結成、ガーデニア(くちなし)の騎士団 ★イラスト有り
◇
一夜明け、領都レザトゥスの中央広場――。
ミーグ領軍の装甲馬車が二台、周囲では六名の兵士たちが装備を確認していた。
装備は短剣に小型の盾。使い込まれた装備は、傍目にも戦闘経験の豊富なベテラン兵士たちだとわかる。
「俺たちの小隊だけか。人手不足とは聞いていたが……」
「彼らをヤミナ森の入り口まで送り届ける。それだけの任務だからな」
小隊長が、中央広場の向こうにいる一団に視線を向ける。
ミーグ伯爵の食客、マリアシュタット姫の付き人たちだ。
若い黒髪の魔法師が一人、青髪の騎士が一人。他には付き人らしい半獣人の少女が二人と、フードを被った少年が一人――。
うまい! とフードを被った少年が声を上げた。
はらりと灰色の髪と長い耳が露出する。
先日の襲撃事件の首謀者、ダークエルフのミスティアだった。
彼らは広場に立ち並ぶ屋台村で、朝の腹ごしらえをしてる。これから魔物の巣へ向かうというのに、なんともまぁ呑気なものだ。
「魔法師殿はともかく、女子供を森に送り届けるのか?」
「魔物どもを静かにさせる実験だからな」
「できるのか、そんなこと」
「あそこはオークとゴブリンの巣だぞ。まさか……生贄じゃあるまいな?」
ギョッとして顔を見合わせる兵士たち。
「滅多なことを言うんじゃない。ミーグ伯爵からの直接の指示だぞ。そんなわけがあるか」
同行する兵力はこの小隊のみ。
戦力的にも魔物どもを殲滅、討伐する目的でないのは明らかだった。
本来はもう少し兵力を差し向けるはずだったが、ディーユという魔法師が「対話の実験ですから最小限で」と上申したらしい。
――本当に危険は無いのか……?
「いや、何かあったときは我らが救出し離脱する。そういう作戦だ」
「それぐらいなら、俺ら『猟犬小隊』がいりゃぁ十分だぜ」
自信に満ち溢れた表情で、ゴッ、と拳を合わせる兵士たち。
猟犬小隊は士気も練度も高い精鋭部隊。魔物戦闘の精鋭として領都防衛では初動部隊としてアラートについている。
「南方偵察作戦に友軍の相当数が出払っちまったからな」
「南の方はどこも酷い有様らしいぜ」
「何もかも消えた……なんて話は信じたくねぇが」
『滅びの光』により、村や町が消えた。
人間も動物も植物も全てが灰になり文字通り消えた。想像を絶する甚大な被害。それが第二次魔導災害による状況だと、徐々に知れ渡り始めていた。
そんな最中のヤミナ森への北方遠征――。
訝しく思うのは無理からぬ話だが、ミーグ伯爵によれば「北方からの魔物の侵入を減らせるかもしれない」重要な作戦だという。
「さて、お客さんたちも準備が整ったようだ」
魔法師と女騎士を先頭に馬車の方へとやってきた。
猫耳の少女と犬耳の少女、それにフードを被ったダークエルフという実に珍妙な一行が。
「今日はよろしくお願い致します」
「あぁ! まかせときな。俺たちがきっちり護ってやる」
アイナとディーユが握手を交わす。
「ん……?」
いい香りがする。香水、ではない。花の香りだ。
小隊長がアイナの胸に、一輪の白い小花が咲いていることに気がついた。
そして同行する少年少女の胸にも、白い小花が見えた。それぞれブローチのように胸元を飾っている。
甘く良い香りはそこから漂っていた。
「これ、ガーデニア(くちなし)の花です。ディーさんがくれました」
と、犬耳の少女が嬉しそうに手を添えながら説明してくれた。
「ほぅ?」
小隊長は少し小首をかしげた。
冷涼なミーグ領では見かけない花なのだ。
確かガーデニア(クチナシ)は料理の色付け、香り付けのハーブとして種子が市場で売られている。以前、妻に頼まれて仕事帰りに買ったことがあり名前だけは覚えていた。
「ミゥたちは、ガーデニア騎士団だにゃ」
猫耳の少女が誇らしげに胸を張る。犬耳の少女は恥ずかしそうに、フードを被った浅黒い肌の少年もコクコクと頷く。
「ははは……! こりゃまた可愛らしい騎士様たちだ」
屈強な猟犬小隊たちも思わず笑みを溢す。
女騎士アイナが、騎士見習いのミゥだと紹介する。
騎士を真似たのか、平服の上に簡素な革製の胸当てと、脚にすね当てを装備している。
腰には護身用のナイフを一本ぶら下げている。他の二人は武器は身につけていない。本当に丸腰で森に向かうようだ。
「幸運の御守りですよ」
緑色のロングコートを羽織った魔法師――ディーユは静かに付け加えた。そして指先で弄ぶように摘んでいた小枝に、瞬く間に白い小花を咲かせてみせた。
「おぉ!? すげぇ」
「アンタの魔法、始めて見る魔法だ……」
それはクチナシの白い花だった。
「手品みたいなものですよ」
魔法師ディーユは微笑むと、犬耳少女の髪にそっと刺した。
「よし! いくぜ野郎ども! 旦那たちを森へ、そして猟犬小隊の名にかけて無事にこの町に帰ってくるぜ!」
