犬耳の奴隷少女
「しかし、まいったな」
どうやら王都には居られそうもない。
先程の野良魔法使いの襲撃といい、裏ギルドにも手が回っていると考えるべきだろう。
何故、ここまで執拗に嫌がらせを受けるのか、ディーユには理解できなかった。
恨みを買った覚えはない。
王宮魔法師のSランカー、ラソーニ・スルジャンに目をつけられてしまった。よほど、固有の魔法スキルである『枯死再想』が目障りなのか……。
誰にも迷惑をかけぬよう、がんばってきたつもりだった。
蔑まれても、バカにされても、忠実に仕事はしてきた。
かつてはギルドに派遣され、仲間たちと郊外に出没する魔物の退治を請け負い、野山を駆け回ったこともある。
最初は不慣れで、直接的な戦闘の役には立たなかった。
だが、植物を駆使した敵への行動妨害、仲間たちへの食料供給などの後方支援を担うことで、仲間たちの信頼を得て、感謝され認められるようになった。
「すごいなディーユ、助かったぜ」
「戦闘向きの術者じゃないとは聞いていたが、物は使いようだな」
「使いよう……?」
王宮を出て、はじめて称賛の言葉をもらったことが嬉しかった。
一年ほどの派遣契約を経て、ディーユは枯死再想を戦いに使う術を見い出した。護身術への応用、そして戦闘への利用を考え編み出した。
幾度も試行錯誤を繰り返し、術の精度を高めた。
だから元B級魔法師くずれの襲撃を、冷静に退けられることができた。
けれど結果的に、そうした努力も実績も、何も評価されなかった。
魔物退治などの汚れ仕事は、王宮魔法師たちにとっては、B級以下の者が行う面倒な仕事扱いでしかなかった。
王宮魔法師にとってランクは絶対だ。
基準は「価値があるか」に尽きる。
A級やS級は、錬金術が使える。
宝石や、貴重な金属を、魔法で無限に生み出せる。
ときには死者さえも蘇らせることが出来る。貴族や王族の一部には、すでに一度死んで蘇った者さえ居るという。
王国の支配階級にとって価値があるか、無いか。
それが全て。王宮魔法師ランキングの持つ意味だ。
純粋な戦闘力での比較なら、CランクでもBランクでも強い魔法師は大勢いる。
いや、むしろ戦いの現場で矢面に立ち、戦い続けてきた猛者たちばかりだ。
戦闘力が高いからといってAランクになることはない。
強い魔法師が評価されるわけではない。
評価基準が違うのだ。
価値のある宝石や金属を、そして黄金を。魔力で生成できる魔法師こそが評価され、称賛され、拍手喝采を受けている。
「……とりあえず、疲れたな」
気がつけば日は傾いていた。
裏路地で公共水場を見つけて水を飲み、一息つく。
庶民たちの暮らしは、表通りとは別世界だった。
おばちゃんたちの騒がしい井戸端会議、子どもたちの遊ぶ声。
露天商が軒を連ね、食べ物や、日用品を売っている。そんな日常はあった。
第ニ聖都・アーカリプス・エンクロード。輝く黄金と白金でメッキされた輝く都。
百年前の魔導大災害により荒廃した旧首都を放棄し、遷都したという千年帝国の新しい首都。
表通りはひたすらに華々しく、金色やプラチナでメッキされた建物の間を、宝石で飾られた魔法の馬車が行き交う。日夜行われるパーティや、宴会の馬鹿騒ぎ――。
そんな狂乱都市の裏手には、まだ普通の暮らしが息づいていた。
今夜の宿を見つけて、飯を食い、熱いシャワーを浴びよう。
出立は明日でいい。
暫く路地を進み、怪しげな売春宿や店が軒を連ねる一角に差し掛かった。
まだ日も高く、店は開いていないのが幸いだ。
足早に通り過ぎようとした、その時だった。
「――ったく、アンタは何も出来ないね! クズが」
バシ、ビシと嫌な音が響いた。
「きゃん」
路地からさらに分岐する路地の奥で、一人の少女が叩かれていた。
売春宿の裏手だろうか。
店主と思しき中年女性が、手に持った棒で執拗に少女を殴りつけている。
少女は細く薄汚い身なりだった。
湿った地面に膝と両手をつき、周囲には洗濯物が散乱していた。
薄茶色の髪はぐしゃぐしゃで、全身が傷だらけ。腕や頬は殴られたのだろうか。青あざが痛々しい。
本来人間の耳があるべき位置よりもすこし上、そこから垂れた耳が見えた。
半獣人の少女なのだ。奴隷として安値で売られ、過酷な労働に命を落とす者も少なくないという。
ボロボロで汚れきった服、不遇な境遇であることは明らかだった。
話には聞いていたが、これほど酷いとは。
王宮に居ては決して見えなかった街の暗部――
「洗濯をしろといったんだ! 汚れが取れてないじゃ……ないかっ!」
「ごめん……なさ、ごめん、なさい」
「アンタが触るとますます汚れるんだよ!」
「きゃうっ……ごめん……」
無茶苦茶だ。
汚い手で必死に落ちた洗濯物を拾い集めようとする少女。しかし、汚れた手ではますます汚れてしまう。
地面に倒れそうな少女の背中を、執拗に棒で叩く。
裏通りを何人か歩いていたが、そんな光景は日常茶飯事なのか誰も見向きもしない。
気がつくとディーユは、彼女たちの方へ歩を進めていた。
「すみません」
「――あぁん!? なんだいアンタ」
ギロリと血走った目を向ける女主人。しつけや指導ではなく、単なる憂さ晴らし、歯止めの利かない暴力が向けられているのは、無力な少女なのだ。
ゆっくりと少女が顔を上げた。
涙を浮かべ、額や唇の端から血を流している。
「いえ、あの……悲鳴が聞こえたもので」
「何か、文句があるってのかい? これはね、しつけだよ、何も出来ないクズに教えているのさ。帰んな、店なら日が暮れてからだよ!」
棒を振り上げて、これみよがしに再び殴りつけようとする。
「花で人は殴れませんよ」
「は……? えっ?」
中年女性は気がついた。
手に持った棒に緑の葉が茂り、そして白い花が無数に咲いていることに。
ただの焚き木、棒きれだったはずなのに。
いつのまにか美しい花を咲かせている。
「……花……?」
これには少女も驚いたようだった。
自分を殴りつけていた棒が一瞬で、花束のように変わったのだから。
ひらりと白い花の花弁が、女主人の醜い顔に舞い落ちた。
しばし唖然と、花を咲かせた棒を見上げていた女主人は、毒気が抜けたかのように自分の振り上げた腕をおろした。
「なんだってんだい……これは一体? ……アタイは……」
「それは沈丁花の花ですね。いい香りでしょう」
「アンタが、これを……?」
「手品みたいなものですよ」
ディーユは花を見つめて立ちすくむ女主人の横目に、倒れている少女の元へと向かう。
片膝をつき倒れている細い身体を抱き起こした。
近くで見ると、顔や身体の傷が痛々しい。
どれほど殴られていたのか。
今、助けても、この女主人はまた同じことをするだろう。
「……っと、それは店のモンだよ! 客を取らせることも出来ないクズだけど、下働きぐらいはって引き取ったんだよ」
「そうか」
「手を出すならカネを払いな。その子はね、聖銀貨五枚もしたんだよ」
「これでいいか」
ディーユは金貨一枚を女主人に手渡した。
「……あっ?」
「行こう」
女主人は目を丸くしていたが、そのすきに少女の手をひいて裏路地から抜け出した。
<つづく>
【作者からのおしらせ】
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