ミゥ
「愚かな奴らよ。無駄、全てが無意味」
ラソーニ・スルジャンは満足げにほくそ笑みながら、ミーグ伯爵の城を悠然と進む。
邪魔するものは誰もいない。
廊下では衛兵や使用人たちが、折り重なるように倒れていた。
城内に展開した結界、名付けて精魔吸魂。
胸に埋め込んだハイ・エルフの遺物により、生きている一般人や魔法師から生気と魔力を吸い上げ、ラソーニ自身に提供しつづける。
城の魔法師――といっても占い師や病魔退散の祈祷師のようだが――たちは、強烈な貧血に襲われて倒れ、意識を失っている。
「……まて、先へは……行かせ……ぬ」
「弱者は虫けらのように這いつくばっていろ」
辛うじて立ち上がり、行く手を阻もうとした衛兵に、ラソーニは指先から黒い魔力の渦を放ち、吹き飛ばした。
階段を上り、二階へと至る。
薄闇のような視界、続く廊下の左右には、いくつかのドアが見えた。城といっても、二階建ての「大きめの館」といった趣の領主館で、決して広くはない。
「辺境の貧乏館では、隠れる場所さえ無かろう」
ラソーニ・スルジャンは奥の部屋まで悠々と進む。
倒れている衛兵の配置から考えても、マリア姫や子供達は、二階の奥に避難していると考えて間違いない。
上等な装備をつけた衛兵が倒れているのが証拠だ。
「おのれ、通さぬ……!」
「これしき……」
意識を保ち、必死で立ち上がろうとする衛兵たち。
ラソーニ・スルジャンは溜め息を吐き、手から黒い衝撃波を放つと、二人の衛兵を失神させた。
「無駄な努力を何故するのだ?」
本気で疑問に感じつつ、ドアノブに手を掛ける。
カギはかかっていない。扉を押し開けると、ふわりと甘い香りがした。
「んん、ふふぅううん、実に芳しい……!」
ラソーニ・スルジャンは手をこすりあわせながら、部屋へと侵入する。ギラギラと欲望に滾った表情を隠すことなく見回す。ここは客間らしく調度品も綺麗で、そこそこ広い。
大きなソファに寄りかかるように、マリアシュタット姫がぐったりと倒れていた。金色の美しい髪が床に流れて広がっている。
そして部屋の隅、壁際には、十数人の子供達が折り重なるように倒れていた。
元々城で働いてる子達か、あるいは近隣で逃げ遅れた子供を避難させたのだろう。
年は幼子から、十五歳ぐらいまでの年齢の少年少女たち。
その中には黒い猫耳の少女と、栗毛の犬耳の少女もいた。
ラソーニにとっては貴重な家畜であり、次世代の魔法師という最上級のエサを産ませる苗床にすぎない。
――ディーユの奴隷娘か……フヒヒ。
「獣は趣味ではないが、後で楽しませてもらうとしよう」
舌なめずりをしつつ、厭らしい視線を再びマリアシュタット姫に向ける。
ゆっくりとソファに近づき、ぐったりとしている姫の胸元に手を伸ばす。
「ウヒヒ、栄養が胸に集まったか、生育はなかなか……」
一気に薄衣のドレス引き裂き、汚れなき白い肌を露に。
――と思った、その時だった。
「っにゃぁあああッ!」
「なにっ!?」
しなやかな獣のようにミゥが飛びかかった。つかみかかり、体当たりをして押し倒す。不意を突かれたラソーニ・スルジャンはよろけ、ソファ脇のローテーブルを押し潰した。
「んにゃぁっ!」
バリッと爪で顔を引っ掛かれ、ラソーニは悲鳴をあげる。
怒りの表情に変わり、右手から黒い魔力の波動を放ってミゥを吹き飛ばした。
「……おのれ畜生が!」
「にゃうっ!」
小さな身体が床に叩きつけられ転がった。それでも必死に、ミゥは立ち上がろうとしている。
「小娘が……! ん? なぜ動ける?」
違和感を覚える。体力のない女子供は、最初に生命力を奪われ、意識を失うはずだというのに。
「あたしは……! ガーデニア騎士団……なんだ……にゃ!」
四肢をふんばり、身体を起こす。ふらつきながらも歯をくいしばり、ミゥは立ち上がった。気迫で動いているのだ。
ぱらりと白い花の花弁が床に散った。花弁は茶色く枯れてゆく。
「魔法の花……! そうか、あの男の守護術か」
理解した。植物を操る魔法、忌々しいディーユの魔法が結界の効果を阻害したのだ、と。
ラソーニはカッと頭に血が昇った。
植物を蘇らせるだけの、とるに足らない魔法。しかしそれは生命を与える稀有な力。ゆえに、生命力を奪う精魔吸魂結界とは対極に位置する。
「しょぼくれた魔法の加護で、体力を奪われるのを多少なりとも遅らせた、というわけか」
しかしそれも時間稼ぎにすぎない。体力はとうに限界とみえる。
ラソーニはミゥに近づくと、頬を激しく殴りつけた。
「きゃうっ……!」
冷たい目が猫耳の少女を見下ろす。
