ラソーニ・スルジャンの嘘 (★イラストあります)
「あれは……! Sランク宮廷魔法師、ラソーニ・スルジャン様だッ!」
「助けに来てくださったんだ……!」
「うぉおお、すげぇえええっ!」
ドォオオ……! と、絶体絶命だった兵士や自由冒険者達の間に、歓喜と安堵の気配が伝播してゆく。あちこちで気勢が上がり、戦意を取り戻した兵士たちが、ガーゴイルたちに対し反撃へと転じてゆく。
「うぉおお、魔法師どのに続け!」
『キルキルー……』
黒いガーゴイルたちは一転、まるで気圧されたかのように易々と倒されてゆく。
ラソーニ・スルジャンの登場によって、今や戦況は一変した。
領都レザトゥスに侵入したガーゴイルは各個撃破され、防衛線では残りのガーゴイルたちも次々と倒されていった。
「ふ……、ふはは……!」
ラソーニ・スルジャンはこれでもか、と派手にガーゴイルを倒して見せる。
適当な魔法で光を放ち、自壊させているだけだが効果は絶大だ。
誰も彼もが、ラソーニ・スルジャンを救世主、自分たちを助けてくれる援軍だと信じ込みつつあった。
◆
――我ながら完璧な作戦だ。
自称天才、SSSランクの魔法師、ラソーニ・スルジャンは内心ほくそ笑んだ。
いや、我慢しきれずニヤけてしまったが、傍目には「余裕の笑み」に見えたことだろう。
この作戦は爆心地の中心で休眠している間に考えた。
ラソーニ・スルジャンはもやは永遠に生きていける。ハイ・エルフの遺産、水晶の塔から拝借した破片により、他人から生気や魔力を吸収し、肉体を維持できるからだ。
ハイ・エルフどもの宮殿から拝借した特殊な水晶、それは魔力や生気といったエネルギーを吸収するものだった。
しかし逆に言えば、他に人間が居なければ生きていけない。
他に魔法師が居なければ魔法を使えない。
そういう体になってしまったことを意味していた。
魔力が底をつく前に、魔法を使える人間から、なんとしても魔力を奪わねばならない。
あぁ忌々しい。
実に腹立たしい。
こんな呪いじみた水晶を胸に埋め込んだのは、生き残るために仕方なかった。やむを得ずそうするしかなかった。
ゆえに、まずは生き残っている人間を見つけるしかない。
村なり町なり、なんでもいい。
更に魔法力を持つ人間を見つけ、魔力を吸い尽く……してはダメだ。
人間を殺し、食い尽くせば、また飢えと乾きに苦しむことになる。
再び休眠しなければならなくなる。
ならば、人間どもを見つけて支配し、増やせばいい。
特に、魔力を持つ人間を。
黄金はもう作り出せないが、危機から救ってやれば、女などはイチコロだ。信じ込ませ、心を支配すればいい。
あとは種付けをし、産ませ、魔力を持つ人間を増やす。
そうしてから、喰らう……!
家畜のように繁殖させるのだ。
魔力を有し、魔素を身に宿す人間を。
あぁ、なんと素晴らしい作戦だ。
作戦は簡単だ。
自らの魔力で生み出した魔導人形――黒い悪魔型ゴーレムの群れで街を襲う。
絶体絶命まで追い込んだところで颯爽と登場、華麗に倒し一掃してみせる。
すると、バカで知能の足りない人間どもは、自分を救世主だと崇めるだろう。
女も好きなだけ抱ける。心を奪い、種を植え付けてやる……!
「ぐふ……フグフフフ……!」
何よりも人間を支配することで「退屈」も紛れるだろう。
かつての仲間、イヤミフラシアやマウンティアスから生気と魔力を奪った。あの後、ふと虚しさが胸に去来した。虚しさ、いや退屈にちかい感傷が。
無能で何の役にも立たない部下だったが、自分を崇め、媚へつらう様は滑稽で、退屈しのぎになっていた。そんな昔日の思い出が甦った。
ラソーニ・スルジャンにとっては、かけがえのない日常。無知蒙昧、存在価値のない人間どもがペコペコとしながら、媚を売ってくる素敵な日々。
それは実に心地よかったのだと、今更ながらに気がついた。
ゆえに、生き残っている人間を支配したい。
それは自然な欲求だった。
◆
颯爽と戦場に登場したラソーニ・スルジャンは、次々と、ガーゴイルを撃破した。
魔法と呼べるものではないが、自らが造った魔導人形――黒い悪魔型ゴーレムを破壊するだけなのだから造作もない。
手から光を放ち、周囲のガーゴイルをほぼ一掃し終えた。
「ラ、ラソーニ・スルジャン」
「おや、おやぁああ? そこで無様に這いつくばっているのは、役たたずの魔法師、あまりに無能すぎて、王宮から追放した、あの! ディーユくんじゃ、ありませんか?」
「何故……ここに?」
ラソーニ・スルジャンは純白のマントを振り払うと、ディーユの前に立った。
「何故、ここにいらっしゃるのですか、ラソーニ・スルジャン様、だろうが!」
「うっ」
軽くディーユを足蹴りし、よろけて片膝を地面につけたディーユを見下す。
冷たく凍りつくような瞳の奥には、怪しげな赤い光が揺れている。
「貴様、何を……」
横に居た女騎士アイナが抗議の声を上げるが、傷つき、青息吐息だ。
「お前、誰だよ! ディに酷いことするな!」
代わりにディーユをかばうように立ちはだかったのは、ダークエルフ少年、ミスティアだった。
