決着 ~僕、また何かやっちゃいました?
◇
「くそっ、どうなってやがる……!」
「中庭で戦闘の気配が!」
ミーグ伯爵と執事長ジョルジュは前庭に飛び出した。邪悪な結界の効果が消え、動くことが出来るようになったからだ。
だが、城の扉を押し開けた途端、激しい音と衝撃が二人を押し返した。
「どぅわ!?」
「これはッ……!」
爆風が収まると、様子がつかめた。
城の前庭に焼け焦げたような黒いクレーターが出来ており、側に魔法師と騎士が倒れている。
「あれは、ディーユ殿とアイナ殿です!」
駆け出すジョルジュにミーグ伯爵が叫ぶ。
「まて! ヤツがいない! ラソーニは……あの男は何処だ!?」
二人はやられてしまったのか。
暗黒の魔法師、本性を剥き出しに暴虐の限りを尽くしたラソーニ・スルジャンの姿が見えない。
剣を握り直したその時だった。ゴッ……と音がして、中庭に何かが落下した。
「ぬうっ?」
「首です……! 空から首が!」
それは緑のアフロヘアーの生首だった。
「あれは、ラソーニ・スルジャン……!?」
よく見れば頭部を覆っているのはアフロではなく『ヤドリギ』だった。
「緑の髪、いやあれはヤドリギ」
それは執事長のジョルジュが、マリアシュタット姫から託された「種子」から生えたものに違いなかった。
――これを。ディーユの魔法の助けになるかもしれません。魔法の祭儀には欠かせない、不思議な力を持つこの『ヤドリギ』を……。
「ということは、やったのですね、デューユ殿っ!」
ジョルジュとミーグ伯爵が駆け寄った。
◇
「うぅ、酷い……」
「痛てて……」
ディーユとアイナが身を起こす。
魔力波動が乱れていた。嵐のように渦を巻き、目眩がする。頭痛がひどい。
ラソーニ・スルジャンの体内に凝縮されていた魔力の圧縮が臨界点に達し、魔素崩壊――大爆発を起こしたのだ。
大量の魔力、それは大勢の魔法師たちから奪ったものだ。膨大な魔力が混ざり合い、色を失い、漆黒の魔素の濃縮物へと変わっていた。
それが今、開放され天に還ってゆく。
「ラソーニは……?」
はっとして振り返るが、ラソーニ・スルジャンの姿はない。
代わりに、黒焦げになった地面の近くに、ゴロリと丸いものが転がっていた。緑のモジャモジャした物体……それがヤツの首だと気がついた
「ラソーニ……スルジャン」
「うわっ、首だけ?」
断末魔の叫びの表情もそのままに、白目を剥いている。
アイナと顔を見合わせて、軽く微笑みを交わす。ついに決着がついた。苦しい戦いに終止符が打たれたのだ。
駆け寄ってくる人影たちに気がついた。
「ディーユ殿!」
「見事だ、あの怪人を倒すとは……!」
ジョルジュとミーグ伯爵だった。二人もかなりダメージを受けている様子だが、ディーユとアイナを助け起こす。
「いえ……私とアイナだけでは勝てませんでした」
「みんなの力、途切れぬ力添えのおかげです」
「二人とも本当によくやってくれた……!」
ミーグ伯爵はディーユとアイナの肩を強く抱きしめた。
そして立ち上がると背筋を伸ばし、周囲に「負傷者の救出を最優先にせよ!」と指示を飛ばす。
健在な衛兵や、周囲の町の住人たちも次々と集まり、倒れている人々の救援が始まった。城内でも既に救護が始まっているようだ。
「は、伯爵! この首はどうしましょう?」
伯爵が兵士の一人に油をかけ燃やせと言いかけた、その時だった。
『……ブグブグブゥ……』
ギョロリと目玉が動き、千切れた頸から黒い血管が触手のように伸びた。
「ぎゃぁっ!?」
「首が……動いたァア!?」
「まだ生きている! ラソーニが……!」
「叩き潰せ、とどめを刺せ!」
兵士や衛兵が悲鳴を上げる。
「あの化け物!」
「バカな、信じられん……!」
ラソーニ・スルジャンの頭部に残存する黒い魔力が、歪んだ魂を粘着剤のように繋ぎ止めているのだ。
