ミスティアの新しい友達
謎の黒い魔物との迎撃戦が行われた領境、アレノチ村から北へ五十キロメル。
ミーグ領の中心都市、レザトゥス――。
戦闘を終えたディーユは急遽、領内では数台しか稼働していない貴重な自走魔導車での帰投を命じられた。
ひとまずの危機は去ったが、再び魔物が襲来する可能性もある。
領境での警戒レベルは維持、ライクルもそのまま最前線で警戒監視にあたっている。
ディーユの帰投は、未知の魔物についてミーグ伯爵が直接に話を聞きたい、との命令が下ったからだ。
「開門! 魔法師どのが戻られた!」
ディーユがレザトゥスの居城に入城した時、既に夜の9時を回っていた。
「ディさんっ……!」
城にはいるなり、コロが駆け寄って抱きついてきた。
「コロ……! まだ起きていたのか? 家に帰って休んでいればいいのに」
抱きとめてハグしてやると、コロは首を横にふった。
「嫌。お家に帰るなら一緒がいい」
「そうだったな」
柔らかな栗毛を撫でる。確かに一人で留守番、ということは今まで無かった。借家に一人でいるのも怖いのだろう。
「無事で何よりだディーユ」
「アイナ、ミゥ」
「あー、いいな! あたしも抱っこして!」
猫耳少女のミゥも、コロとは反対側から飛び付いてきた。勢いがコロとは違う。
「うぐっ、タックルの練習か」
二人とも領主の居城で暮らしているので、コロも同じ部屋で休ませてもらっていたのだろう。
「コロとミゥは部屋で待機」
「はいっ」
「にゃぁ!」
アイナが言うと二人は背筋を伸ばした。
お守りの魔法を込めたガーデニアの花が、それぞれの胸に飾られていた。
「報告は聞いたぞ、どんなやつだった?」
ミーグ伯爵の執務室へ向かいながら、アイナと言葉を交わす。
「うす気味の悪いヤツだった」
「二個小隊がかりとはな。大型魔獣じゃあるまいに」
ガシャガシャと音をたてながら廊下を進み、執務室へ。アイナは夜半にも拘らずフル装備だ。甲冑と各種の武器を身に付けている。このまま臨戦態勢で今夜は過ごすつもりなのだろう。
執務室のドアをノックすると、入れとの声。
「失礼しま……わぁっ!?」
ドアを開けて入るなり、バサバサッと、コウモリのような何かが顔に飛びかかってきた。
今度はなんだ!? と思わず驚いてよろけて尻餅をつく。
「あはは……! おかえり、ディさん!」
明るい笑い声はダークエルフのミスティアだった。
「なんだこの歓迎は……」
『クルル……ッ』
バフッとした羽音と、聞きなれない鳴き声がした。ふわり、とミスティアが掲げた左腕に舞い戻ったのは、小さな翼竜だった。
「ワ、ワイバーンの子供……か?」
銀色の鱗におおわれた、羽の生えたトカゲ。空を舞いながらエサを探す翼竜は大陸のほとんどで全滅したと聞いていた。まだ最果ての地、ここミーグには残っていたのかと驚く。
いや、それよりも。
絶対に人に懐かない翼竜が、まるで長年慣れ親しんだ友人のように腕にとまっているのだ。
ミスティアの超共感能力、固有の魔法スキルか。
「驚いただろ、ははは」
アイナは知っていたらしく、子供のころから変わらない悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
「オークがね、この前のお礼にっ……て、つれてきてくれたんだ」
『クルル……』
ミスティアが喉を指先で撫でると、気持ちよさそうに長い首を寄せる。
「オークが!?」
「えぇ。村にオークの親子がやってきた、しかも竜を籠に入れて……と、報告を聞いたときは驚きました。北の森に近い村は、『利口で大人しいオークが訪ねてきた!』と大騒ぎでしたからね」
説明をしてくれたアフェリア女史は、半ば呆れた様子だった。
オークが土産にくれたのが、希少な翼竜の幼体だった、ということらしい。
執務室の中にはミーグ伯爵とマリアシュタット姫がいて、ソファに腰かけ、微笑んでいた。
「驚かせてすまないな。ご苦労だった」
「おかえりなさいませ、ディーユ」
ディーユが驚いて尻餅をついた様子に満足したようだ。
「無事、任務から帰還いたしました」
苦笑しつつ、礼をする。
「ミスティア、その子とも心を通わせられたのか?」
「うん、生まれたばかりなんだって。でも、お母さんは死んじゃったって。おなかが空いて……」
事も無げに翼竜の気持ちを読み、言葉に翻訳する。この力は確かに稀有なものだ。
オークたちが大人しくなり、畑や家畜を襲わなくなった事は、不思議な力をもつ少年、ミィスティアの功績だ。そうミーグ領の人々に情報を広めている、とアフェリア女史は語った。
「なるほど……。新しい友達ができたな」
