表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/57

残され魔女エリザ


「人の気配がする……! ずっとお山の方」

 コロが視線を向けたのは、谷のさらに奥、ハイレネー山の(ふもと)の方角だ。

 再びすんっと鼻を鳴らすと、確信したようにディーユを見つめ、小さく頷いた。

「わかったコロ、ありがとう」

 コロの感知能力(スキル)は、これまで幾度となくディーユを導き、窮地を救ってくれた。信じるに値する。


「みんな、聞いてくれ。生存者がいるかもしれない!」

「ディーユ、それは本当か!?」

 アイナが慌ててゴシゴシと手の甲で涙を(ぬぐ)う。

 辛く悲しい真実を知り流した涙と、ディーユからの「愛の告白」による嬉し涙がごちゃまぜになっていた。

 しかし何か事態に変化があった。気持ちの整理は後回しだと切り変える。


「川の上流のほうかにゃ?」

 ミゥが清流の上流を見つめる。その方角には家は見えない。白い灰のような砂に覆われた谷間が、山の懐まで続く。その先には緑の森の境界が、低い壁のように連なっている。

「うん。暖炉みたいな匂い。人の暮らしている匂いが、流れてきたの」

 ハイレネー山から流れ出る冷たい流れに沿って、匂いが漂ってきたのだという。


友竜(ウリュー)、舞い上がれ!」

 ミスティアが背中のリュックで休んでいた翼竜に声をかけた。

『キュイ……!』

 友竜(ウリュー)はコウモリのような大きな翼を広げ、一息に舞い上がった。羽ばたきながらぐんぐんと上昇、小鳥ほどの大きさに見えるほどの高度に至る。やがて旋回しながらゆっくりと滑空、川の上流、山の方角へ向かって行く。


「ミスティア……! ありがとう」

「うん、まかせて。ボクが『視て』くる」

 友竜(ウリュー)との視界共有。それはダークエルフのミスティアが持つ、固有能力(スキル)の一端だ。


「――遠隔視界共有(リモーティアルグス)

 左目を手のひらで覆い隠し、右目だけに淡い光を宿す。


 友竜(ウリュー)が北側へ進むことおよそ五百メル。村の跡地を抜けると、やがて谷が沢に変わり森へと至る。

「森だ、僕らが最初に通ってきた森と繋がっている」

 ミスティアは上空を飛ぶ友竜(ウリュー)の視界を半分、借りている。

 ほとんど芥子(ケシ)粒のように小さくなった翼竜はなおも飛び続ける。白い砂で覆われた谷を抜け、森の上空を舞う。

 そこが『滅びの光』の最大到達点。森はハイレネー山麓周辺に広がっており、豊かな恵みをもたらしてくれた。滅びの光の影響は、手前までで途切れている。


「ディーユ、思い出した……! ――ずっと北の山の方、谷の終わりの森の中……!」

 アイナが瞳を輝かせ、まるで詩のようなフレーズを口ずさむ。

「あぁ、そうだ。――サビレッタの境界を越えて、ハイレネーの(ふもと)の森の奥……」

 それは子守唄だが、言うことを聞かない子供を(たしな)めるための歌だった。


「「恐ろしい魔女が、おまえを食べてしまうー!」」

 アイナと同じフレーズを口ずさむ。


 そうだ。

 森の中に一人で暮らしている『魔女』がいたのだ。

 ハテノ村、サビレッタ集落の更に奥、人里離れた森の中に。

 そこに古い小さな丸太小屋があり、一人で暮らしている老婆(・・)が確かにいた。

 とても偏屈で、無愛想で。でも悪い人ではなかった。

 村人たちとあまり交わらず、時おり村に降りてきては森で採れた薬草などを食べ物と物々交換。あるいは魔法の薬を売り、必要な最低限の品物を買っては、また山に戻っていった。

