襲来、闇の眷属
内陸方面調査隊第6班が全滅――。
至急の報告があった翌日の夕刻、事態は動いた。
◇
「ヤツは1キロメルテ後方! ずっとつけて来てやがる!」
「気を付けろ! なまじの剣は通じねぇ、矢も弾く!」
ガラガラと音をたて、自走魔導車――馬が牽かない魔法の車両――が二台、ものすごい勢いで通りすぎて行く。
急遽設けられた迎撃陣地、そこで身構える兵士や魔法師たちに向け、警告を発しながら。
「了解! あとは任せろ!」
内陸方面調査隊、第5班の十名が分乗した自走魔導車は、ミーグ領境まで撤退、無事帰還することができた。
謎の黒い魔物の襲撃により、全滅してしまった第6班。
次に狙われたのはやはり、付近を調査していた彼ら第5班だった。応戦するも、剣や矢による攻撃は通じず、魔法師も同乗していなかったため撤退を余儀なくされた。
「ディーユさんっ、今の聞きました!? 魔物が来るんですって……」
「もうジタバタしてもしょうがないさ。俺たちでなんとかするしかない」
「あっ、あの……ボク、まだ訓練の疲れが取れていなくて……」
「おいおい、このための実戦訓練をしてたんだろう?」
相変わらず気弱なことをいうライクルだが、ミーグ領に来てからの一ヶ月、軍属の魔法師三人と日々、厳しい訓練を重ねていたらしい。
「し、しましたよ! それなりに……成果も。魔法を二発、放てるようになりました。自信もついたと……思います」
自信なさげに答える。
「すごいじゃないか!」
「あっ、いえ、でも……威力は半分で、二発なんですけど」
「……なるほど。ライクルの雷撃は、オーバーキルすぎるからな。それぐらいで丁度いいんじゃないか?」
ライクルはそれを聞くと少し嬉しそうな顔になった。
「ディーユさんって、誉めるのお上手ですよね」
「そ、そうか?」
「コロちゃんやミゥちゃん、ダークエルフの子にも慕われるの、わかりますもん」
「まぁ、その話は置いておいて、だ。攻撃の要はお前だライクル。元・王宮魔法師としての意地をみせようじゃないか」
「はい! でも、僕らBランク以下でお給金も最低賃金だったのに、辛い目にばかりあいますね」
「今のほうが快適だ。居心地はいい」
「それは……同意しますが」
「おーい! 魔法師様たち! アルファチーム、ブラボーチームに分かれて配置についてくだせぇ!」
ひげ面の兵士たちの隊長が叫んだ。
「了解だ」
「いやぁあ……」
迎撃陣地で迎撃戦を行うのは、ミーグ領の精鋭の兵士およそ十五名。
とはいえ人材不足により、マリアシュタット姫が連れてきたディーユたち魔法師こそが攻撃の要となっていた。
絶対防衛ラインを構築。
ここを突破されれば、ミーグ領にいる自由冒険者たちのパーティが相手をすることになるが……。組織的抵抗ではないので、心もとない。
なんとかこの第一防衛ラインで食い止めるしかない。
「相手はたかが一匹! しかし油断するな!」
「「「うぉおおお!」」」
訓練された調査隊の兵士、十名を殺害した相手となれば、決して油断などしない。
未知の怪物ならば尚更、さっさと倒すのが上策だ。
――第一観測班、目標を視認!
――目標! 人型! 体長2メルテ、背中に飛翔用の羽! 黒い体表面……! 目が……無い?