衛兵たちの肩を借り、城へと向かっていたディーユとアイナは再び戦闘態勢をとる。
『――酷いなぁ……ブグブ』
にゅっ、と頭の両側からコウモリのような羽が生えた。
ラソーニ・スルジャンがニタリと嗤い、ギョロギョロと辺りを見回した。
「うわぁああ!?」
「まさか、飛ぶつもりか!」
黒い被膜を広げ、ぶわさっ……と羽ばたくとラソーニの首が舞い上がった。バサバサと器用に羽ばたきながら不規則に舞い、兵士が振り回した剣や、衛兵の槍をすり抜ける。
『――ゴフゴフ、少々ダメージを食らったのでェ、……ゴフゴフ、今日のところは……これぐらいにぃ』
「飛んでやがる!」
「ふざけるな死にぞこないが! 降りてこい!」
アイナが叫ぶが、空とぶ生首はすでに手の届かない二階の窓の高さまで上昇しつつある。
「ディーユの魔法は!?」
「ダメだ魔法力が枯渇している。それに射程圏外……! 届かない」
『ディーユゥウ……! 偶然と幸運で……勝ったと思うなぁ! ゴフゴフ……。ま、まぁ……今日のところは引き分け……ということにィ……しておこう! ヒャハハハ……!』
バタバタと羽を徐々に激しく動かし更に上空へ。もはやラソーニ・スルジャンは二階の屋根の高さを越え、飛び去ろうとしていた。
「卑怯者ォオオ! 降りて来いぃ!」
「おのれぇええ!」
兵士たちが叫ぶがもう遅かった。
「矢だ! 矢を射かけよ!」
ミーグ伯爵が指示を出す。慌てて城から一人の兵士が飛び出し、石弓を放つ。しかし回復しきっていない兵士の狙いが甘く、外れてしまう。第二射も相手の動きが不規則で命中させることが出来なかった。
「くそっ!」
「逃げられる!」
「ここまで来て、そんな……!」
魔法も矢も届かない。
ラソーニの苦し紛れの高笑いが、爽やかな早朝の空に響きわたる。
「最悪だ……ちきしょう」
「これだけ犠牲を払ったのに」
『――私は再び戻ってくるぞぉお……! 復活し、神として……! 完全なる支配者となって、この地に再び舞い戻ることを約束しよう、ハハハ……!』
朝日を浴びながら生首が飛んでゆく。
「なんてことだ、最悪だ……」
誰もが絶望に染まりかけた、その時だった。
晴れていた空が一転、俄に曇り暗雲が上空に立ち込めた。雲はあっという間に厚みを増し、城の上空で渦を巻きはじめる。
「な、なんだ、空が!?」
「魔力波動……!? まさか!」
ゴロゴロと雷鳴が聞こえ、青白い光が幾度か瞬いた。
『――ブヒャァアハハ……ハ……?』
ゴッ! バリバリと凄まじい音と光が人々の目と耳を奪った。
激しい落雷がラソーニ・スルジャンの生首を直撃――
「どおっ!?」
「わぁっ!?」
『ギャ……ブ……ァッ…………!』
ボッと燃え上がり、首が粉々に砕け散った。
上空で黒い粉になり消えると同時に、雷雲も消えてゆく。
「やった……!」
「ライクルの轟雷撃滅!」
と、城の城門の外側に兵士の一団が帰還してくるのが見えた。
国境警備軍の主力、そしてタンカで運ばれている魔法師、ライクルの姿があった。先頭には早馬に跨ったアフェリア女史の姿があった。
「……間に合いましたね。怪しげな気配を狙って正解でした」
「よくやってくれた……!」
「雷撃の魔法師様、生きておられたのか……!」
ウォオオオオオオ!
城全体が歓喜に包まれた。
真の勝利に沸き立つ。
皆がライクルの周りに殺到し賛辞と拍手を送る。
ダメージを負いながらも死力を尽くし魔法を放ったライクルは、戸惑いながら身を起こした。
「ライクル……!」
「ありがとう、助かったよ」
「ディーユさんにアイナさんっ……! よかった、よかったですうう……!」
ディーユとアイナの姿を見つけ、うれし涙を流す。そして周囲のお祭り騒ぎに戸惑いの表情を浮かべる。
「あの……僕、また何かやっちゃいました?」
<つづく>