「……お前から犯してやる」
この猫耳娘もあの男に繋がっている。ならば、存分に辱しめ、その姿を見せつけてやればよい。
それに、泣きわめくほうが愉めるだろう。
「いいよ」
「な……に?」
倒れていたミゥは浅い息を繰り返しながら、絞り出すように言った。唇から流れる鮮血もそのままに。けれど瞳には怒りや憎しみを通り越し、諦めのような光さえ宿っていた。
「やれるものなら」
「ふざけるな、小汚ない奴隷が……!」
ラソーニはミゥの衣服を胸元から引き裂いた。膨らみかけた胸と痩せた腹部があらわになる。
だが、ミゥは悲鳴さえあげない。ただ紫水晶のような瞳で、じっとラソーニを見据えている。
「……うっ?」
言葉を失ったのはラソーニのほうだった。
ミゥの身体には見るも無惨な傷、火傷の痕があった。それも無数に。胸から腹部にかけ、鞭打たれた痕、焼きごてを押し付けられ焼かれた痕が。癒えても残る傷跡は、おぞましいまでの虐待をうけた痕跡だった。
「お前と同じ貴族がやったにゃ。悲鳴が好きだって、もっと泣け、わめけって……いつも」
「き……貴様……」
「同じようにすればいいにゃ」
猫耳の少女が力なく口許を歪める。
一瞬、なにを迷う、との声が聞こえた。
そうだ、何をしている?
こんな使えない汚い娘など殺せばいい。
心の内から滲み出る腐汁、ドス黒い感情が、ラソーニの手を動かした。
細いミゥの首に手をかけ、力を込める。
そうだ、殺せばいい……!
殺せ、殺すんだ。
「だまれ……だまれ……!」
「う……」
人間など誰も彼も同じだ。
不浄で、汚れ、腐っている。
だから滅ぼして、新世界を作ったはずだ。
今さら何をためらう? 残っている人間さえも不要だ、一人でいい。神にも等しい自分だけで――
「やめろ!」
叫び声と共に、ボガッ! とラソーニの顔面に硬い何かがヒットした。ハッとしてミゥの首から手を放し、後ろによろめく。
「ぐっ! 何だ……っ!?」
顔面を直撃し、床に転がったのは布を硬く巻いた遊具。ボールだった。
「その子から離れろ……! 変態野郎ッ!」
視線を向けると、赤毛の少年が立っていた。ボールを蹴り、ラソーニの顔面を狙ったのだ。
「このガキィ……! そ……その花……!」
まただ。
少年の手には、白い小花をつけた小枝が握られていた。またしてもディーユの護り。魔法の守護の効果をもつ小枝。
しかし花弁は散り効果は尽きかけている。猫耳娘と同じく気迫で動いているに過ぎないのだ。
「この……お守りは、コロにもらったんだ……。自分じゃ何の……力にもなれないからって、オレにくれた……! 友達を……ミゥを、助けてって!」
少年は駆け出した。無謀な体当たりをラソーニに仕掛ける。しかし所詮は大人と子供、魔法師とただの人間。勝負になどならない。それでも、がむしゃらに服につかみかかり、必死でミゥから引き剥がそうとする。
「くおの……やろぉお!」
「なっ……! なんなのだ、一体!? お前らは! どいつもこいつも、助けるだの、救うだの……! やめろ! 放せ! 何故、何なんだぁああああッ!」
ラソーニはでたらめに黒い波動を腕から放ち、赤毛の少年を吹き飛ばした。威力は子供を吹き飛ばすには十分だった。
「うぐあっ……!」
「アルタくん……」
犬耳の少女、コロが朦朧としながら起き上がった。這うようにして、吹き飛ばされた少年アルタを気遣う。
「い、痛ってぇ……! ちきしょ変態野郎……!」
「だ、だいじょうぶ……?」
ラソーニ・スルジャンがユラリと、コロとアルタの側に立った。
冷たく、狂気で濁った目で少年と少女を見下ろしている。
もはや余裕も理性も消え失せていた。
ただの、虚ろな、殺人鬼の顔だ。
「……もういい、わかった。殺そう。そうだ、皆殺しだ……! アハハ……! そう! それがいい! アハハア!? そうさ、簡単なことだ、それで迷いも、悩みも、全て消え失せる……! 私は天才! 超絶な神にも等しき魔法師……ラソーニィイイ――」
「――――――ィィイイ……!」
遠くから何か、声が聞こえてきた。
それは呼び声だった。
「――ラァソォオオオ――ニィ――ィィイイッ!」
ドド、ドドドドドと振動が、足音が近づいてきた。
中庭を通り抜け、館の入り口を通り、謁見の間を抜け、そして廊下を激しく踏み鳴らす足音が。
「バカな? 誰が……!? 結界があるのだぞ!? 入ればひとたまりもなく体力を奪われ―――――」
ラソーニ・スルジャンはハッと息を飲んだ。
そうだ、出来る人間がいる。
魔法の効果を阻害し、体力の消耗を遅らせる事が出来る魔法を使う、男が……!
