君と帰る場所
日が昇るにつれ、次第に状況がわかってきた。
各所の被害状況が伝えられ、同時に重傷者が城の臨時救護所に次々と運ばれてくる。
「とにかく被害者の救護優先だ! 負傷者の治療は、城の備蓄を解放して構わねぇ。医療品を出し惜しむな。各領軍部隊は残存部隊を再編し、警戒を継続するよう伝えろ」
深刻な被害状況が伝えられると、ミーグ伯爵自らが陣頭指揮をとり、負傷者の救護と軍の再編を指示する。
「レザトゥス内各自治組織へ治安維持への協力要請と、負傷者治療の支援依頼を。既にリストアップ済みの各ギルドへ使者を送り、必要物資の増産依頼を」
アフェリア女史も補佐役として、疲労を押して働いていた。
救護所への指示や、各所への協力要請。仕事は山ほどあるだろうが領政府の職員たちへと矢継ぎ早に指示してゆく。
それと並行し、集まってくる情報をまとめ、今回の事件の全容を分析、解明してゆく手腕ににも舌を巻く。
「ディーユ、私たちも何か手伝おう」
傷の応急手当てを終えたアイナとディーユは、野戦病院と化した城の前庭で立ちすくんだ。
「出来ることをするしかない。アイナはマリアシュタット姫の指示を仰ぐべきだ。俺は……治癒に使えそうな薬をつくる手伝いをする」
「わかった。無理をするなよ」
「アイナこそ」
ラソーニにやられた傷は今も痛み、魔法力も回復しきってはない。正直、倒れそうなほどに疲弊しているが、こんな状況で動けるだけまだマシだ。薬草を増やす手伝いなら出来るはずだ。
アフェリア女史にその事を伝えると大いに喜んだ。
「感謝します。ディーユ様。狂乱の魔法師との戦闘で、怪我もまだ癒えぬうちに……」
まさかアフェリア女史から労いの言葉が聞けるとは、思ってもみなかった。
「こんな状況で、寝ているわけにもいきませんし」
ラソーニの邪悪な魔法光線で射ぬかれた肩は痛い。だが魔法の行使に支障はなさそうだ。
ちなみに魔法師ライクルは「英雄」扱いだ。
「もう無理です、無理……」
魔法を使い果たして寝てしまったが、ライクルは逃亡を図ったラソーニを、必殺の雷撃で仕留めたことで救国の英雄として讃えられた。
ここ一番! という時に大活躍。やはりヤツは見込んだ通り「
できる男」だ。
そんなライクルと違い、ディーユはアイナの後方支援に徹していたせいで、あまり目立たず称賛もされなかった。
それでもミーグ伯爵やマリアシュタット姫、それにジョルシュやアフェリア女史は、百も承知。尽力に対し、感謝の意を示してくれた。これだけでも大きな勲章をもらったに等しい。
「治療に必要な治療薬が、不足しているのです。特に止血や化膿止めの薬が」
「私なら、原料の薬草を増やせます。乾燥した薬草があれば」
「それならば倉庫に。では早速スタッフを手配します。本当に助かります」
やがて薬草の調合スキルを持つ数名の女性たちと、城の一室で作業を進めることになった。
「ウチの人も夕べ、大ケガして帰ってきてねぇ」
「あらやだ、ウチもよ。死ぬ、死ぬってもう、大変だったよ」
緊迫の現場を想像していたが、街のオバちゃんたちの集会場みたいだった。
気を取り直し枯死再想、ウィード・リコレクションで乾燥されたハーブを蘇らせる。青々とした新鮮な血止め草を束で作り出して、オバちゃんたち渡す。
「あらぁ! 素敵な魔法だこと……!」
「魔法師さま、お若いのに凄いわねぇ」
「いいわねぇ、お野菜でもできるの? 便利ねぇ」
「えぇ…………まぁ」
お茶会のような雰囲気は、悲壮な状態ではないのだろう。
その日はとにかく城も街も騒然とし、バタバタと落ち着かなかった。
作業を進めているうち、だんだんと打ち解けて仲良くなれた。
「ディーユさんは、おいくつ?」
「19歳です」
「いいひといるのかしら?」
「マリアシュタットのお姫様は美人よねぇ。でも、身分が違うとむずかしいわよねぇ」
「あらやだあ、奥さん。ディーさんはねぇ、ほら! お姫さまといっしょにいる凛々しい女性騎士……! アイナさまでしたっけ? そちらと仲がよろしいのよねぇ」
「……え!? えぇ、まぁ」
何で知ってるんだよ。
「ドゥフフ、城で働いている隣の奥さまから聞いたの」
「ディーユさんの社宅は、ウチの近所なんですよぉ? 今度、おすそわけにいきますねぇ」
「お嬢さんは何が好きですか? ウチの子ね、子犬みたいな可愛いお嬢さんと遊んだ……って、楽しそうに教えてくれたんですよー」
コロのことまで。
怖ッ! 主婦たちの情報網、侮りがたし……。
「でも、ディーユさんは独身なのよねぇ」
「あらぁ……。はやくお嫁さんが欲しいわねぇ」
「私がもう少し若けりゃねぇ、グフフ……!」