「うんっ! コロにミゥ、それにこの子。友達が増えて嬉しいよ」
素直な笑みに心が癒される。長い翼竜の尻尾が腕に絡む。こんな風にする姿を見たのは初めてだ。
「名前はつけたのかい?」
「ウリューっていうんだ」
「なるほど、素敵な名だ」
古代エルフ語で『友竜』か。
そして、今回の魔物との遭遇戦について話しは進む。
戦闘の経緯、仔細はすでに軍からの報告で伝わっていた。
ミーグ伯爵がディーユと話したかった理由は他にあった。
熱めの茶をのみながらテーブルを囲む。
ミスティアもウリューと同席しているが、ちょこんとディーユの横に寄り添っている。
時おり、ウリューが翼を動かしディーユの顔に当たる。
「領軍の報告書には事実しか書いていない。だが、直感を俺は大切にする。ディーユ、どう感じた?」
ミーグ伯爵は静かに尋ねた。
「……違和感がありました。手加減しているような。まるで、殺さないように戦っているような」
「怪我人も出ているようだが?」
アイナがツッ込みをいれる。
「あの魔物の跳躍力、パワー。大型の魔獣並みだった。しかし、対人戦闘となると、明らかに速度やパワーが落ち……いや、落として様子を見計らっているように感じたんだ」
穏やかそうに見えるディーユの別の顔、それは戦闘経験豊富な魔法師という顔だ。最低のDランク故に、過酷な魔獣討伐や魔物狩りに駆り出され、実戦を重ねてきた。
自分の魔法は戦闘向きではない。だから魔法を工夫し、精度を高め、生き残るために研鑽は重ねてきた。
だからこそ感じた違和感――。
「黒い魔物は斥候だと思います」
皆が息を飲むのがわかった。
「威力偵察、本格的侵攻前の戦力調査、ということですね」
アフェリア女史が言い換える。
「世界は壊滅的な状況だ。生存者はほぼ絶望的。やっと動くものに遭遇したと思ったら、明らかに異形な、地獄からの使者のような魔物……か」
流石のミーグ伯爵も険しい表情だ。
「今は警戒を密にするしかあるまい! 倒せないわけではないだろう!」
アイナが語気を強める。
「一匹、二匹ならな」
「う……」
「数十体、数百体単位で襲撃してきた場合、わが領軍の戦力では半日と持ちません」
重苦しい空気が支配する。
と、そこでマリアシュタット姫が小さく挙手をした。
皆の注目があつまる。
「そこでミスティアくんの出番……というわけですね!」
「あぁ、それを期待したいが」
ミーグ伯爵も視線をダークエルフの少年に向ける。
「うーん? できるかどうか、やってみなきゃわからないよ」
『クルル……』
「おぉお! そうか、その手があった! 魔物どもを従わせてしまえば……」
アイナが目を輝かせた。
だが、ディーユは冷たい声でそれを遮る。
「心があれば、な。ミスティアの能力には制限があるようだ。魔物とはいえ、感情や心があるものに限られる」
少なくとも庭先で試したスライム属は友達になれなかった。
つまり、魔法で生み出された操り人形のゴーレムや、呪われた場所に出現する幽鬼のような魔物にも通じない可能性が高い。
「しかし、それでは……」
「最善はつくそう、頼むぞミスティア」
「うん。ディーが一緒なら頑張るよ」
ぎゅっと腕を絡めて身を寄せてくる。
「あらあら、慕われておりますこと……」
「うぬぬ、ディーユの子供たらしめぇ」
「なんなんだアイナそれは……」
「まぁまぁ、ディーユ様もお疲れでしょう。そうだわ、旅の汚れが気になるでしょう。お二人で沐浴などなされては?」
アフェリア女史がメガネを光らせる。そしてパチンと指を鳴らすと、別のドアが開き、メイド服の給仕たちが取り囲む。そして沐浴場へとディーユとミスティアを引っ張りはじめた。
「お風呂!? 入る、はいるー!」
「ま、まてミスィティア……!」
◇
午前3時――
領境、アレノチ村領軍駐屯地から南方1キロメル。第一索敵所。
「夜明けまであと二時間か……」
「ふぁあ、流石に眠いぜ」
暗い夜空にまだ夜明けの気配はない。星は薄雲に隠れ、ねっとりとした暗闇が辺りを覆い尽くしている。
気温も下がり、今が一番暗く寒い時間帯だ。
『観測班、異常は無いか?』
魔法の水晶玉通信を通じ、アレノチ村領軍駐屯地から定時報告の催促が来た。
眠い目を擦り、南方の街道を注視しながら、当直の兵士が返答を返す。
「あー、こちら第一索敵観測所。異常な――――な?」
一瞬、黒い波が打ち寄せてきているのかと思った。
しかしここは乾ききった砂礫ばかりの大地。黒々としたうねりなど、あるはずもない。
『なんだ、どうした!?』
「て、敵襲――ッ! 敵です! 黒い波のように、魔物の群れが……無数に、ぎやあぁああ――!」
<つづく>