◇
なんて邪悪で濃密な結界だ。
ディーユはミーグ伯爵の城を一目みるなり背筋に冷たいものがはしった。そこに踏み込めばたちどころに生命力を奪われる。それは魔法師としての直感だった。
そんな死地を目の前に、アイナは言った。
「……何秒なら耐えられる?」
「何秒って……」
「その魔法の結界、罠に飛び込んで耐えられる時間だ!」
「無茶だ、あの庭の兵士たちをみろ! 失神している。踏み込めば……」
「だからこそだ! 罠を突破し、中にいるラソーニ・スルジャンを叩きのめす! それ以外に選択肢はあるか!?」
「無い、な」
アイナの言うとおりだ。
正念場だ。ここで倒せなければこの領地は失われる。
「おそらく生身なら一分が限度だ。しかし、俺の魔法で生成しつづける植物を身にまとえば二分、いや三分は」
「よし、いこう!」
「作戦とは呼べないが、やってみるか」
こうなれば強行突破だ。
ディーユとアイナはがっ、と肩を組む。
そして枯死再想、ウィード・リコレクションで生命力の強いハーブ、ミントの葉を成長させ全身にまとわりつかせた。
抜いても生えてくる最強の生命力をもつミント。それを二人はマントのように羽織る。
ダークエルフのミスティアはまだ目を覚まさない。
抱えてここまで来たが、近くにいた衛兵たちに託した。
衛兵たちの話では、ミーグ伯爵が城内で死闘を演じていたが、ついさっきに静かになってしまった、との事だった。
救出に向かおうと突入した者は皆、中庭を渡りきる前に意識を失い次々と倒れてしまったらしい。
「いつぶりだ、二人三脚は」
「小学校以来かもな」
軽口を叩きつつも、ディーユとアイナは肩をくみ、二人で駆け出した。
中庭に入るや、ズゥン……と全身が気だるく、重くなった。
凄まじい結界だ。まるで粘着性のある液体のなかを進むように足取りが重くなる。
「なんの……! これしきいい!」
「ウィード・リコレクション! ミント連続再生!」
結界の効果が揺らぎ、足取りが軽くなった。
いける……!
衛兵たちの声援を背に受け、一気に城へと突入する。
城内に入るなり謁見の間に、ミーグ伯爵とジェルジュが倒れていた。
二人とも戦いに破れ、身動きがとれない状態だった。幸いにも致命傷はなく、意識はあり言葉をかわすことができた。
「面目ねぇ、城主が……このザマだ」
「……ディーユ殿、せめてもの助けになればと、ヤツめの顔と首を狙い……粘着性のある種を仕込みました」
執事長ジョルジュが笑みを浮かべ、意識を失った。
「種を……!」
思わぬ助力に感謝する。
「姫とお嬢ちゃんたちも上だ……救ってやってくれ」
「わかりました。まかせてください!」
「いこうディーユ! マリア姫の身が危険だ!」
ミーグ伯爵をその場に残し、先を急ぐ。
廊下をさらに駆け抜け、階段をかけ登った。
苦しく辛い。だがアイナが気合いを入れ、ぐいぐいと引っ張ってくれる。
意識のある衛兵たちが指差し、場所を指し示している。
「上か!? よし! いけるかディーユ!」
「あぁ、さすがに……疲れたが……大丈夫だ」
一気に二階の廊下を突っ切る。
結界を展開してるのは、ラソーニ・スルジャンの胸にあった水晶のアイテム。近づけばまたエナジードレインでミイラのようにされてしまう。
この結界はエナジードレインを広範囲に展開したものに違いない。ということは、ラソーニに接近しても、一撃でミイラにされる「対個人」技は使えない可能性が高い。
もし、この結界を解除することで、対個人のエナジードレインを仕掛けるなら、必ずスキが生じる。結界の呪縛が解ければ、アイナが動けるようになるのだから。
頭の片隅で作戦を考えつつも、ディーユはコロやミゥ、マリア姫を案じつづけていた。命を奪うつもりでないなら、その目的は……。考えたくはないが、胸が張り裂けんばかりだった。
