ディーユの「魔法」と「魔術」について
そして出発の日――。
ディーユたちは軍施設の広場にいた。城に隣接する敷地では、兵士たちが訓練をしたり軍馬を世話したりしている。
「今回の任務はー! 西方未探索領域調査であるーっ!」
白ひげの隊長がせずじを伸ばし、声も高らかに叫んだ。グレーの隊服の上に簡素な鎧、腰には剣をぶら下げている。
「うぃーっす」
総勢8名からなる調査小隊は、引退間際かという古参兵ばかりだった。女性士官も一人交じっているが、本とノートを数冊抱えているところをみると、測量・記録係だろうか。
「領軍の精鋭や主力は、南方へ振り分けられているらしい」
「なるほどな」
アイナの耳打ちに小さく頷く。
目下ミーグ王国の最優先事項は、最南端のヴェトムニア共和国との通商路確保だ。ここにいる調査隊は予備兵力なのだろう。
「今回は特別に魔法戦隊、ガーデニア騎士団も同行するーっ!」
ディーユたちに注目が集まり、思わず背筋を伸ばす。
いつのまにか魔法戦隊に格上げされていたらしい。
兵士たちはガーデニア騎士団に、孫に向けるような笑みを向けた。
女騎士アイナはさておき、ダークエルフの少年と翼竜、可愛い猫耳と犬耳の少女二人までいるのだから。
「よろしくお願いいたします」
小隊を代表し、アイナがビシリと返事をする。
ガシャリ……と武具が重々しい音を立てた。まるで魔獣討伐にでも向かうような完全武装のフル装備だ。コロたちも右に倣って敬礼をする。
「彼らはハテノ村付近にて途中下車、3日後、帰路にて回収する!」
白ひげの隊長が、簡単に行程の概要を述べてくれたとおり、ディーユたちは途中で下車し、ハテノ村周辺を調査する。
二人とも出身はハテノ村、サビレッタ集落だ。かなり田舎なので、きっと『滅びの光』も届かなかったに違いない。
ミーグ王国の西域調査は、消滅した境界調査と併せ、孤立している村や集落がないか確認してゆくことが目的だ。
気を引き締めて赴くべき重要な任務だが、ディーユたちにとっては骨休め、休暇のようなものだ。ミーグ伯爵のご厚意には感謝するよりほかはない。
早速、出発の準備をすすめてゆく。
二頭立て馬車、三台へ分乗するらしい。
「というわけで準備はいいか?」
ディーユがとりあえず皆を見回す。
「はいです!」
「いいにゃ」
「いいよー」
てんでバラバラな返事だが、見た目もバラエティ豊かだ。
コロは涼しげな夏用半袖シャツにショートパンツ、足元は夏用のブーツでまとめた旅人スタイル。背中に大きなリュックを背負っている。
「ずいぶん大きな荷物だなぁ」
「着替えと日用品と、ごはんとおやつ、それから……えーと、お菓子と果物!」
ぴこん、と尻尾を振り動かしてリュックを向けるコロ。
「さすがコロだ」
生活してゆこうという心構えが良いな。
「で、ミゥは」
「用意はバッチリにゃ」
自信満々に微笑む猫耳少女。青いワンピースにサンダル履き、頭には麦わら帽子。耳は隙間から出しているのだろうか。肩からポシェットをぶら下げている。
まるで夏休みに近所を散歩するかのような格好だ。しかも両手には釣り竿と、虫取り網を持っている。
「お、おぅ?」
「これでご飯を採るにゃ」
「食糧は現地調達するのが基本だからな!」
アイナがあっけらかんと笑う。
「弟子よりも師匠が問題か……」
確かにクエストでは食糧を現地調達することもある。野獣を仕留め、皮をはぎ血抜きした肉を焼いて食う。だが、今回はそういう旅ではない。
「その点、ボクは抜かり無いよ」
視線を向けるとミスティアは、小さな魔法使いといった雰囲気だ。手に持った長い杖の先で、小さな翼竜・ウリューが翼を休めている。
薄手のシャツに半ズボン。こちらも夏休みのような格好だが、魔法使い風のマントがワンポイントだろうか。
若草色のマントを広げてみせる。裏地は空色で、しっかり裏打ちされている。
「これ、お姫様が作ってくれたんだよー」
「マリア姫が?」
「うんっ」
趣味の裁縫スキルを生かした、素敵なご褒美というわけか。
二頭立ての馬車が三台。ディーユたちは二台目だ。
