王都放浪、追手との魔法戦闘
◇
「悪いな、ウチじゃ雇えねぇよ」
「わかった。手間をかけた」
また断られた。
ディーユを雇ってくれるギルドは無かった。
名の知れた大手の組合は軒並み門前払い。
冒険者ギルド、傭兵ギルド、護衛業者ギルド。
いくつも回ってみたが王宮からの「追放者」だと知るや、けんもほろろに断られる。
「ったく……まいったな」
王宮の魔法師どもは暇なのか。
ディーユを目の敵にして追放したSランク魔法師、ラソーニ・スルジャンの意思が働いているとみて間違いない。
王宮魔法師たちが、王宮魔法師組合を通じて手を回しているのだ。
王宮魔法師のカーストの影響力は国全体に及んでいる。
魔法師の称号は貴重で、広大な千年帝国の版図を見回しても三桁の人数しか存在しない。
魔法師の能力に頼らざるをえないギルドの関係上、王都は王宮魔法師組合「息のかかった」ギルドばかりなのだ。有能な魔法師の派遣なくして、各ギルドの仕事は成り立たないのだから。
だから彼らも忖度せざるを得ないのか。
「ウチはよ、王宮からのBランクの魔法師の派遣契約があるからなぁ。アンタみたいな野良の『魔法使い』は雇えねぇ」
「魔法使い……」
そうか、俺はもう魔法師ではないのか。
ディーユはぐっと唇を噛んだ。
そもそも「魔法師」という称号は、「魔法使い」とは区別して使われる。
魔法の素質を持った人間は魔法使い。どの村にも居る「まじない」や「民間療法」を仕事とする。そうした卑しい職業の人間と区別するため王宮で使われ始めたのが「魔法師」という称号らしい。
王宮魔法師という呼び名こそ有能の証。それだけで一目置かれ、他者よりも優遇される。
身に着けていた魔法師のローブは置いてきた。
威厳を示す王国の紋章が刺繍された緑色のローブは色によりランクのわかる便利なものだ。
魔法学生は黒、Dランクは緑、Cランクは青、Bランクは白、Aランクは真紅。そしてSランクは白銀。
それぞれの色の外套、マント、コートを身につける決まりになっている。
故にひと目見れば、王宮魔法師としてのランクがわかるのだ。
だが、それはもう無い。
ディーユの服装は小綺麗ではあるが、マント無しでは「王宮で働いていた魔法師」といったところで信じてはもらえないだろう。
「あんたDランクのディーユさんだろ? 噂は聞いてるよ」
五軒目のギルドから断られたときだった。
帰ろうとするとギルドマスターの大男が話しかけてきた。
ギルドマスターは入り口脇の水晶球にチラリと視線を向けた。どこのギルドの入り口にも水晶球が据え付けてある。それは王宮の魔法師たちとの双方向魔法通信をする魔法道具だ。つまり王宮から各ギルドの状況を覗き見ることもできるわけだ。
そういうことか。
ディーユがゆく先々で断られ、困惑する様子を眺めて愉しんでいるのだ。
以前、王宮で魔法師たちが魔法通信用の水晶球の周りで「俺の勝ちだ」「くそっ」と賭けをして騒いでいたのを覚えている。
ほとほと王宮の魔法師たちの悪趣味には呆れ返る。
「……俺の何を聞いている?」
「王宮の庭園を枯らしたんだってな。噂になってるぜ?」
「なんだって?」
何のことだ。
意味が解らない。
殴られたような衝撃を受けた。
庭園を枯らしたなど、ディーユには覚えのないことだった。
日々、枯れてゆく王宮の庭の木々を世話してきた。
魔法で蘇らせ、花を咲かせてきた。
マリアシュタット姫は優しいお方だ。
王宮にのこされた良心、美しく慈悲深い。彼女を悲しませたくないという想いもあり辛くとも必死で庭師として働いてきた。
「王宮のお偉かたの話じゃ『出来損ないのDランクの魔法師ディーユが、魔法の失敗で庭園を枯らした。だから王宮から追放した』とな。昨夜、水晶球通信で一斉配信されたはなしさ」
「違う……!」
「知るか、オレ達にはそれがすべてさ。それによ、Sランク魔法師ラソーニ・スルジャン様とお仲間が、お前が枯らした庭を黄金の庭園に作り変えたそうだぜ? マリアシュタット姫はたいそうお喜びだったらしいな、流石だぜ」
「なんだ、それは……」
何もかも嘘だ。
庭を枯らしてなどいない。
逆だ。
枯れていたからディーユが魔法で緑を蘇らえせ、花を咲かせ続けてきたというのに……。