「なんだそりゃ、悪魔か……?」
ライクルが居たら悲鳴を上げそうだが、既にブラボーチームに引っ張っていかれた。
ディーユは先陣を担うアルファチーム。
魔法の通信水晶から、音声により刻々と告げられる戦術情報は頼りになる。
今ごろコロはミゥといっしょか。ミスティアと仲良くしているだろうか……。
子供達はミーグ伯爵の居城で仕事を手伝い、時間があれば読み書き計算などの勉強を、アフェリア女史から教えてもらっている。
アイナはマリア姫の護衛が主な任務だが、成り行き、ミーグ伯爵とマリア姫の両方を警護することになった。
とはいえ、今のところ居城にいる限りは平穏だ。
このささやかで平和な毎日を守るため、戦わねばならない。
ディーユは決意を新たにする。
昨夜――ミーグ伯爵やアフェリア女史から急遽下されたクエストの指令。それは謎の黒い魔物を迎撃せよ、というものだった。
相手の正体は不明。少なくとも訓練された兵士十名を殺害するほどの戦闘力を持っている。
最初に襲った第6班調査隊から、次に第5班を襲撃するものと推測された。
しかし、第5班は事前の警戒情報によりすぐに離脱。命からがら逃げ出すことが出来た。
いや、むしろ逃がされ泳がされた、と考えるべきか。
黒い魔物は距離をとりながら、確実に追いかけてきている。つまり、本拠地へ帰投するように仕向けたのか……?
相手は相当、知恵の回る魔物だろうか。
いや、あるいは後ろで別の何者かに操られている可能性もある。
嫌な言い方になるが、ダークエルフのミスティアの存在が、その考えに至らせた。
「来た!」
夕日に照らされた大地の向こう、乾いた砂礫に長い影を落としながら、黒い人型の怪物がゆっくりと進んできた。
――目標までの距離、三百メルテ! 進撃速度、低下……!?
こちらの気配に気づいている……?
迎撃陣地は見晴らしのいい場所に設けられた。
南へ延びる街道沿い、廃屋と木柵が残る廃村の跡地だ。
ヒュゥウウ……と風が吹き抜けて砂ぼこりが舞う。
先鋒を担うアルファチーム、ディーユと数名の兵士たちが右手の廃屋の陰に身を潜め、機会を窺う。
左翼には攻撃の要、ライクルと兵士五名が同じく小屋の陰に陣取っている。
距離、百メルテ。
黒い魔物の仔細が見えた。
夕日に照らされたその姿は、異形そのものだった。
体のバランスは人間に近い。
均整の取れた体躯、西日の当たる側は、赤々とした夕日を照り返し輝いている。反対側の陰の部分は黒くヌメヌメしているように見える。
背中にはコウモリを思わせる羽と、長い尾が見えた。蛇のような鋭い先端を持つ尾だ。
そして、異様さが際立つのは頭部と顔。
頭はツルツルで黒光りし、目が無い。目に該当する器官が見当たらないのだ。
しかしスリットのような口が、大きな切れ目のように、首の後ろまで続いている。
なんだ、あれは……。
思わずディーユは息を飲んだ。
普通の魔物ではない。魔導書に記されている、太古の魔導師たちが生み出した異形だろうか。あえて言うならば、伝承上の寓話に出てくる悪魔のような姿――。
――目標までの距離、三十メルテ……!
隊員たちに緊張が走る。
と、その時だった。
魔物が立ち止まり、天を見上げるような仕草をした。
『……ィグァ……』
聞いたことの無い不気味な、笛のような声だった。
次の瞬間、ギョロリ、と一つ目が開いた。
「ひぃ!? 目が……!」
ライクルの叫びに反応したのか、ボコボコと目が次々に出現、泡立つように生じ、ギョロギョロと見回した。
頭部全体を大小さまざまな目玉が取り巻き、それぞれバラバラの方向に視線を向ける。
『イキュギュァア……!』
ドンッ! と音がして魔物が視界から消えた。
「消え……」
いや、違う!
「上だあっ!」
飛んだのだ。
地面を蹴って跳ね、黒い異形の怪物が宙を舞う。
そして――
「来るぞ、散開ッ!」
狙われたのはアルファチームだった。ヒゲの隊長が叫び、ディーユも一緒に駆け出した。
ドゥンッ! と地響きがして、立っていた地面が土煙を上げた。魔物がユラリ、と煙の中からその威容を現す。
「前衛集中! 挟撃!」
隊長の指示を受ける前に、兵士たちは動いていた。分厚い刃を持つ両手持ちの剣で、二人の兵士が左右から斬りつけた。
ガッ、と鈍い音がして刃が腕と脚に食い込む。
「なっ!?」
「こいつ……!」
――硬い!