客室部分は迷彩柄の幌で屋根がかけられている。
コロやミゥ、ミスティアが乗り込んだところで、本を抱えた女性士官が近づいてきた。ミーグ領軍の士官服は、アフェリア女史と色違いの濃緑色だ。
「ディーユ殿、出発前にひとつよろしいですか?」
「君は?」
「ミーグ領軍、情報士官ロージー少尉です」
背は小さいが、よく通る声だった。
青い瞳が、キッと鋭い視線を向けてくる。
ブロンドヘアーを後ろで一つに束ね、顔は凛々しい。年はディーユやアイナとそう変わらないようにみえた。体のラインはつるんとしていて、全体的にアフェリア女史から出っ張りを削り、コンパクトにした感じの女性士官だった。
「ディーユに何か?」
アイナがずいっと前に出て、威圧するように胸を張った。ロージー少尉は背も小さめで、アイナの胸あたりに頭が位置している。
「……」
ロージー少尉は眉根を動かしたが、アイナをスルーしディーユに向き直った。
「従者たちの遠足気分は構いませんが、肝心の貴方はどうなのですか? 魔法師としての実力を示す階級は、Dランクだったとお伺いしています。調査隊といえども、戦力になって頂かねば困るのですが」
「うーむ、それを言われると」
ハッキリ物を言うヤツだ。ディーユは苦笑しながら目を細めた。
一度ついたDランクというレッテルは、帝国が滅んでもついてくるのか。
「なにを言う! ディーユの魔法は狂人ラソーニさえも退けたのだ!」
アイナがフォローしてくれるが、ディーユは手で静かに制した。
馬車の客室からコロやミゥ、ミスティアが顔を出し、白ひげの隊長や兵士たちも「何事か?」と視線を向けはじめた。
「ディーユ殿の、ラソーニ狂乱事変における英雄的活躍はもちろん存じております。しかし先日、我が軍の魔法兵団長に着任されたライクル殿は雷撃を操られます。港町でオークの軍勢を一撃のもとに葬り去った威力を、私はこの目で見ました。しかし、ディーユ殿は植物を操る魔法師……主に近接戦闘支援タイプかと」
的確な分析だ。
「いささか、戦力として心もとない……と」
「そうです」
「ロージー少尉が言いたいことはわかりました」
そう見られても仕方ない。というか、そんな事は慣れっこだ。王宮にいるときからずっと。小さくため息を吐いて、一瞬だけ精神を集中する。
「では、ひとつお見せしましょう」
「出来ましたら、是非」
アイナが今にも怒り出しそうだったので、久しぶりに見せておくか。
ポーチから触媒となる乾燥した小枝を取り出し、手のひらで包む。そして手の内側に魔力を集中する。
「では。――魔法詠唱開始、魔力変換術式! 見えざる内なる壺よ、我が魔力の雫を満たす――。変換『枯死再想』……! 炎の精霊の糧となりて、熱を炎を与えよ……!」
口の中で呪文を詠唱しつつ、適当な目標を探す。
十メル先、剣の訓練をしている兵士の横に、木にボロ布と古い鎧を縛り付けた「かかし」が立っていた。
「呪文だにゃ?」
「ディさんが魔法を……?」
ミゥとミスティアが驚く。コロも目を瞬かせた。
しかし事情を知るアイナは腕組みをし、余裕の表情で眺めている。
「爆ぜよ、『火炎投擲』――!」
ボールを投げるような仕草で、魔法の塊を放り投げる。
手から離れた触媒にボッと点火し、渦を巻くような炎の尾を噴きながら空中を滑る。
そして、カカシに命中するとドッ! と激しい炎に包まれ燃え上がった。
「おぉおお……!」
「さすが魔法師さま!」
「炎の魔法、なかなかの威力ですのぅ!」
周囲に居た兵士たちも驚く。
「はっはっは! 見たか!」
アイナが誇らしげに高笑いをする。
「……というわけです」
ロージー少尉に向き直ると、驚いた様子で焼け落ちるカカシの残骸を見つめ、そして納得した様子で頭を下げた。
「失礼いたしました。魔法師ディーユ。疑うようなことを言って」
「いいんだ」
「ミーグ伯爵が一目置く魔法師だと言ったであろうが、ロージー少尉」
「すみません。自分の目で見ないと信じられない性分でして」
「とにかく、ディーユ殿は頼りになるんじゃ! 城で狂った魔法師との戦いを、ワシは見たからわかるんじゃ!」