 魔女が来ると子供達は逃げた。

 しかし大人たちは、まるで山の神の使いでも来たかのように、丁寧に対応していたのが印象深かった。


「名前は、魔女のエリザ!」

「子守唄になるほどの生ける伝説だ」

 懐かしくて思わず二人で微笑む。

「魔女?」

「怖そうだにゃ」

 コロやミゥはぎょっとして顔を見合わせた。


 村の人々は「あの婆さんは魔女だ。怒らせれば災いがふりかかる」「子供が行くと煮て食われる」「近づいてはダメだよ」と言い聞かせた。


 だが、そんな言いつけを守るアイナではなかった。

『魔女に会いに行ってみよう!』

『え、えぇ……? ダメって言われてるのに』

『大丈夫だって。本当に魔女かどうか、確かめてみようよ』

 あれは、十歳のときのことだ。ディーユは嫌々、アイナに強引に誘われて森へと分け入った。

 狩人の父親に連れられて森に何度か入っていたアイナは、秘密の獣道を知っていた。危険な野獣をうまくやり過ごしながら進み、やがて魔女の住むという小屋へとたどり着いた――。


「あっ煙だ……! ほんとだ、小屋がある! 川沿いのずっと森の奥、ここから一キロメルほど先……! すごいや、コロの言う通りだ」

 ミスティアが歓声をあげると、コロは照れくさそうな様子で、隣にいたミゥにじゃれついた。


 しばらくして、友竜(ウリュー)が戻ってきた。

「おつかれ」

『キュルル……』

「はい」

 コロがリュックから干し肉を取り出し、食べさせる。ご褒美をもらい、友竜(ウリュー)は満足げだ。


「よし、方向もわかる」

「行ってみよう……!」

 