「――なっ……!? エルフ! いや……ダーク・エルフか!?」
ラソーニが驚愕し目を見開いた。
最悪の悪夢、あらゆる魔法が通じなかった神の如き存在。そんなハイ・エルフと同じ耳を生やし、得体の知れない魔力の波動を小さな少年から感じとる。
周囲ではガーゴイルは動きを止め、ほとんど一掃されつつあった。
各所で勝利の雄叫びがあがり、救世主として勝利に貢献してくれた魔法師、ラソーニ・スルジャンを称える声が響く。
「だったらなんだよ。っていうかお前から、すごく変な……魔力が漏れてる……? まるで混ぜて、腐らせたみたいな……」
立ち上がったディーユが、咄嗟にミスティアを後ろに下げる。
「やめろミスティア、この方は最高位の魔法師なんだ」
「でもディ、あいつ変だよ、なんだか……」
ぎゅっとディーユの腕を掴んで、怯えたように声を潜めた。
「この……ガキ……!」
ラソーニが青筋を浮かべ、顔を歪める。
掴みかからんばかりの勢いで歩を進めたところで、アイナが剣をつえ代わりにして立ち上がり、制止した。
「魔法師ラソーニ・スルジャン! 加勢は……感謝する。危機を救ってくれたことは事実だ、みんな……少し、気が立っているんだ。子供の無礼は……大目にみてはくれまいか」
「貴様は、マリアシュタット姫の近衛騎士、そうか、マリア姫もここに?」
「あぁ、ミーグ伯爵の居城におられる」
「ほぅ……?」
ニヤァとラソーニが微笑んだ。それは機嫌を直した笑みではないが、アイナにそれを見破る事はできなかった。
周囲がラソーニとディーユの様子に、何かただならぬものを感じ人垣ができていた。兵士や、自由冒険者達が、向かい合い睨み合う魔法師を見てザワつきはじめる。
防衛線の部隊長が駆けつけて、人混みをかき分けた。
「魔法師どの……!? な、何をなさっているのですか? その者が、ディーユ殿が何か失礼でも?」
その声に、ラソーニは静かに振り返り、髪を整える。
そして、
「この男は、Dランクの魔法師、ディーユ君はぁ! 王宮魔法師では最下位のゴミ魔法師、出来損ない! どんな経緯でここに流れ着いたかは知らないが……役たたずさ! だから、この男は、戦局を変えられなかった……! 誰も助けられなかった!」
ラソーニが高らかに叫ぶと、兵士たちに動揺が走る。顔を見合わせ何事かをヒソヒソと語り合い始める。
ざわ……ざわ……。
聞いたか? Dランクだとよ。どうりで……。マリア姫様が連れてきたにしちゃ、戦力にならなかったものな……。
ディーユへの視線が冷たいものに変わる。
それを感じ取ったラソーニは、上機嫌な笑みを浮かべ、ディーユを指弾する。
「だが! 私はこんな無能な男とは違う! あの化け物共を倒した!」
そうだ、そうだ! と調子のいい兵士が拳を振り上げた。
「貴様、言うに事欠いて……」
「まて、アイナ、ダメだ……」
「しかし!」
「ディさん……」
返す言葉がなかった。アイナもミスティアも自分も。期待された働きを出来なかった。
だが、魔物を撃退したのは、目の前のSランクの魔法師、ラソーニなのだ。
自分を追放した男だが、実力は認めねばならない。
「あぁ……、偉大なる千年帝国は、女王ペンティストリアが引き起こした魔導災害で滅んでしまった……! 私は必死に阻止しようと奮闘したが……、くっ……こんなことに」
実に悔しそうに拳を握りしめ、偽りの涙を流す。
「女王陛下が……!?」
「バカな、そんな……!」
「世界を滅ぼしたというのか?」
衝撃的で大きな嘘ほど、信じ込んでしまう。
状況が状況だけに、信じ込ませる効果は絶大だった。
滅びの光による破滅的な災害の「真実」を知ったのだと、その場に居た多くの兵士が信じた。
圧倒的な力でゴーレムを倒した魔法師、ラソーニの嘘を信じてしまった。
「ラソーニ・スルジャン殿、まずはミーグ伯爵に面会を! 城に参りましょう」
「あぁ、そうしよう。フフフ……」
部隊長や兵士たちはラソーニを大切な客人のように、恭しく取り囲むとミーグ伯爵のいる城へと向かっていった。
ディーユとアイナはそれを見送るしかなかった。
「どうする……?」
「どうもこうもあるか。あの男がミーグ領の魔法師の頂点に立てば、俺の居場所など……無いさ」
「それでいいのか!」
「いいわけない。だが……」
どうしようもないのだ。
こうなってしまっては。
と、ミスティアがディーユの手を握った。
「ディ……」
恐怖に震え、怯えた目で見上げていた。
しゃがんで視線を合わせ、尋ねる。
「ミスティア?」
「あいつの魔力……おかしいよ。ぐちゃぐちゃで、黒くて、気持ち悪くて……」
「妙な感じがしたのか」
「……うん。ディやライクルの魔力は、澄んでいで綺麗な色なんだ。近くに居て、気持ちよくなる。けれど、さっきのあいつは違った。黒く淀んでいて、冷たくて。それに」
「それに?」
「ガーゴイルと、黒い魔物と同じだった」
ミスティアは真剣な眼差しで言った。
「なっ……!?」
「ディーユ、城に急ごう!」
「あぁ」
デイーユはアイナと顔を見合わせて頷く。そしてミスティアを引き連れて、ミーグの居城へと急いだ。
<つづく>