追放された事と庭の事は関係ない。
後づけのこじつけだ。弁明しようとしたが、口を閉じた。
だが、ここでどんな言葉を並べても無駄だろう。
ラソーニ・スルジャンの奴は何故そこまで執拗に俺を……。
「もういい、参考になったよ」
ディーユは肩を落としつつ手を振った。
「……悪ことは言わねぇ。この街にはアンタを雇うギルドはねぇよ。こっちまでマズイことになるからな」
「あぁ、迷惑はかけないよ」
「そうか。これはオレの独り言だから聞き流してくれ。……裏路地に行けば、お前さんみたいな野良の魔法使い連中を集めている裏ギルドがあるぜ」
「裏ギルド……」
噂は聞いたことはある。
汚い仕事、危険で違法な仕事を請け負う連中のあつまりだ。
「そこなら受け入れてはもらえるだろうぜ」
「俺の魔法は、そこでは役に立たないさ」
枯れ木に花を咲かせる魔法。
それは誰かを傷つけるためのものではないのだから。
「そうか。まぁ頑張りな」
「いろいろありがとう」
ギルドマスターに頭を下げて後にする。
王宮は魔窟だ。
心が闇に染まる。
そこから追放されたことで、自由になったと思えばいい。
そうすると気は楽になった。
今まで魔法一筋、魔法学を学び、知識を得ることを日々の心の支えにしていた。
使える魔法はちっぽけかもしれないが、使い方次第では人々の助けになる。そう信じていた。
いつかアイナを治療する術を身につけたい。
それは今も揺るがぬ想いだった。
同郷のアイナは、王宮の女騎士として立派に勤めている。だが、左の額から頬あごまで焼け爛れた傷跡は、女性であるがゆえに蔑みと嘲笑の対象になる。
それが耐え難かった。それにあの傷は俺が――
気がつくとディーユの足は自然と裏路地へと向かっていた。
華々しい表通りを歩く気にならなかった。
王都中心に近い表通りはどこもかしこも、美しい服装で着飾った者ばかりが歩いている。
金持ちそうな貴族たち、若い裕福な男女――。
彼らの多くは半獣人の荷物持ち、メイド奴隷を連れている。
ネコのような耳をもつ娘、犬耳の凛々しい青年、そうした半獣人たちはそれなりに綺麗な格好で、ご主人たちに付き従っている。
彼ら彼女らは大昔、邪悪な魔法使いが戦闘用、あるいは使役用として、人間と動物の根源因子を人工的に合成し生み出した。そうした合成魔法生物の末裔なのだという。
「ほらよ!」
「ま、まいど」
裕福な貴族が金貨を投げつけ、半獣人のメイドが商品を受け取る。
目のくらむような豊かさを享受していても黄金の価値は暴落していた。Sランクの「錬金術師」が無限に金を生み出すのだから当然だ。
豊かなこの国を目指し、他国から難民が流入しているが王都への移民は不可能だ。郊外では日々スラムが拡大。そこでは食う物にも困る人々であふれ、劣悪な環境のなか疫病が蔓延し、日々大勢の命が失われているという。
王政府も王宮も難民の排除と、他国への領土拡張戦争で忙しい。
王族は黄金と宝石で飾ることばかりに熱心だ。
何かが、間違っている気がする。
「はぁ」
これからどうやって生きていこうか。
漠然とした不安だけが募る。
王都は物価が際限なく上昇、経済的混乱で庶民や貧しい者たちは失業し、飢えて行き場を無くしている。
輝かしい水晶宮殿周辺は黄金で満たされているが、すこし離れれば荒廃した場所が目に付く。
さきほどの五件目のギルド周辺でさえ路上にホームレスが寝転がり、ボロを着た人々が虚ろな目で座り込んでいた。
「ぉ……おい、おまえ」
薄暗い裏路地で、背後から声をかけられた。
冷たくドスの利いた声に振り返る。
そこには薄汚い中年の男が立っていた。
淀んだ瞳に伸び放題の髪と無精髭。
見覚えのあるマントは薄汚れ、灰色でボロボロに破れている。もともとは白いマントだったのだろう。
つまり王宮魔法師、しかもBランク。
ディーユと同じ、追放されたのか。
その男のみすぼらしい姿は、仕事もなく頼るべきものもなければ、この男が明日の自分なのだ。
「何か用ですか?」
男の左手には杖。その先端には水晶球があり、薄暗い路地裏で、淡い光を放っている。
映像を中継しているのだろう。
おそらく宮廷魔法師たちの差し金か。