「やだもーキャハハ」
「……うぅ」
元気であっけらかんとして騒がしい。だが、お陰で鬱々としていた気分も、なんとなく救われた気がした。
次第に騒ぎは収まり、昼近くになるころには、お茶菓子を食べる余裕もでてきた。
そして「オバちゃん通信網」から耳に届いたのは、『狂乱の魔法師、悪の侵略者ラソーニ・スルジャン! 悪の権化を死闘の末、ミーグ領の英雄たちが倒した!』というニュースが、領内全体に伝わりはじめたらしい……ということだった。
詳細な情報も徐々に知れ渡り、事の次第も明かされつつあるようだ。
なかでも『魔法師ディーユの眷属であるダークエルフの少年が、森からオークを援軍として召喚。ガーゴイルの撃退の大きな力になった』と、街の目撃者のインタビューも交え、「ミーグ領の奇跡」として紹介されていた。
多少の脚色は、おそらくアフェリア女史の心配りだろう。
そして奇跡の立役者、ダークエルフ、ミスティアも目を覚ましたらしく、俺を頼って薬製造の作業部屋へとやってきた。
「ディ、いる……?」
フード付きのパーカーを羽織り、中を覗き込む。
人見知りは直っていないのか、他人がいることで入りにくい様子だった。
「あらぁ! この子がディさんの子?」
「可愛い女の子? あら、男の子ね」
「ずいぶん日焼けして健康そうだこと!」
オバちゃんたちの勢いにギョッとするミスティア。
「おいで、ミスティア。みんなもうお前が英雄だってこと、知っているから」
ミスティアの協力でガーゴイルを撃退できた。その事を城のみんなは少なくとも噂では知っている。部屋の中の女性スタッフたちも、笑顔で「いらっしゃい」「お菓子もあるよー」と気軽なようすで手招きをする。
ようやくミスティアは部屋に入る。ぺこりとお辞儀をするなり、すたたと駆け寄ってきて、抱きついてきた。
小さな友竜が肩にとまっている。
「ディ、怪我してる……!?」
「心配ない、って痛てて……! あんまり触るなよ」
「ねぇ、ボクもここにいていい?」
「いいとも。コロとミゥの様子はどうだった?」
「いままでお姫様の部屋に一緒にいたよ。もう起きていたし、平気みたい」
「よかった……」
やがて回復したコロとミゥも、ディーユたちの居場所を聞き付けてやってきた。
「あんれま、こんどはお嬢さんたち?」
「犬っ子に猫っ子……! 珍しいこと」
「可愛いねぇ……! みんなディーさんが好きなのねぇ」
ミーグ領では半獣人自体が珍しく、オバちゃんたちに悪気はないので気にしない。
「ディさぁあん、うわぁああん!」
「みゃぁ……!」
顔をみるなり、泣きながら二人は抱きついてきた。
「痛たた!?」
コロは泣く元気があるが、ミゥは猫耳を倒し怯えきっていた。
「もう大丈夫だ、なにも怖くない」
狂人ラソーニ・スルジャンの許しがたい言動、犯行の数々は、相当に恐ろしくショックな出来事だったことだろう。
元々大人に対して不信感と恐怖を抱いているコロとミゥの、更なるトラウマにならなければいいが……。
「よほど怖い目にあったのねぇ……」
女性たちも、心配そうに声をかけるしかできなかった。
とにかく、二人を抱き締めて落ち着かせる。それからは片時も離れたくない、といった様子だった。仕方ないので作業部屋にいさせてもらうことにした。
「コロ、その薬草を石臼ですりつぶして。できるかい?」
「……うん」
「ミゥはビン詰めを手伝って」
「ニィ……」
何もしないより手を動かす方がいいだろう。そう思い、他のスタッフたちに教えてもらいながら、各種治療薬の準備を手伝ってもらうことにした。
化膿止め、血止め、痛み止め。各種乾燥済みの貴重な薬草を魔法で蘇らせ、薬効の高い生薬にかえる。
すりつぶし、薬油を混ぜ、練って清潔なビンに詰める。需要が多い薬から最優先に。
気の遠くなるような作業だが、気も紛れる。
――ラソーニ・スルジャン狂乱事変
ヤツが引き起こした破滅的な一連のテロ事件を、ミーグ伯爵はそう呼称したらしい。
状況も次第にわかってきた。
各所からの情報、ここ数日続いた一連の事件の被害は深刻だった。領軍の死者は百数十名、負傷者は重軽傷者あわせて三百数十名に及んだ。
殊にも甚大だったのは城だ。凶悪なエナジー・ドレインにより五十数名の兵士の命が失われた。
他にもガーゴイルと戦闘を行った防衛隊、各地偵察隊の被害が多かった。
戦闘に巻き込まれた民間人、戦闘に協力した冒険者ギルドなどを合わせれば、被害は更に膨らむだろう。
情報の開示は、詳細を知らず、不安に思う領民に対し、パニックにならぬようにと配慮したものだ。
