喜んだミーグ伯爵から、「結婚のお祝い」として借家の権利を頂戴した。
不動産と建物がまるごとディーユたちの暮らしの拠点となり、家賃を払う必要もなくなった。
これは「生活費の増額」という問題をかかえたディーユ・ファミリアにとって、嬉しいサプライズとなった。
お祝いついでに一階に広いリビングダイニングを増設、二階には小さな部屋を二つ増やした。
夫婦の寝室は元々あった二階の部屋を使い、建て増しした部屋の一つをミスティアに、もうひとつをコロとミゥで使うことにした。
こうして、賑やかな暮らしがはじまった。
コロやミゥ、ミスティアにとっては、今まで経験したことのない、穏やかで、とても幸せな生活が。
ドーンと雷の音が響いた。
魔法師ライクルによる狼煙だ。
祝いの祭りが始まる。
ミーグ王とマリアシュタット王妃が婚儀を交わした。そのことを祝い、国民に周知する、めでたいお祭りが。
「ミスティアはどこかにゃ?」
「ちょっとまってね、ミゥ」
コロが精神を集中する。
上に向けた手のひらに、小さな魔法円を持っているイメージで。
そっと目をつぶり、静かに、水面に波紋が広がるように。魔法の波動を輪のように広げてゆく。
ミスティアの「匂い」を探す。
いち、に、さん……。波動の広がりで距離を感じ取る。と、波が小さく跳ね返った。
「いた! お家の裏手、畑のほう」
これがコロの魔法。
身につけたばかりの、人探しの術。
匂いを感じ取るコロの能力を、修行を重ねることで固有魔法へと昇華させている最中だ。師匠であるディーユと日々鍛錬を重ねている。
「コロの魔法は便利だにゃぁ」
「そ、そんなことないよ……」
照れるコロの手を引いて、ミゥは裏庭に向かう。
目指すはミスティア。着替えをさせなければ、祭りのパレードに間に合わない。
二ヶ月前――。
ミーグ領は新生ミーグ王国を宣言し、名実ともに独立国家を樹立した。
領都レザトゥスは王都となり、新時代を迎えることになった。
『新生ミーグ王国にとって、国王陛下の婚姻は必然です』
アフェリア女史は私情を押し殺し、淡々と告げた。
『姪っ子と婚姻だと!? いやいや、まってくれ、急に言われても気持ちの整理が』
『私は嬉しゅうございます。気持ちの整理はバッチリですわ。憧れの叔父様と婚姻なんて……きゃっ!』
全力で戸惑うミーグ王に比べ、マリアシュタット姫は顔を赤らめつつも「まってました」とばかりに瞳を輝かせたという。
それから結婚に至るまで――ミーグ王の気持ちの整理がつくまで――ひと悶着、ふた悶着もあったらしい。
すったもんだの末、ミーグ王はマリアシュタット姫を王妃として迎え入れた。
ちなみに、ディーユとアイナの婚姻が、ミーグ伯爵とマリアシュタット姫の婚姻に影響を与えたと、アフェリア女史は話しているらしい。
◇
『クルル……!』
「おかえり友竜」
飛竜が皮膜を広げた羽を巧みに操り、ミスティアの腕に舞い降りた。空から戻ってきた飛竜は、口に一本のつる草の切れ端を咥えていた。
「ありがとう、ディも喜ぶよ」
ダークエルフの少年、ミスティアが飛竜に頬を寄せる。
と、そこへコロとミゥがやってきた。
「探したんだよ、ミスティア」
「あれ、着替えてるにゃ?」
ミスティアは二人の心配を他所に、いつもより上等な服に着替えていた。白地に青い縁取りの付いた爽やかな夏服だ。
「ディーに魔法の小枝を渡すんだ。コロとミゥこそ、準備はいいみだいだね」
「もう、探したのに」
「馬子にも衣装にゃ」
本当の年齢はさておき、ミスティアを弟のように可愛がってくれる姉貴分の二人は、いつもより「おめかし」をしていた。
「よーし、いこう!」
「町の広場にゃ」
「うんっ」
三人は駆け出した。
レザトゥスの城下街は、大勢の人々で賑わっていた。
街中が幟や旗で飾り付けられ、華やかに色づいている。広場では芸人がミーグの伝統的な音楽を奏でていた。
と、広場の中央に大きな舞台が据え付けられ、数人の人物が立っていた。
正装のアフェリア女史や執事長のジョルジュ、他にも大臣などだ。けれど、ひときわ目立つ位置に魔法使いのローブを羽織った黒髪の魔法師が立っていた。
「あっ、ディーさんだ!」
「ディにゃー!」
コロとミゥが人垣をなんとかかき分け、舞台袖に近づく。声をかけ手をふると、ディーユは緊張した面持ちのまま、ぎこちない笑みを返してくれた。
「コロ、ミゥ、ミスティアも上がってきてくれー」