樫の大木を斬りつけたかのように、刃が通らない。
『……キィチチ……!』
怪物が腕を振り回した。ブォン! と乱暴に振り回した腕に、兵士たちは跳び退く。
黒い魔物は執拗に拳を振り、逃れる兵士を追う。格闘術という意味においては洗練されてはいない。だが、その威力は一撃で人間を死に至らしめるのは十分だった。
空振りした拳が、廃屋の壁を易々と粉砕する。レンガがまるで積み木のように飛び散った。
「なんて化け物だ!」
情報通り、硬質な体に異常な運動能力……か。
「――枯死回想、ウィード・リコレクション!」
ディーユは間合いを保ちながら魔法を励起。事前に撒き散らしておいた「藤の蔓」を一気に成長させた。
瞬きほどの間に蔓は黒い怪物の脚を捕らえ、絡み付いた。
「よしっ!」
今だ! とばかりに、今度は三人の兵士たちが再び剣で突進。勢いと体重を乗せて突く。
『ブキュルシュァア……!』
今度は深く突き刺さった。三本の剣が背中と胸、腹部に突き入れられる。
だが、ダメージを受けた風もなかった。そのまま平然と腕を振り回し、剣をへし折り破砕、兵士の一人が吹き飛ばされた。
「ぐはっ!」
足腰に絡んでいた藤蔓さえも引きちぎり、その場から再び跳ねる。
「くそっ! なんてやつだ」
「だが、次はいける……!」
ディーユは落下予測地点に向けて走る。そして地面に手を触れ、魔法力を注ぐ。
黒い魔物は背中の羽を広げ、ふわりと着地。その瞬間を狙い、半径五メルテにピンポイントで魔法を励起する。
「――枯死回想、樹縛結界ッ!」
『キュヒィイ!?』
爆発的に地面から木々が出現、黒い魔物を円形に取り囲んだ。
「お、おおおっ!?」
「捕らえた……!」
「流石ディーユ殿ッ!」
これは成長がもっとも速い樹木のひとつ、欅による檻だ。
「ぬ、ぅううっ! 逃がすものか」
魔法力を注ぎ込む手を緩めず、更に成長させ天井を閉じて鳥かご状にする。中で暴れメキメキと樹木を破砕する魔物。メチャクチャに暴れるが、成長速度と「ひこばえ」を利用した檻の修復速度が、破壊の速度を上まわる。
「今だ、いけ……ライクルッ!」
「準備できてますっ! いっきま――す! ずぅうおおおおぁああ! ハーフ・轟雷撃滅!」
バキッ……! と空中で放電が発生。
欅による檻の上で雷雲が渦を巻き、稲光が瞬いた。
避雷針代わりの樹木で威力が削がれぬよう、落雷のタイミングを見計らい、檻の天井部分を解放。
『――ヒ、イヒッ?』
次の瞬間、目の眩むような閃光と、破裂音が響いた。
欅の檻の内側ですさまじい爆発が起きた。爆風は木々が遮り、周囲にいた兵士たちには被害はない。
燃え上がる欅の向こうにはもう、黒い怪物の姿は無かった。
「やっ……やりました?」
「その言葉は戦場では禁句だが、跡形もない」
◆
ボコッ……。
気泡が立ち上ってゆく。
第二聖都のあった爆心地。
そこに溜まったほの暗い水の底。
黒い水の奥底で、黒い水晶の宮殿で、眠っていた男が目を覚ました。
――みぃいいつけたぁ……
ニチアァ……と腐った笑みを浮かべ、ラソーニ・スルジャンが動き出した。
<つづく>