知り得た情報を分析し、的確に伝えたのはアフェリア女史の手腕があったからこそだろうか。これらの情報は、逐一、魔法通信を通じて領都レザトゥス内各自治体、周辺の村々、各ギルドなどへと通知された。
いったい何が起こったのか。
いつ、誰が何をして、どうなったか。
人々が不安がらぬよう、必要な情報を過不足なく、知れ渡るようにしたようだ。
――崩壊した千年帝国王宮最後の魔法師、Sランクの魔法師ラソーニ・スルジャン。この男が「黒い未知の魔物襲撃事件」の頭目であった。
自らガーゴイルの軍勢を率いて攻め込み、ミーグ領を制圧せんと目論んだ。卑劣な戦法で防衛線を突破し、領都レザトゥス城まで攻め込んだ。しかし領軍の奮戦、マリアシュタット姫の近衛魔法師たちによる激闘の末、これを撃破することに成功。
ラソーニ・スルジャンは狂乱の魔法師、侵略者の頭目として、その場で断罪に処した。
追伸
ラソーニ・スルジャンは世界の崩壊、第二次魔導災害の元凶である可能性が浮上(現在調査中)――――
やがて太陽が傾き、夕方に差し掛かるころ、治療薬作りは一段落した。
ディーユたちは食堂で配給食を食べながら、ようやくひといきつくことができた。
コロとミゥ、ミスティアと四人でテーブル席を囲む。配給食のメニューは鶏肉と豆のスープ、鶏肉の香草焼き、雑穀パン、チーズ。それにドリンクバーで飲み放題の、野菜と果物のジュースと、まぁそこそこだ。
「あー、疲れた……めしー、めしー」
すると、そこへアイナもやってきた。空腹でへとへとの様子で目の下にはくまもできている。
「まるで餓鬼だな」
マリアシュタット姫への報告や警護、兵士たちの救護、それと追悼や埋葬など。辛い仕事を終えたのだという。
騎士の装備を半分外し、テーブル席の端に腰かける。
料理は一律、同じものが配給されるので給仕のオバちゃんがすぐに運んできてくれた。
「ミゥウウウ……!」
「アイにゃん!」
ミゥを抱き締めて「はぅぁ、癒されるぅ……」とほおずりするアイナ。ミゥもようやく元気が戻ってきたようだ。
つづいてコロを抱き締めて、すんすん匂いを嗅ぎ「あぁ、お日様の甘い匂いだ」とウットリ。その流れで次にミスティアも……と狙ったところでサッと逃げられた。
「くそ、すばしこいやつめ」
「やだよ、アイナ汗くさいし」
「ななな! そんなことあるか……! いや、あるな」
くんくんと自分の腋を嗅ぐアイナ。もはやレディとは思えない行いだが、実にアイナらしい。
ガツガツと食べながら、あれやこれやと話しをしていると、
「……ところで、ディーユ。ヤツとの決戦前に何か言いかけてなかったか?」
「あ、そういえばそうだったな」
なんと言おうとしていたのだろう?
思い出せない。
いや、そうだ。
――この戦いが終わったら……。
それは禁句。
験担ぎをする戦士が決して口にしてはいけない言葉だった。
なのに、あのとき……言わずにはいられなかった。
アイナに、言いたかったこと。
「俺といっしょに……」
「いっ……一緒に?」
コロとミゥが顔を見合わせ、ハッとする。
「村へ、故郷へ帰ってみないか?」
「あっ……!? あぁ、なるほど! うん、なかなか良い考えだ。ハハハ……」
コロとミゥが小さくため息を吐いた。なんなんだ?
「もうすこし、落ち着いてからでいいんだ。マリア姫と、ミーグ伯爵に許しをもらえたら……で構わない」
「そうだな、行こう!」
いつか二人で帰ろう。
一旗揚げて凱旋しようと誓った。
あれから何年経っただろうか……。
ミーグ領から更に西へ百キロメル。
そこに故郷、ハテノ村がある。もう何年も戻っていない。
爆心地である第二聖都からは、ミーグ領と同じぐらい離れている。魔導災害の被害から逃れるギリギリの距離だ。だとすればミーグ領や周辺の村同様、残っている可能性が高い。
アイナの両親は村でまだ健在のはず。ディーユの両親は幼い頃に死んでしまったが、親代わりになってくれた恩もある。
懐かしい知り合いや友にも会いたくなった。
「ディさん、私も……私たちも行きたい」
「一緒にいくにゃ!」
「ボクも!」
「あぁいいとも。一緒だとも」
コロやミゥ、ミスティアが微笑んだ。
「ディーユ、帰ろう。みんなで」
「あぁ……!」
君と帰る場所――。
戦いの前に、どうしても伝えたかったこと。
新しい仲間、家族を故郷につれてゆきたい。
それに、村に帰ったら言おう。
そう心に決めたこともある。
アイナを、お嬢さんを私に――――
<章 完結>
【作者よりのお知らせ】
故郷の村でディーユたちは何を見るのか。
いよいよ最終章へ。
ひきつづき、応援いたけたら幸いです★