「無事でいてくれ……!」
女騎士アイナが支え、ディーユが魔法で中和する。二人三脚で共に肩を組みながら一気呵成、猪突猛進する。
全力で体力の続く限り、気迫を振り絞り駆け抜ける。
「「 ずぉりゃぁああッ!」」
そして、ついにマリア姫のいる部屋へたどり着いた。
扉は開け放たれていた。アイナとディーユは転がり込むように飛び込む。
「無事ですか姫ッ……!」
だが、部屋の中央で待ち構える男がいた。
「ラソーニ・スルジャン……っ!」
身動きの出来ない無力な犬耳の少女の首根っこを掴み、ひきずりながら金髪の魔法師がせせら嗤った。
「おやおや、ノックもせずに無粋な」
「う……ディ……さん……!」
「コロ!」
「ここまで来れるとは思わなかったぞ、クズ魔法師、ディーユゥ」
「その子を……放せ」
静かに圧し殺したような低い声で。
「だぁれに、口を利いているのか、なぁああっ?」
「あぐっ……!」
コロの首を掴む腕に、へし折らんばかりに力を込める。黒い魔力が全身に満ち、信じられない力でコロの細い身体ごと持ち上げる。
「やめろぉおお!」
「やめてください、偉大なるラソーニ様、だろう?」
「……ミ……ぅ?」
アイナは息を飲んだ。
ラソーニ・スルジャンとコロのすぐ近く。力なく少女が横たわっていた。着衣を引き裂かれ、凌辱されたような無惨な姿で。
「あぁ、その猫耳娘は、見ての通りさ」
「な……に……を、何をした貴様ぁあああ!」
アイナが激昂し剣を振りかざした。だが、ぐらりと体勢を崩す。体力が限界なのだ。
ドゥン……!
瞬間、空気が震えた。
部屋全体が軋み、歪んだように波打った。
窓ガラスが震え、柱や梁がメキメキと音を立てる。
「ぬ……?」
ラソーニ・スルジャンが異変に気づいた。結界が押し退けられ、中和されてゆく。内側からの膨大な魔力放射。
その震源地はディーユだった。
肩を震わせ、拳を握り、声を絞り出す。
「ラソーニ・スルジャン……! お前は……」
ディーユの足元でいくつもの緑の芽が生えた。それらはまるで早送りのように成長しながら、波のように床板に広がってゆく。床に使われていた木材に魔力が流れ込み活性化しているのだ。
無数のひこばえが、まるで草原のように密度を増し、ラソーニに向かって荒波のように押し寄せてゆく。
すさまじい魔力だった。ラソーニの結界を破砕し、緑の奔流が襲いかかる。
「く! こ……こんな、こんなものぁおお! わ、私には届かぬ! 効かぬ! 通じぬ……ッ! 私の黒き魔力の波動は、原初の魔法! 真の魔力そのものだ! 負けるはずが――」
「はあっ!」
一瞬のスキをついて、アイナが飛び出した。コロにタックルをするようにラソーニから奪い返す。
「しまっ……」
「いけぇ! ディーユ!」
「全力、全解放……! 枯死再想ッ!」
ディーユが渾身のパワーで魔法を放つ。
手をラソーニに向け突き出すと、咄嗟にラソーニ・スルジャンも防御の体勢へ、真正面に盾のような黒い魔法結界を展開。緑の木々の流れを防ぐ。
が――
ズォオッ! とラソーニ・スルジャンの真下から、巨大なドリルのような「ひこばえ」が生えた。
「なっ、下ッ!?」
強固な結界で護られたラソーニに魔法は届かない。
だが、樹木は別。物理攻撃なのだから。
「ぐっ、おぁぉヒィあアーッ!?」
ラソーニの股下にドリルひこばえが命中、尻を貫通する。
ミリァアアアア……! という生々しい音と共に身体が持ち上がり、回転しながら窓の方向へと持ち上がる。
「お前は、ここから、出ていけぇ――ッ!」
ラソーニ・スルジャンはギュルルと回転しながら窓ガラスを突き破り、外へ排出。悲鳴とともに姿が消えた。
「ザマァみやがれ、だ!」
アイナがコロとミゥを抱き抱えながら、吐き捨てるように叫んだ。
<つづく>