 ◇


 一時間ほどゆるやかな山道を登る。

 周囲は再び深い森となった。木々の葉のざわめき、動物たちの声や気配にホッとする。生命に満ち溢れた世界に戻ってきた、という感覚だ。

 体力の劣る少年少女たちを気遣いながら、細流(さいりゅう)となった渓流沿いで何度か休憩する。

 昼を過ぎた頃、目的の小屋が見えてきた。木々に隠れた森のすぐ向こう、尖った茅葺きの屋根と煙が立ち昇っている。


「あった……!」

「煙が出ている、魔女は元気なようだ」


「怖いにゃぁ……」

「み、みんな一緒だし大丈夫だよ」

 ミゥとコロは及び腰。

 魔女といえば、貴族を怪物に変えた魔女、イヤミフラシアだが。その印象が最悪すぎた。


 森の小道を見つけ、進む。

 しかし、なぜか小屋にたどり着かない。

 気がつくと前にあったはずの小屋が、左手の後方に過ぎ去っている。道に迷ったのかと戻り、再び目指す。

 今度はいつのまにか背後に小屋の屋根がある。


「なぜだ!? 目の前にあるのに行けないとは!」

 アイナが地団駄を踏む。

「気配と匂いはずっとそこにあるのに……。十五メル先の森の向こう」

「ミゥも何がなんだかわからないにゃ」

 コロもミゥも草むらに座り込んだ。


「……迷い森の結界。魔女の家に近づけない魔法だよ」

「はぁ!? わかっていたのなら最初から言え」

「まぁまぁ、俺たちはいま試されているのさ」

「魔女が、私たちを……?」

「向こうには招くか招かざるか、選ぶ権利がある」

 食ってかかる女騎士を軽くいなし、すまし顔で子供たちの様子を窺う。ディーユは既に魔法のカラクリに気づいていたが、それぞれの反応を観察していたのだ。


「あれ? そっか、魔力波動で進む方向を、気がつかないうちに曲げて、惑わされているんだね」

 ミスティアは流石に気がついたようだ。

「ご名答」

「えへへ」

 ぽん、と頭を撫でる。


 元・宮廷魔法師として、結界を破り突破する術ならば知っている。魔力波動の干渉による破壊、もしくは術式解析により、綻びをみつけだす解呪などだ。

 しかしそれらは宣戦布告(・・・・)に他ならない。

 魔女や魔法使いが展開した結界には、己のテリトリーだという意味がある。結界を切り裂き、土足でズカズカと踏み込むということは、殴り込みに近い行為となる。

 わかっていても相手の流儀に従う。それが魔法を学んだ者ならばわかる礼儀だ。


「では、どうする?」

「そうだなぁ。結界を踏み越える『正解』は用意されているはずさ」

「……んっ? まてよ、ディーユ。私たちが子供のとき、この家に来たし入れたじゃないか!? そして魔女にも会った」

「そうだな。アイナはあのとき、普通にドアまでたどり着いたじゃないか」

 瞳を瞬かせ、うーん? と腕組みをするアイナ。


 次第に思い出してきた。

 今から十年ほど前のこと。

 確かにアイナとここにきて、魔女に会った。

 恐ろしいと聞かされていた老婆に招かれ、お茶をのみ、お茶菓子を貰い、話をした。そして不思議と楽しい時間を過ごした。

 別れ際、最後に魔女はこういった。


「――坊や、君は魔素(マナ)器官を継承している。世界に秘められた力を汲み出す、井戸のような。つまり、わかりやすくいえば魔法の才能があるのさ」

「魔法……?」

「鍵は、認識することさ。胸に手を当てて、信じて。深く、祈ってごらん」


 言われるまま胸に手を当てて、祈った。

 ぽっ……と熱が生まれ、胸の奥で光が生まれた気がした。


 気がつくと、森の外れで倒れていた。

 アイナと二人で魔女の家にいったことがバレ、こっぴどく叱られたのは、今となっては良い想い出だ。


 それからディーユは魔法の力が芽生えた。

 眠っていた能力が活性化した、とでも言うべきか。


「何故あのときは入れて、今は入れないのだ?」

「大人になったからかなぁ……」

「あぁもう、もったいぶらずに教えてくれ」


 アイナがしびれを切らしてきたので、正解に一番近いコロの背中に両手をおく。


「コロ、目をつぶって。感じるかい? 魔女の気配、住んでいる家の方向」

「……うん、なんとなく」

「ミゥ、ミスティアもここへ。コロの導く方向に。ゆっくり進んで。決して前をみないこと。見ていいのは、足元だけだ」

「わかったにゃ」

「結界やぶりのおまじない?」


「まぁ、そんなところだ」


 コロの背を押す。

 ゆっくりと歩きだすコロ。森の木々の陰に三人の少年少女の姿が隠れる。

「ディーユ……!」

「しっ。鍵を開けてもらうのさ」

 危険はない。


 と、不意に森がザワつき、大風のように梢が揺れた。

 はっとして周囲に視線を走らせる。景色が変わっていた。

 森のなかに十五メルほどの、開けた場所がある。その中心に古く、しかし手入れの行き届いた丸太小屋があった。

 周囲は畑らしく、作物やハーブ類が植えられている。


「魔女の家だ……!」

「あぁ、魔女エリザの家、あのときと何も変わっていない」


「ディーさん!」

「なんだか着いたにゃ!」

「こんにちはー! 誰かいますかー?」


 コロとミゥが此方に向けて大きく手を振る。その後ろでは早速、ミスティアがドア越しに呼びかけている。


「おいおい、大丈夫か?」

「魔女は言うほど怖くなかった気が……」

 アイナとディーユは気軽な足取りで進む。


 と、その時。

「ヒィヒャァアア! 新鮮なぁあああ! 子供のォオ、肉ゥウウウウウ――!」

 ドアが勢いよく開き、白髪を振り乱した魔女が出現した。ギョロリとした目玉に、悪鬼のような表情。右手に包丁、左手にはナベ。ボロを纏い、すさまじい奇声をあげながら猛ダッシュで襲いかかってきた。

「わぁああっ!?」

「きゃぁあ!?」

「にぎゃ!?」

 驚き悲鳴を上げるミスティア、コロとミゥも蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「恐ろしくないんじゃなかったのか!?」

「うーん。記憶違いか」


「きゃうんっ!」

「コロッ!」


「げははは、まぁてぇあ小僧ぁあああ!」

「えっ!? ボクぅ!?」

 最初に転んだコロには目もくれず、ミスティアを追い回し、包丁を振り上げる。

「まぁてぇえええ……!」

「やだやだやだやだ……!?」

 涙目で逃げ回るミスティア。そのすきにミゥがコロに駆け寄り助け起こす。


「コロにゃ!」

「ひゃぁあ……」

「に、逃げるにゃー!」

 けれど、コロはきょとんとした表情で、ミスティアを追い回す魔女に視線を向けた。


「でも……すごく、良い匂いがした?」


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 前回の衝撃的なディーユの告白からの急展開! 村人達の全滅……という絶望的な現実の中から希望を見出す選択をしようとした一行の前に察知された"生存者"という存在。 魔女はなかなかに濃い人物の…
[良い点] 村人は全滅かと思いきや、コロの鼻に生存者の気配が……。 しかも村はずれの森の中かららしい。 この世界では魔法使いや魔女は実在のものでありますが、ハテノ村では件の魔女だけだったようで。 そし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