老兵士たちや白ひげの隊長の太鼓判を背に、馬車に乗り込む。
そしてようやく出発となった。
◇
馬車に乗り込むと、早速ミスティアが右横に座り話しかけてきた。
「ディさん! 魔術が使えたんだね」
「……まぁな。これでも元、王宮魔法師だ」
魔術を一通り学んで、訓練し、切磋琢磨。そしてくだされた評価が、魔法師ランク「D」だった、ということだ。
「はじめて見たにゃ」
「炎の魔法、風の魔法、使えないわけじゃないんだ。でも、苦手でね」
「いつも植物を操る魔法ばかりつかうのはなぜ?」
ミゥも興味を持ったようだった。
「それはね、呪文詠唱無しですぐに使えるからさ。『枯死再想』は固有のスキルというレベルまで、俺の魔力と一体化していて、さっきみたいな呪文の詠唱なしでもすぐに使えるのさ」
魔法師にも様々いるが、最低限のことは誰でもできる。
小さな炎を熾し、紙を吹き飛ばす程度の風を起こし、闇夜を照らす光を生む。
それらは魔法学校で習う「基礎」だからだ。
でも、それらは出来てあたりまえ。
王宮魔法師の評価基準はそこから先、「使えるかどうか」「役立つかどうか」「帝国に貢献できるかどうか」に沿って分析され下されるものだ。
今更だが、ラソーニ・スルジャンが意味もなくSランクだったわけではない。
ヤツはあらゆる魔法をほぼ呪文詠唱なしで使えたし、黄金さえ錬成する天才魔法師だったのだ。
「なるほどにゃ。ゴニョゴニョ唱えていた呪文に秘密があるにゃ?」
「察しが良いなミゥは。そのとおり。呪文で持っている内なる魔力を変換し、炎の魔法に錬成したのさ。ミスティアが言ったとおり、これは『魔術』だよ」
向かい合った座席の対面に、アイナとミゥが腰掛けている。
話を聞いて、聡明なミゥの瞳が輝く。
「すごいにゃぁ」
ミゥは察しがよくて、とても賢い子だ。
「実は、ディーユの炎の魔法は、実戦向きではないのさ」
アイナが説明を付け加える。
何度もクエストを共にし、事情を知っている。
火炎の魔法を励起するまで、たっぷりニ十秒は必要だ。
これではとても実戦では使えない。
魔法を放つ前に、剣を持った相手には斬り殺され、魔獣相手なら噛み殺されてしまうだろう。
ほぼ瞬時に励起できる「実戦向け」の魔法が、ディーユにとっては『枯死再想』だけ、ということだ。
「お花を咲かせる魔法は優しくて、素敵で……私は好き。火は、ちょっと怖いです」
左横に座ったコロが、手を重ねてきた。
「コロ、ありがとう」
「えへへ」
頭と頭を寄せて、ぐりぐり。よしよしと親愛の情を示す。
「魔物相手に戦うときはボクが手伝うからねっ」
負けじとばかりに右腕に腕を絡め、ぎゅっと身体を寄せてくるミスティア。
「あぁ、頼むよミスティア」
「うんっ」
向かい側でアイナが半眼で「ぬぬ……」という顔をしていた。
「ねぇディさん。わたしも魔法使いになれるかな?」
不意に、コロが言った。
丸い瞳がじっと見つめている。
思わぬ言葉に驚くが、魔法の片鱗が無いわけではない。
コロは鼻で匂いを感じ、魔物の気配や危険を嗅ぎ分ける。
半獣人の肉体的なスキルかとも思ったが、深いところで何か、魔法的な力と結びついたものなのかもしれない。
「どうかな。そうだ! 俺の村に魔女がいるんだ。そのひとが俺に『魔法の才能があるよ』って教えてくれた。コロもその人に見てもらおう」
「うんっ!」
村外れに暮らしてた魔女。
偏屈で人嫌いの魔女。
彼女との出会いが、ディーユの運命を変えたのだ。
「ミゥも!」
ミゥもはいはいっと手を挙げる。
もちろんだと笑みを返す。
「ボクも!」
「ミスティアはもう魔法使いみたいなものだろ」
兎にも角にも、揺れる馬車の客室は楽しい雰囲気だった。
街を抜け、郊外へ。
右手側にミスティアが眠っていた黒き森。
左手側は白い砂漠地帯。
不思議な光景が広がる街道を、車列が進む。
変わりゆく景色を見ながら「ガーデニア騎士団」たちはワクワクした様子だ。
旅は順調に続き、二日目。
「明日はいよいよハテノ村だ」
<つづく>