「ディーユさまのご家族だね、こちらへ!」
舞台袖の係員に誘導され、三人も舞台へと上がる。
とたんに衆目の注目が集まる。救国の英雄の一人、魔法師ディーユ様のファミリアだ! と、拍手と歓声があがった。
ディーユは王国の魔法師となり、ミーグ王の相談役、マリアシュタット姫の側近として、国土の緑化再生計画を統括する立場となった。
王都周辺の緑化と開拓を行うため、忙しい日々を送っている。その働きは、雷撃の魔法師ライクルと双璧を成す魔法師として、国民に知れ渡っていた。
ミスティアは舞台に登ると、ディーユに小枝を渡す。
「やっと見つけたよ『藤の花』のつる」
「おぉ助かった。この季節は見つけるのが難しくて。ありがとう、ミスティア」
「どういたしまして。あ、来たよ王様と王妃様のパレードだ!」
屋根のないオープン馬車を先頭に、兵士や騎士たちの一団が近づいてきた。
先頭は儀礼用装備を身に着けた騎士団。後ろに続く黒塗りのオープンの四頭立ての馬車には、白い正装姿のミーグ王と、美しいドレス姿のマリアシュタット王妃が乗っていた。
おぉおお……! と歓声と拍手が沸き起こった。
紙吹雪が舞い、パレードを祝福する。
「先頭……」
「アイにゃん!」
アイナは王妃を護る騎士として、ミーグ王国の騎士団長となった。当然、こうした場では凛々しい姿で先陣を行くことになる。
やがて中央広場の舞台に、オープン馬車が横付けされミーグ王とマリア王妃が降り立った。周囲は静まり返る。舞台の上でも臣下たちやコロやミゥ、ミスティアも静かにひざまずく。
ただ一人、凛然と立っているのはディーユだった。
静かな微笑みを湛えた王と王妃が、魔法師の前に立つ。ミーグ王は、白い手袋に包まれた王妃の細い手を握っている。
ディーユは王と王妃に、婚姻の祝福を与えるという大役を仰せつかっていた。
『では、二人に魔法師の祝福を与えてしんぜよう――』
音声拡張魔法により、ディーユの声が広場に響く。
――枯死再想、ウィードリコレクション!
高らかな声とともに、魔法師ディーユが手を差し出した。
王と王妃の手に、緑のつる草を伸ばし絡める。藤蔓は瞬く間に、青々とした葉を茂らせ、ブドウの房のような白い蕾をつけた。
まるでブーケのように膨らんだ白い蕾の束が、一斉に花開いた。
ふわりと甘い芳香が広がる。
「まぁ……!」
マリアシュタット姫が喜びに目を細める。
「おぉ!」
「素敵……!」
「なんと美しい魔法じゃ!」
見守っていた街の人々から、溜め息のような歓声があがる。
ハンドファスティングセレモニー。
新郎新婦、二人の手を植物の蔓で結びつけることにより、永遠の愛、添い遂げる運命を象徴するミーグの伝統儀式だ。
『藤の花は、不死の花、家が栄え途切れない、そんな意味を持つ花とされています。二人の手を繋いだ蔓は、「決して離れない」魔法の象徴として、祝福へと変わるでしょう』
よし、噛まずに言えた……!
ディーユは思わず安堵しそうになったが、キリリと顔を引き締めた。
まだ最後の大仕事が残っている。
「では、皆も……祝福を!」
全力、枯死再想――ウィードリコレクション!
ディーユは魔法力を開放した。
すると、舞台の上に居た人々の手から一斉に花が生まれ、花開いた。
溢れんばかりの花束が弾け、王と王妃に向けて放たれる。
「おめでとー!」
「ございますにゃ!」
「えーいっ!」
「あぁ……! これはすごい」
「ありがとう、みんな!」
それぞれが隠し持っていた花の種やドライフラワーから、ディーユの魔法により生み出された花たちが弾けた。
観衆たちも歓声を上げ拍手を送る。
祝賀の声が、青空に吸い込まれてゆく。
ミスティアとミゥ、コロが駆け寄ってきて、ディーユに抱きついた。
「ふぅ、なんとかうまくいったな」
「やっぱりすごいや、ディの魔法!」
「お花の大噴火にゃー!」
「花咲かディーさん! 大好き」
コロはそういうと瞳を輝かせた。
「あぁ……! 俺も大好きだよ、みんな」
<おしまい>
【作者より】
こうして物語は幕を閉じます。
コロやミゥ、ミスティアにアイナ。
家族となったみんなは、
「花咲かディーさん」と末永く、幸せに暮らしましたととさ。
――Fin
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それでは……新連載でお会いしましょう★では、またっ!