◇
ヤミナ森までの行程は、ニ時間ほどだった。
ガタゴトと二頭立ての馬車が荒れた道をゆく。
ミーグ領の北部は針葉樹を主とした森林地帯だった。
黒々とした森が北の海へと続く道を、分厚い壁のように阻んでいる。
尤も、森を越えても荒涼とした岩場と断崖絶壁だけの、不毛の地があるばかり。そこから更に北は冷たい荒海、極北の氷海だという。
まさに最果ての地へと続く道だ。
魔物たちはヤミナ森のなかでも比較的エサの多い南部、混成樹林地帯に生息しているという。時折人間の領域へ侵入しては農作物を荒らし、家畜を襲う。
故に、北の守りの要として、各村々には領軍の駐屯所がある。だが先日のナホトカ港襲撃の際には、多勢の無勢。少人数では守りきれず防衛線が突破されてしまった。
道は次第に獣道のように細くなり、左右は森の木々で視界が遮られた。
「ヤミナ森の中は人の住む場所じゃない……か」
「魔物どもは馬車を襲撃して来ないのか?」
アイナが注意深く馬車の客室から外の様子を窺う。騎士見習いのミゥとコロもアイナだけではカバーできない方向に目を光らせて警戒する。
「……いないとおもうよ」
気軽な調子でミスティアが言った。
客室に乗ってからはフードを取り払い、灰色の髪とダークエルフ特有の長い耳を晒している。
「魔物の気配がわかるのか?」
「うん。近くにいると声が聞こえるし。ザワザワって。でもこのあたりにはいないかな」
ダークエルフのミスティアは正直で、嘘をつくという考えが無い。言葉は真実なのだろう。
「あ、鹿さんだ!?」
「美味しそうだにゃぁ」
コロが進行方向左手を指差すと、ミゥが目を輝かせた。
「野生動物はミスティアの専門外、というわけか」
「うん」
ディーユの横に腰掛けたダークエルフが頷く。服の左胸の部分では、アイナやコロとミゥと同じ、ガーデニア(くちなし)の白い花が揺れている。
――お前たちは今から私の仲間、騎士の見習いだ!
出発前、アイナがそう気勢をあげると、ミゥはもちろん、コロやミスティアもとても喜んだ。
ずっと孤独だったダークエルフの少年(といっても九百歳は超えているらしいが)は「仲間」や「一緒」という言葉に特に強く反応するようだった。
――叛逆の素振りがあれば即、処刑してください。
ミーグ伯爵の参謀のアフェリア女史は歯に衣着せぬ言葉で命じたが、ディーユは真逆の提案をした。
『仲間として彼を連れていきます』
食事と身の回りの世話を通じて心を通わせた、コロとミゥ。彼女らと共に行くことを提案し了承を得た。
仲間たちの胸にある白い花は、たまたま買ったハーブの種、ガーデニア(くちなし)から育てて咲かせた花だ。
花言葉は「幸せを運ぶ」これを騎士の誓い、仲間の証とした。
「口の横にソースが付いてるぞ」
「ふいて」
ミスティアが少女のように可愛い顔をつん、と向けてくる。
出発前に広場で食べた串焼き肉のソースだ。
生意気な、調子にのるな、と言いたいところだが、指先で拭いてやる。
「ったく」
「んふー。ディさんスキ」
「スキか」
「うん」
こういう事でも嬉しいのだろうか? どれだけ人恋しいのか……。
席の向こう側から、コロが「むー」という顔で見ている事に気がついた。
酷い大人たちに虐められていたコロとはまた違う、千年近い孤独という深いトラウマをミスティアは心に抱えているのだろうか。
ある程度進んだところで、馬車が停車する。
ミスティアの言う通り、ここまで魔物との遭遇は無かった。
先頭をゆく猟犬小隊から兵士たちが降りて展開、安全を確保する。
次にディーユたちガーデニア(くちなし)小隊も馬車から降りて徒歩で進む。
「あ、いるよ」
しばらく森の小道を進むと、ミスティアの言う通り前方の開けた場所に魔物がいた。
「オーク……!」
アイナが緊張した面持ちで剣の柄に手をかけた。
「――小隊散開、鶴翼陣形でディーユ殿たちを」
護衛の小隊が十メルテほどの距離を取り、身を隠した。魔物との戦闘は避け、護衛に徹する陣形を取る。
『ブシュルル……?』
オークの群れは、三匹のオークだった。
若いオスたちは「はぐれオーク」だろうか。
人間の匂いを感じたのか、ブタ顔の鼻をひくひくと動かしている。
と――。
「おーい」
ミスティアが、まるで友達にでも挨拶するように気楽に声をかけた。
『ブキュ?』
「おいおいおいっ!?」
アイナが青い顔で悲鳴をあげる。
すたすたと近づいて、オークとの距離はわずか5メルテ。
『ブシュー?』
「うんうん、案内して」
「か……会話してる?」
「軽いなぁ」
ディーユも思わず驚く気楽さだった。
アイナが唖然とし、後ろで猟犬小隊たちがザワつくのがわかった。
ミスティアが魔物と対話できる、というのは本当らしかった。
<つづく>