「テ、テメェを……やれば、オデは……王宮に……もどれるんダぁ」
目はうつろでろれつが回っていない。
「戻れる?」
「悲鳴をあげさせる、命乞いをさせる……あの御方たちは、賭けを……しておられるんだぁ」
血走った目が狂気に染まる。
あぁ、そうか。
王宮魔法師組合、つまりラソーニ・スルジャンの放った追手なのだ。
おおかた裏ギルドに所属する魔法使いを差し向けてきたのだろう。
酷い目に遭わせ、どういう反応をするか賭けをしているのだ。
殺してしまってもいい。
そう指示されているのか。
王宮で高みの見物をしている魔法師は、自分たちの手など汚さないのだから。
「オデは、ジャコル! 元……Bランクの火炎魔法の使い手……ちっとぁ名の知れた……」
「知らん。すまないが相手にする気分じゃない」
「なめ、舐めるなぁ! Dランクのクソザコがぁ、あぁああっ!」
ジャコルと名乗った男が激昂した。
足元に魔法円を励起、中心に真っ赤な火炎が渦を巻く。次の瞬間、地面を這う蛇のように火炎の渦がディーユめがけて迫ってきた。
「くっ」
「走っては逃げられねぇぞ、死ねぇ!」
炎が迫る。
だが、ディーユは逃げない。
腰のポーチから枯れ枝を一本取り出し、火炎の迫る方向へ放る。
「枯死再想」
目の前で火柱があがった。人を包み込むほどの火炎が一気に燃え上がる。
「やった! ヒヒ、見ていますか、王宮の魔法師のみなさ……ま?」
ジャコルはそこで唖然と、言葉を止めた。
『――よく見ろ痴れ者が』
水晶球から冷たい声が響いた。
目を見開くジャコル。
放った炎が消えていた。そしてディーユは無傷で平然と立っている。
「なっ、なにぃオデの火炎魔法を……どうやって!?」
「お前が燃やしたのは、俺が魔法で生やした樹木だ」
小枝を人の腕ほどの太さの樹木に成長させた。
枯死再想の能力は、枯れた枝に花を咲かせるだけではない。
枯れ枝であっても僅かな命が残っていれば、生命を蘇らせることができる。魔法力は必要だが、時間を変えれば大樹にすることだって可能なのだ。
「ふ、ふざけるなぁっ! 次こそ灰にしてやるぁ!」
だがディーユは動じない。
今まで受けてきた辛い体験から、敵対する相手に対する心は硬い殻に覆われているからだ。
冷静に、相手の魔法を見極める。
「ところで、アンタの魔法の射程はみたところ5メルテ(※1メルテ=約1メートル)くらいか」
「そ、それがどうしたぁああ!?」
「こちらの魔法の射程内でもある」
「てめッ……!」
射程、と聞いてジャコルの顔色が変わった。
魔法使い同士の戦闘は、相手との間合いが重要だ。
Dランクと聞いてタカをくくり、ナメてかかったのか。
血走った目を泳がせながらも両腕を突き出し、赤い光をディーユに差し向ける。
「だから何だぁああ! Dランクの……ゴミが、植物を生やすだぁぁあ? 燃やして、燃やし尽くしてやるぁあああああ!」
ディーユは顔色を変えない。
「それ以上は動かないほうがいい」
ディーユは冷たい視線を、薄汚い魔法使いに向けた。
「な、何をいってやが……が? がはぁっ!?」
ジャコルは顔を歪め、路地の地べたに膝を折った。
苦痛に悶絶し、叫ぶ。
尻から、緑の蔓が伸び、緑の葉を茂らせてゆく。
勢いよく伸びたツルがビキビキと全身を締め上げ、服を破り、拘束する。
「オデの……尻から……何か……出てきやがあああ!? ツルが、痛いぁあぁああひぎゃぁあ!?」
「干しぶどうの種か。腸内に残っていたのを発芽させたのさ」
「ひぎぃいっ!? アッ、アーッ!?」
ズボンの両側から、あるいは尻を突き破りツルがワサワサと這い出した。
悲鳴とと共に水晶球が地面に落ち砕け散った。
魔法の影響範囲、射程内の枯れた植物を再生させる。
小枝であれ、種子であれ、葉の断片であれ変わらない。
だが戦場では使えない。
魔物相手にも、人間の戦士相手にも。
枯死再想は、戦闘には向かない。
こんな方法で勝っても意味がないからだ。
「じゃぁな」
ディーユは踵をかえし背を向けた。
<つづく>
【作者からのおしらせ】
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